誤算
一月蒼士が、有本京子と高山秋斗と雑貨屋を出たところまで時は遡る。
三人は異空間に飛ばされ、目の前には二人組の男がいた。うち一人の男は首にドクロのタトゥーを入れいている。その男たちは椎名大吾と武田和樹だった。
「あれ? 三人も動いてるじゃん」
「すまん。関係性を断ち切ることができなかった」
「ったく、やっぱり鍛えておかないとだめだな」
大吾と和樹はそう言いながら、へらへらと笑っていた。
「怖い……。 なんなのこいつら」
「なんなんだよもう。やばいって絶対に」
京子と秋斗は異様な雰囲気に怯えていた。
「まあまあ落ち着いて。俺たちが用があるのは一月蒼士君なんだけど、お前だろ?」
大吾はそう言って、蒼士を指差した。
「そうですけど……? なんでしょうか?」
「俺たちと一緒に来てくれない? 大人しく従ってくれたらそっちの二人は解放するからさ」
「本当ですか!? 約束ですよ!」
蒼士が京子と秋斗を見ると、二人はすでに和樹の能力で眠らされていた。
「え……!? あれ? 二人とも大丈夫?」
京子と秋斗から返事はない。
そして、和樹は蒼士のことも眠らせた。
「楽勝だな。こっちの二人はどうする?」
「あー……。俺たちのこと見られたからな、とりあえず一緒に連れて行くか」
大吾と和樹は三人を車に乗せ、廃墟に向かって出発した。
夕日は沈みかけ、夜がすぐそこまで迫っていた。
***
夕日は完全に沈み、空は暗くなっていた。
大吾の運転する車は街中を離れ、民家もまばらになってきた道を走っている。
「ちょっと遅れ気味だな」
和樹が不安そうに口を開いた。
「ああ……。でも焦ってサツに捕まったり、事故ったりしたら台無しだから」
「ビビりすぎでしょ。だいたい俺が眠らせれば解決じゃん」
「それもそうだな……っ!?」
その時、後部座席から耳を塞ぎたくなるような超音波がなった。
大吾は思わずハンドルを取られ、車が少しふらついた。
「あぶねえ! なんだよ全く」
和樹が後ろを確認すると、そこには予期せぬ光景があった。
京子と秋斗は寝ぼけ眼をこすり、蒼士はすでに鋭い目つきで前方を見据えている。蒼士は、事前にスマートフォンのアプリで超音波のアラームを設定していたのだ。
「は……!? なんで目覚めてんだよ!」
和樹がそう叫ぶと京子と秋斗も完全に目を覚まし、二人は騒ぎ始めた。
「約束を破ったんだ……。話が違うなあ」
蒼士が冷静に、和樹に向かって話しかけた。
「約束なんてした覚えはねえな。もう一回大人しくしてろ」
和樹は再び、能力で三人を眠らせた。しかし、京子と秋斗は眠ったが、蒼士は眠らなかった。
「……!? どういうことだ!?」
「無駄だよ。僕にその能力は効かない」
「ああ!? なんだとてめえ!」
「ちょっと待て! いまそいつなんて言った?」
車を運転する大吾がそう叫んだ。
「どういうことだよ?」
「いまそいつ、能力って言ったよな!」
「……!? 確かに言った……! もしかしてお前も龍の血脈なのか?」
蒼士は何も答えなかった。
「おい! なんとか言えよ!」
「……。もうすぐ公園があるみたいだね。そこの駐車場に車を停めて話し合おう」
「はあ!? なんでだよ!」
「いいから。僕の言うことを聞いてくれるならこれの数倍は報酬を用意できる」
蒼士は鞄から封筒を取り出し、和樹に向かって放り投げた。
和樹が封筒の中身を確認すると、現金がおよそ100万円は入っていた。大吾も横目で中身を確認すると二人は黙って頷き、公園の駐車場に入った。
公園の駐車場に他に車はなく、あるのは外灯の光と虫の声だけだった。眠る京子と秋斗を残し、三人は車の外に出た。
「それで、何をすれば報酬をくれるって?」
張り詰めた空気の中、大吾が最初に口を開いた。
「いま君たちが向かおうとしていた場所を教えて欲しい。それと、いま車で眠ってる二人を帰しても?」
「それはできねえな。もちろん、この金を返すこともできないけど」
「ひどいね。それはまだ君たちにあげたつもりはないんだけど」
大吾は舌打ちをすると、蒼士に近づいてきた。
そして、顔を近づけて鋭く蒼士の顔を凝視した。
「ああん!? もう俺たちのものなんだよ!」
「ははは……。話しても分かってくれないか。じゃあまずは君からやっても?」
蒼士は大吾の回答を待つことなく、いつの間にか取り出していた翠銀刀で大吾を斬りつけた。
「……っ! いっ痛たあっ!」
大吾はよろめき、傷口を手で押さえ、手のひらについた青い血液を確認した。
「お前……! 何したか分かってるんだろうなあ!」
「うん。翠銀刀で斬らせてもらったよ」
「は……!? すい……ぎん……とう……? お前、いま何て言った!?」
大吾は、蒼士の口から出るはずのない言葉に、傷口からの出血とあいまって全身から力が抜けいてく。
「翠銀刀。やっぱり君たちも龍の血脈みたいだし、このナイフで斬られるとどうなるか知ってるよね?」
「おい……ふざけんな……! お前さっきと全然違うじゃねえか! まさか……お前……霧雨か!?」
その瞬間、大吾の全身に斬り刻まれるかのような激痛が走った。
大吾は立っていられなくなり、地べたにうずくまり、のたうち回った。和樹はその様子を見てその場にへたり込み、がたがたと震えている。
「ぐああ……っ! くそっ! はぁ……! はぁ……!」
大吾はもう、まともに喋ることすらできない。
そして、意識を失った。
「じゃあ次は君だね。まあカーナビの履歴とか見れば分かりそうだし、もういいよね」
「ひっ……。ま……待って。さっきの話、応じますから助けてください!」
「本当? じゃあまずは車の中で眠る二人を今から駅まで送ろう」
大吾をトランクに詰め込むと、車は最寄りの駅に向かって出発した。駅に向かう途中、能力の解除で京子と秋斗は目を覚ましたが、二人は困惑するしかなかった。
大吾がいないこと、なぜか蒼士が助手席に乗り和樹が運転していること、聞きたいことは山ほどあったが、「今駅に向かっている。二人はそこで降りて帰ってね。あと、細かいことは聞かないでほしい」と言う蒼士の息の詰まりそうな雰囲気にのまれ、言葉を発することができなかった。
駅で京子と秋斗を降ろすと車は再び出発した。車は廃墟のある山に到着したが、蒼士の指示で廃墟までは行かずに山の麓で停車した。
「本当にここまででいいんですか?」
「大丈夫。助かったよ」
「あの……大吾は目を覚ますんでしょうか?」
「うん。君と一緒にね」
「え……? ……! うわあああ……!」
蒼士は運転席に座る和樹を翠銀刀で斬りつけた。
それから少しして、和樹は意識を失った。
翠銀刀で意識を失った龍の血脈は、一日以上目を覚ますことはない。
意識を失った龍の血脈はそのまま霧雨に殺されるか、生きたまま捉えられて日本のどこかにある霧雨の所有する施設へ連れていかれる。
蒼士は意識を失った大吾と和樹を車に残して、廃墟に向かった。
決して目覚めることのできない二人は、霧雨の回収班がやって来るのを、車の中でただ静かに待つしかなかった。




