血が青いというだけで何が悪い
高槻明里のいなくなった部屋では、有永スバルの能力によって瓦礫や廃棄された家具などが縦横無尽に飛び交っている。
宙に浮く無数のそれらは、いつどれが飛んでくるのか予測不能であるが、蒼士は軽い身のこなしで全てを避けていた。
そして、スバルが宙に浮かせる物体の数は、徐々に減っているのがはっきりと分かった。
「有永さん、能力の使いすぎで疲れてきているんですか?」
「調整しているんだよ。能力を使いすぎて後に影響するのは三流のやること。それより一月君、風凪高校での君の姿は全て嘘だったというわけか」
宙に浮く物体はなくなり、蒼士も動きを止めた。
「それは有永さんも一緒じゃないですか」
「いいや、僕は違う。嘘をついていたのではなく、龍の血脈であることを隠して生きていくことを強制されていたのさ」
「違いますよ。その性格のことです。同じ高校の、同じ生徒会の仲間を殺そうとしている凶暴でクソみたいな気持ち悪いその性格です」
蒼士はスバルに指をさすように翠銀刀を向けた。
「そんな物騒なものを向けないでほしいな」
「あと、あの時カフェで僕と神野さんに言ったこと。高槻さんのことが好きだというのも嘘なんですか?」
スバルは蒼士のことを睨みつけた。
「はぁ……。思い出したくもない。それに、それを言うなら君も同じじゃないか。同じ高校の仲間である僕を殺そうとしているだろう?」
「それも違いますよ。有永さんのはどうせ鬱憤を晴らすための非道な間違った行い、僕の行いは正義です。だからあなたと違って僕は正しいんです」
スバルは腕を横に振り、見えない手で壁を殴りつけた。
どん、と深い音を立てて割れた壁の破片がぱらぱらと散っている。
「黙れ! これから龍の血脈こそが絶対に正義だという世の中にしてやる! まずはその第一歩として、今日ここで霧雨を殺す」
その瞬間スバルは動き出し、蒼士に飛びかかってきた。蒼士は見えない力に押さえつけられ、そのままスバルの拳を右頬に喰らってしまった。
「僕の力は何も物質だけに有効じゃない! どうだ!? 龍の血脈に顔を殴られるなんて久しぶりじゃないのか!」
蒼士は表情を何一つ変えず、口から少し垂れていた血を手で拭った。
蒼士の手には、赤い血がついている。
「この血の色が羨ましいですか?」
「はぁ!? 強がりだろう」
「いいえ。あなたはあまりにも未熟です」
「もう一発殴ってやろうか」
「もう効きませんよ」
そう言って蒼士はスバルと距離を置くように歩き始めた。スバルは能力で蒼士を押さえつけているはずなのだが、それでも蒼士は歩いている。
「有永スバル、17歳、男。風凪高校に通い、生徒会で副会長を務めている。昔から仲の良かった佐々木豪と同じく、その正体は龍の血脈。そして椎名大吾と武田和樹も同じ龍の血脈の仲間。いや、その二人とはビジネスパートナーとでも言うべきでしょうか」
「……!? 突然人のことを話し始めて、それがどうしたというのか」
「有永家の能力は念動力。物理的に触れることなく、物体や人を動かしたり状態変化を引き起こしたりできる能力。父は龍の血脈、母は人間の混血であり、母はあなたを産んだ後にどこかへ逃亡してしまい行方不明」
スバルは何も言わなかったが、苦虫を噛み潰したような顔をしていた。
蒼士は淡々と、さらに続ける。
「あなたはずっと父と二人で暮らしてきた。それ以外の家族は霧雨に殺されている。父と二人で逃げるように暮らし、アパートを転々とする日々。父は日雇いバイトにしか就けず、あなたはビジネスパートナーとの悪事でお金を稼いで学費もまかなっているそうですね」
「それがどうした」
「父には他に龍の血脈の仲間はおらず、あなたも佐々木豪と椎名大吾と武田和樹しか龍の血脈を知らない」
「だからそれがどうした!?」
「あまりにも未熟なんです。あまりにも世界を知らなさすぎる、世間知らずの龍の血脈。あなたが思っているよりもはるかに恐ろしく、根が深い世界があるんですよ」
スバルの周りに落ちている瓦礫がガタガタと揺れている。スバル自身も鬼の形相で、溢れる力をこらえて震えていた。蒼士はそれでも気にせず、淡々と続ける。
「有永家は人間の血が混じった混血の一族。母が逃げたということですが、恋人が、夫が龍の血脈であることを知り、龍の血脈が何なのかということを知った彼女の気持ちを考えたことはありますか」
「うるさい……」
「どうやって出産をしたのか聞いたことがありますか? 普通の病院では出産できない。僕は想像もしたくありません」
「うるせえって言ってんだろうが!」
スバルは吠えた。
部屋中の物が、ガタガタと揺れている。
「人間社会に混じろうとしているくせに隠れて生きては悪事を働く。つくづく迷惑だと思いませんか?」
「だからそれはお前たちのせいだろ!」
「いいえ。あなたたち龍の血脈がしてきたことが悪いんです」
「だから! 僕は何もしていない! ただ生まれてきただけで、ただ血が青いというだけで何が悪いんだよ!」
吠えるスバルの背後に、蒼士はいつの間にか移動していた。
人間より優れた動体視力の持ち主である龍の血脈のスバルにでさえ、全く見えない速さだった。
「すみません有永さん。これが正義です」
何が起きたのか理解できないスバルだったが、すぐに腹部に鋭い痛みが走った。
スバルの腹部から青い血が流れ出ている。
「ぐ……! ぐあああっ……!!」
スバルは腹部を押さえながらその場に膝をつき、涙を流し、痛みに叫んだ。叫びは、ただ廃墟に虚しく響き渡るだけだった。
やがて、スバルは意識を失った。
蒼士は能力の移植を受けていない。それでも蒼士の強さゆえ、彼は龍の血脈と渡り合う。スバルのように弱い龍の血脈であれば、今回のように一瞬で討つこともできる。
蒼士は、翠銀刀についたスバルの青い血を、ハンカチで拭った。
廃墟に差し込む月の光が翠銀刀に反射する。血で汚れる穢れたナイフには似つかないほどの、美しい光が。




