第2話・神様のご指導
※主人公格が『姫野真』と『白兎稔』の二人となっており、一話ごとにどちらかの視点で投稿していく予定です。
※白兎稔視点となります。
第2話・神様のご指導
中学に入ってしばらくして、姫野真の馬鹿話はよく耳にした。
魔法剣士になる。
そんな事を言いながら妙なノートを一人で弄っている学生。
笑われるには十分だった。
だが…少しして馬鹿な子供の一人ではない事を、私は思い知る事になる。
練想空間に人型で現れつつあったのだ。私のように。
子供の身じゃ大人には勝てない。
人間には限界がある。
やっても無いのにそんな言い訳のような文言を言うのも聞くのも受け入れるのも嫌だった私は、現実と言う言葉を敵視するかのごとく剣を振るってきた。
手が破れても、身体が悲鳴を上げても、逆らうように、抗うように。
私はその結果練想空間に辿り着いた。
だから分かる、安い遊びではない事位は。
だが…本人はどう見ても強い意志とは無縁に感じる性格で、こんな奴に並ばれたのかとも思うと苛立ちを覚える。
…未熟だな、私も。
並ばれたと思うのが嫌なら、早々に先を目指せばいいだけの話。姫野が悪い訳ではないのだから。
放課後、例によって姫野と合流した私は、早速話を進める事にした。
「昨日もお前を叩き返したのは覚えているか?」
「え、あ、うん。」
やはりぼんやりとしか覚えていなかったのか、姫野は少し考えてから返事を返してきた。
「あれは、無理やりにお前を練想空間から叩き出すつもりで叩いたんだ。初めと同じにな。」
「そっか…でもなんで?」
何処までも素直な姫野の当然と言えば当然の疑問に、私は説明を続ける。
「練想空間では真威を使うと言ったな。お前が使ったあの炎の一撃が、お前の存在すら危うくする消費だったんだ。」
「真威が切れかけたって事?」
「そう言う事だ。朝起き辛かったんじゃないか?」
確信めいた私の予想に頷く姫野。
真威、意思の力。
惑意の攻撃により砕かれても意識の消滅と言う結果になりかねないが、だからと言って食らわなければそれでいいと言うものでもない。
真威を使い切ったら、それはそれで危険だ。
「あの空間で展開している私の装備も全て真威で出来たものではあるが、炎を『放った』お前と違って壊れなければ連続使用しても消費は少ない。」
「ただでさえ慣れの無い僕が白兎さんより消耗の大きい事なんていきなりやって持つ訳無いって事か。」
「そうなるな。まさかお前が初手であれほど出来るとは思わなかったから好きにやれと言ってみたが…一撃で消耗しきるとは思わなかった、私の失態だな。」
私が謝罪すると、姫野はそんなことないと首を横に振った。人がいいからそういう反応をするだろうと思ってはいたが、あれで彼を死なせていたらさすがに申し訳が立たない。
「やはり、私が一人薄い知識で語るより、会って貰った方がいいか。」
「会う…って誰に?」
当然と言えば当然の疑問に対して、私は少しの間を置いて答えた。
「私がこれらの話を聞いた、神様にだ。」
「…はい?」
当然と言えば当然の反応だが、姫野は呆然と口を開いて硬直した。
かみさま。
この世界の創造主や守護神など宗教や地域の形式によって様々あるが、私が会った彼らは練想空間のように意思の力によって在るモノらしい。
つまり、信仰等、その存在に意思を向けられる事で存在するモノと言う事だった。
目的地に向かうバスの中で、私自身も神様に聞いた話を姫野に説明する。
「あのウイルスが惑意の塊なら、皆の真威の塊…って事?」
「そんな感じだな。」
私自身もそこまで神学に聡いわけではなく、修行の果てに彼らから受けた説明をそのまま覚えた程度のものだ。
それに、私よりはるかに現実離れした代物であるあの魔法剣の性質は、神話の力について把握している神様達に扱いを聞いたほうが確実だ。
「神様かぁ…」
ほう…と感動気味の息を漏らす姫野。
少し陶酔しているようにも見えるその顔は、誰がどう見てもこれから会う神様に期待しているのが分かる。
浮かれるな、などと言うつもりは無いが…
「あまり期待しない方がいいが…な。」
「え?」
「いや、なんでもない…いけば分かる。」
会いに行く相手の事をわざわざ告げる必要も無い。
夢見るには少しばかり毒な師の姿を思い出しつつ、私は小さく息を吐いた。
「それまでに、練想空間の認識方法について伝えておく。」
「認識方法?」
「『眠ったら勝手に行きます』では、いつどんな形で行けるか分からない。練想空間に自力で行く方法だ。目を閉じてみろ。」
姫野は言われるまま目を閉じる。
それだけでは視界が閉ざされる訳だが…
「そのままで見てみろ。」
「え?」
「練想空間は真威の世界、『光を目で』受け取って見ている訳じゃない。」
もちろん練想空間に真威の塊として入った時にも目で見て耳で聞いてとしている『ように感じる』が、それは、人はそういうものだと言う私達自身やほかの人間の認識…意思が反映されているから。
その気になればまったく別の身体のように型を成す事も自由自在だが、それにはそのまったく別の身体と言うものを、強く具体的に意思した上で自分本来の身体を意識から捨てる位の行為が必要になる。
姫野を置いて目を閉じた私は、先に練想空間に入る。
慣れている私は手順も何も無く、練想空間に入ると意思するだけでスムーズに入れる。
練想空間のバスの中、席に座る自分の身体から少し離れる形で立つ。
「私が見えるなら、こちら側に来るんだ。」
幽体離脱、と言う言葉は使わない。
起きている結果そのものは意思が肉体から分離すると言う意味でそのイメージに近いのだが、幽体離脱をイメージして練想空間に来た場合、練想空間にふわふわとした形で入った挙句何も出来ないような状態になる。
…私は当初それで、練想空間で地に足をつけるのに苦労した。
言わなくとも一番近いイメージは幽体離脱なので、姫野も最初はそうなると思ったのだが…
「あ、本当だ。起きたままでも来れるんだ。って、分離してる今外じゃ寝てる感じになるのかな?」
あっさりと入ってきた。
席を立った姫野は不思議そうに座って動かない自分の身体を見る。
魔法剣士などと言っている位だ、非現実的現象についての順応が私より早いんだろう。
真威の強さも当然だが、純粋な心で曇りなくこの世界を受け入れる事もまた、練想空間で力を発揮する上で重要な事だ。
真威の強さが私程でない上で、私よりも練想空間に順応しているから、素直に理想に近い形で力を発揮して、一撃で力尽きたのだろう。姫野本人を鍛える方が重要かもしれないな、これは。
「白兎さん?」
「あぁ、すまない。今の肉体について、だったな。あくまでここに来ているのは真威…意志力の塊だからな、消耗すれば戻っても疲れたように感じるかもしれないが、それもそう長い間じゃない。だから、その気になれば眠っている間はこっちで修行をしても問題ない。」
物理的には脳は使用されていない状態だから、離れている間は睡眠とみてほぼ問題ない。
だが、その話に何故か姫野は顔をしかめた。
「どうした?」
「白兎さんにここで叩かれて戻った朝、僕頭に打たれたような痛みがあったんだけど…まぁ、軽く何だけどね。」
大した事じゃないか。と言いながら笑う姫野。
けれど、その話が大した事である事を私は知っていた。
「夢現同化…」
「え?」
分かってない姫野は、呟いた私の言葉を聞いて首をかしげた。
元々、この練想空間は現実と分かれている代物ではなかった。
人に意思があるのは『現実』なのだから。
だが、幽霊や妖魔、神様等の超常現象を非科学的としてきた為、出来たのがこの練想空間なのだが…
元々分かれている代物ではないのだから、強い意志は現実で力を発揮するものなのだ。
意思のみの練想空間で起きた事が実際に肉体に影響すると言う事は…それだけ現実に近い形で真威を発揮できると言う事になる。
実際に、練想空間が出来る前の昔には、祓い師や退魔師が幽霊や妖魔と退治していた。
夢現同化とは、練想空間が現実と分離させられた現代で、その二つを分けずに繋げる域に達した評である。
「じゃ、じゃあ僕は現実で魔法剣を使え」
「調子にのるな。」
「あはは…だよねー…」
一通りの説明を聞いてだらしなくにやついた姫野の甘い期待を叩き直すつもりで一蹴する。
確かに、実際に魔法剣士になるのが目標ならば、真威の現実での発揮が最終目標になる。
だが、最終目標だ。今出来たら苦労しない。
そして逆に…完全にではなければ、多少なり真威の力を発揮している人間はいる。
世界大会に出ているようなスポーツ選手たちは皆多少なり真威の力を持って生肉が物理的に持つ限界を超えている。
イメージトレーニングと言って理想の身体をイメージした上でトレーニングをするのも、真威を用いた肉体の改造に当たる。
そして、真威の塊が受けたと思った怪我が現実で反映されているなら、最終目標に近い形であるのは確かだ。下手をすると私より。
「逆に練想空間で活動するなら危険かも知れないがな。私も腕一本刎ねられたりした事はあるが、朝起きたときに少し鈍く感じる程度だった。だが、お前の場合ここで重傷を負うと普通に身体も怪我する可能性が高い。」
別物だと認識しようとするのはここで安全でも目標からは遠ざかるだろうし、難しい所だ。
命に関わるので解説にせいを出していたのだが、気づくと姫野の表情が引きつっていた。
「う、腕一本刎ねられたって…」
「法や秩序のある場所じゃないからな、戦ってればそういう事もある。」
一言で片付けたが私だって中学生。と言うより、腕一本失うなど余程の歴戦でもなければへらへらしていられる痛みではない。
練想空間での痛みは消えかけにでもならない限りはリアルに感じる。
姫野もそれは、私が叩き返した際に分かっているようで、心配そうに私の腕を見ていた。
だが、誰に『来い』と命じられているわけでもない練想空間。ここで活動する気なら耐えなきゃならない。常時無傷なんて都合よくは行かないだろうし。
「っと、そろそろだな。戻るぞ。」
「うん。」
バスの外の光景が目的地に近づいている事を示していたため、私はあえて歩いていって戻るのではなく、目を閉じて意識を集中させた。
練想空間からの強制帰還。
いざ危険だと思えば、自分の身体に瞬時に戻ることなら訳はない。
神様達は信仰されている各場所になら瞬時に移動できるらしく、私が習ったこれは自身の身体になら意識を戻すことができる、言わば簡易版だ。
現実に戻った私は真威の目を開いて練想空間を見る。
あえて真似る必要も無いが、やはり勉強と思ったのか興味があるのか、姫野は私を真似ようと目を閉じていた。
そして、そのまま練想空間から消える。慣れの関係で私の方が早いが、それでもなかなかに早かった。
「これを覚えておけば、とりあえず危ないときは離脱出来るって事だね。」
「そう言う事だ。」
出来る後輩に会う部活の先輩と言うのはこんな感じなんだろうか?
伝えていて嬉しい反面、追われている感が強く複雑な気分だった。
神社に着いて一応お参りを済ませた私達は、人気の無い場所に座ると揃って練想空間に入る。
そして、練想空間にて神社の前に来ると…
「空っ!」
神社の上から聞き知った声が響くと共に、風の刃が飛来する。
咄嗟に回避したが、直撃した風の刃が私の立っていた箇所に一瞬深々と亀裂を入れた。
「え、て、敵!?」
「おいおい遅ぇよ。」
「いだぁっ!!!」
事態に気づいた姫野が指先で何かを描き始めたが、当然そんな事をしている暇など無く上から飛び降りてきた影によって峰打ちで頭を殴られ地面に叩きつけられた。
「そう易々とっ!!!」
剣を握った手からほぼ全ての力を抜いて、踏み込みを始動に斬りかかる。
速度の型『乱』。
練想空間でなら7、8閃程を一瞬で振るう事が出来るが…
「おぉっと、容赦ねぇな!」
「貴方の台詞かっ!!」
7撃防がれ8合目に合わせて強力な斬撃を振りぬかれて押され…飛ばされる。
直後、思いっきり振りかぶった彼の体勢に気づいて悪寒が走る。
「っ…『轟』!!!」
断鋼の型『轟』。
軽く剣の返しが速い『乱』に対して、重く深く一撃を振るう『轟』。
同じ型の打ち合い。だったのだが…打ち合わせた直後競り合う事も無く私は浮くほどに飛ばされ、木に背中から激突した。
ずるずると滑る様な感覚を感じつつ、まだ滑るような『感覚』を感じる程度にはしっかりと練想空間で形を保っているのにとりあえずほっとする。
「いいじゃねぇか。まったく、雛鳥の成長は早ぇなぁ。」
からからと笑う彼に対して、私は苦虫を噛み潰したような気分になる。
並の実戦より危険な遊びなんてさすがに冗談じゃない。姫野は大丈夫だろうか?
「それより…このへっぽこはどうしたんだ?」
呆れを隠そうともせずに斜め下を見やる彼。
その視線を追うと、回避も防御も出来ずに叩かれた頭を抱えて涙を流している姫野の姿があった。
確かに情けない姿なのだが…一般中学生が脳天を金属の棒で大男に叩かれた挙句その一撃で地面に叩きつけられたのだ。
私としては情けないと思う反面、よく練想空間から逃げずにこの場でのた打ち回っているとも思う。
「初対面で叩き伏せてそれは無いでしょう…私より夢現同化に近い位置にいるので練想空間とはいえあまり叩き伏せないでやってくれませんか?」
「あんだと?お前より?そりゃすげぇ。」
彼は未だ悶えている姫野の腕を掴むと力任せに引っ張って持ち上げて立たせる。
姫野は一瞬その顔を見た後、木を背に剣を鞘に収めている私を見る。
「あ、あの…この人は?」
「…スサノオ様、この練想空間での私の師で、会わせようとしていた神様だ。」
正直師や神というには少し…いや大分躊躇いの混じる彼の名を告げると、姫野はしばらく考えるようにスサノオ様の事を見つめる。
「おう!よろしくな。」
「は…はぁ…」
腰に手を当てて豪快に笑うスサノオ様を前に、姫野はただただ呆然としていた。
改めて話をと言う事で簡単に経緯を説明しつつ、いくら練想空間と言え石畳に座るのもあれだと神社内に入ったのだが…
等のスサノオ様が何故か賽銭箱を椅子代わりにしている。
豪快と言うかいい加減と言うか…私は別に彼に会うまでは特に信仰など無かったから神学にも疎いが、少なくともこの光景が罰当たりには見える。
「あ、あの…それ、いいんですか?」
「俺らの為にある箱だからな。別にいいだろ。」
「な、なるほど…」
私と並んで正座している姫野が初めの私同様の疑問を口にしたが、あっさりと片付けられて口を閉ざす。
確かに、一応は神様の彼が正座で恐縮するのも妙な話だし、かと言って2メートル近い彼が座るのに便利な椅子はない。
大きめの箱である賽銭箱は単に丁度いいんだろう。
「しかしまさか、魔法剣士になりたい…でこんな所に辿り着くたぁ、人類初じゃねぇの?」
「そんなに珍しいんですか?」
珍しいのは分かっていたが、人類初とまでは思っていなかった。
「俺との関係を見られたヤマトタケルや毘沙門天の化身っつー上杉謙信みてーに信仰絡みで神様の力をその身に降ろす類と、宮本武蔵やこの稔みてーに自力を高めようと人の域を外れる奴。古い話も知ってる俺が引きずり出してもこんな分かりやすい例ばっかだ。」
神学に疎い私ですら知ってる名前を例に出された事で、そのどちらもから外れている姫野の異端度を改めて感じる。
姫野は何処か遠い話のように聞いているが…
「お前、その名前の羅列に入る人間の上に、彼らや私と違う方法でここに来たって意味で彼らよりも希少だと言われてるんだぞ?遠い偉人の他人事だと思ってないか?」
今の姫野がまったく別の『種類』だと説明されているわけだが、真威の力を使う者と言う意味で比較の対象として上げられているのだ。
歴史書を開いて出てくるような名前まで出されては遠い話に感じるのも無理は無いのかもしれないが、あくまでも姫野の為の説明。他人事に感じられては無意味だ。
私の忠告に、姫野は少し肩を強張らせる。
「い、いやそりゃぁ…ね。神様や偉人代表みたいな人達を僕の前例じゃないって並べるみたいに紹介されても…」
「そうか?んじゃそこの神様見習いと別って程度に覚えとけばいいだろ。」
縮こまってたどたどしく話す姫野に大して分かりやすい例として、すさまじく適当に私を指差すスサノオ様。
確かに妥当で正しい比較対象なのだが…この雑な片付けられ方に少しばかり不快を覚える。
「それで、真威の使い勝手が普通に斬りあうのと違うから俺に聞きに来た…ね。」
「えぇ。」
昔なら実戦叩き上げなんてのもアリだったのかも知れないが、今そんな事言うのも無茶が過ぎる。
賽銭箱から立ち上がったスサノオ様は、親指で外を指差すと…
「おし、とりあえず一発見せてみろ。」
当たり前のようにそう言った。
使用感を見ない事にはアドバイスも何もない。それは分かるが、姫野が一度それで消えかけている事を考えると、あまり気の進まない話だった。
私は一応剣を抜いて構えておく。万一加減が聞かずに消えそうになれば無理やりにでも叩き返す為だ。
姫野はゆっくりと宙を指でなぞる。
私にも見える光の線が、一筆書きで六芒星の陣を描いていく。
最初に上向きの三角形、完成したら円を8割程まで書いていき、そこから下向きの三角を描く事で六芒星をつくり、最後円の残りを埋める。
戦闘中に使うにしてはあまりにも遅いが、そもそも真威の使い方については初心者なのだ。いきなりちゃんと使えていると言うだけで十分だろう。
六芒星の中心に英字の『エー』を描くと、姫野は陣に触れるように掌を開いて…
「ライズ!フローズンダガー!!」
陣を握りつぶして引き抜くようにして、青く半透明の短剣を手にしていた。
今度は氷…か。
つくづくすさまじい出来だな、真威を扱うって意味だと完璧かもしれない。
「えと…使っても?」
「一応神様だ、心配しなくてもいい。」
「う、うん。」
私に確認を取ると、姫野は完成した短剣を振りかぶって、スサノオ様に向かって全力で投げはなった。
投擲動作は普通のそれだ。練想空間で力を発揮しているにしてはあまりに情けない結果で、魔法剣の出来の良さと比べるとどうにもアンバランスだ。
あっさりとつまんで止めたスサノオ様。
だが…姫野の扱う『剣』の本領はここからだ。
「フリーズケイジ!!!」
叫んで拳を開く姫野。
直後、氷の短剣が砕け、摘まんでいたスサノオ様の腕を包み込むように氷の塊が出来上がった。
「うぉ!?…こりゃぁすげぇな。」
腕を包む氷をぶんぶんと腕を振り回して砕くスサノオ様。
…さすがにダメージにはならないか。
未だに一撃も放り込めていない私は、先を越されなかった事に少しだけ安心しつつ姫野を見る。
消えかけるほどに消耗していなければいいけど…
「大丈夫か?」
「あ…うん。ちょっとぼやっとするけど。一応一番小さいのを加減するつもりで使ったから。」
消えるともなれば姫野も慎重になったようで、頭を抑えてはいるが前みたいに声も出せずにぶれるなんて事にはなってない。
練想空間での活動という意味では私より余程要領がいいらしい。
「なるほどな…ま、身体や真威そのものを速く強くすんのは稔が面倒みるとして…」
今のだけで大体何をしたらいいか案が出たらしいスサノオ様。
魔法剣なんて代物、日本神話の彼にしたって異物だろうに…
スサノオ様は、中空をすばやく指でなぞる。
適当すぎてよく分からないが、おそらくは姫野の魔法陣を描く真似だろう。
「これくらい早く描け。」
笑いながら言うスサノオ様。
確かに基本的に時間がかかっていては話にならない。
「ほらやってみろ。」
「え、あ、は、はい。」
魔法剣の連発なんて危険じゃないのかと思ったのか、姫野は戸惑いを見せる。
だが、すばやく指を動かした姫野の指先は先と違って光の陣を結ばなかった。
…なるほど。
「やっぱりな。」
「え?」
「お前も分かったろ、稔。説明してみ。」
真威への理解度テストのつもりか、説明を私に振るスサノオ様。
分かりやすく話を進めるために、姫野が私を見るのを待って、私は自分の服装を、展開していた戦闘装備から中学の服装に変化させた。
「私が今やったのもそうだが、ここでは本来全て真威で形作られている。お前が指先に…魔力か?とにかく力を集めた指先で陣を描くというイメージを強く込めてなぞる必要があるから、慌てて指だけ動かしてもうまくいかなかった訳だ。」
「うん。」
そこまで説明した上で、私は再び戦闘衣装に変化する。
これはこれで真威を使うのでこう繰り返していると消耗するが、説明しやすいしこれ自体も私の修行になるので我慢して話を続ける。
「私も慣れない内は、元の服が無くなるイメージをして、装備のイメージをして、刀のイメージをして、それらが自分の身体に合うサイズになるようにイメージして…と、丁寧に作る必要があったが、それが当たり前になるまでなじませるんだ。」
「陣を描く、と思って指を動かしたら神経すり減らすくらい集中しなくても描けるように…って事?」
「剣を作るのには失敗していないし、陣を描くだけなら消費も軽いだろう。とりあえず練想空間に慣れ、魔法剣とやらを扱うのに慣れるなら、陣を繰り返し描く練習をするのがいい。…と言う事ですね?」
説明に不足や不備があれば問題だから、スサノオ様の顔を見て聞いてみる。
スサノオ様は軽くうなずいてくれた。一応あってはいたらしい。
「ま、めんどくせぇ手順なんて全部取っ払えたら手っ取り早いんだけどな、神話にしろ祭事にしろ、意思を込める為に決めた手順ってのは大事なんだよ。お前も陣を決まった規則で描いて陣から剣を作り出すって手順はその儀式みたいなもんだ。」
「無視できないなら出来るだけ早く…当たり前のように扱えるようにならないといけない。」
「そう言うこった、飲み込み早くていいぜ。」
確認するように聞き返した姫野に笑いかけ、その肩をばしばしと叩くスサノオ様。
あくまで普通に鍛えた結果来た私と違いこの現実離れした説明をすんなりと理解している姫野相手だとスサノオ様としても話が進めやすいらしい。
素早く具体的に。
真威を力として発揮するのにだらだらと時間をかけていては話にならない。
身体を動かすと言うのは日常的に無意識にやっている事だから、ただ速く動けるよう練想空間や現実で限界まで素早く動く事に馴染めばいいが、この手の不可思議な現象についてはまず無意識に当たり前に出来るようにする所から始めなければならない。
「後の使用感は慣れるしかねぇが、一発で疲れ果てるようじゃ切り札にしといたほうがいいな。つー訳で…」
「『剣士』の方を私が鍛える方が先…ですね。」
剣の腕は論外で頼みの魔法は単発。
自分の状況が芳しくないのを感じたのか、引きつった笑みを浮かべた姫野は…
「…よろしくお願いします。」
それでも私とスサノオ様に向かって頭を下げた。
帰りのバス内でも練想空間にて真摯に魔法陣を描く練習を繰り返す姫野。
軟弱に見えても熱意はつくづくすさまじい。
とはいえ、陣を描くだけでも消耗はするので、様子を伺っていた私は頃合を見計らってやめさせる。
「はぁ…確かに眠いって言うかぼーっとするって言うか…」
「真威も無限じゃないからな。なんでもいつでもどれだけでもと言う程にはいかない。消えたくなければ考えておけ。」
頭を抑えて息吐く姫野に釘を刺しておく。
元々練想空間に迷い込んで惑意に消されない為の練習なのだ、安全にと言うだけなら今後はあの場に来ないようにすればそれで大体大丈夫なのに、練習の結果消滅していれば本末転倒だ。
「白兎さんは…なんで僕に付き合ってくれるの?」
「どういう意味だ?」
「死なないってだけなら、練想空間からの離脱方法だけ言って放って置けばいい気もするのに、訓練までつけようとしてくれるからさ。僕が魔法剣士になろうとするのは僕の勝手で、白兎さんの修行も今のスサノオ様を目標にしてるなら凄い大変そうなのに…」
私に迷惑になってないか、と言う懸念も含めての問いかけなのだろう。
確かに、姫野の訓練に協力する義理はない。私自身の修行の事を考えれば、今は完全に邪魔と言える。
それにも拘らず訓練に協力する理由。色々と言える気もするが…
「…夢。」
「え?」
「スサノオ様に直に会い、訓練もしていてその記憶もあり、実際に練想空間で覚えた事も多少実際に扱えて…だが、それでも私一人あの場にいる間は、時々夢だと思ってしまっていたんだ。…実際、誰かに一連の話をした所で可哀想なものを見るように見られるだけだろうしな。」
寂しがりやのようで情けないとも思うが、おそらくはこれが一番の理由だろう。
一人不確かな場所に佇んでいる様な気がして…と言うより、練想空間にいる間は実際そうで…
だからと言って、人の域を超える為に必要な過程としてこの練想空間での修行を止めるつもりはなかったが、姫野が来た事でただの不確かな場所じゃなくなった。
無人島で初めて人を見つけたようなものだ、さすがに無視も出来ない。
「そっか…」
「だから、言っておくがお前に協力して貰うとかそんなつもりまではないからな。」
子供だから大人に勝てないとか、人だから神様に届かないとか、そんな言い訳を嫌って鍛えてここまで来たんだ。
勝てない理由があっても譲りたくないと練想空間に来た私が、勝てる理由だらけの後から来た、剣では完全素人の姫野に協力を頼むとか先陣を譲るとか、そんな馬鹿な話あってたまるか。
突き放すようにも聞こえる私の言葉に、姫野は笑いながら頷いた。
「あはは、分かってる。今出来るとしたら離れた場所で白兎さんがくるまで時間稼ぎとか、そんなのがせいぜいの役立たずだし。でも…」
自分の状態を認めた上で一区切りした姫野は、私を真っ直ぐに見る。
「僕もそのままではいないから。白兎さんに訓練相手が出来てよかったー、位は思ってえるよう…出来れば、肩を並べられるよう。頑張る。」
つくづく素直で真っ直ぐで純粋な姫野の言葉。
魔法剣士…なんて信仰からも修行からも遠い話で練想空間に来るだけの事はある。
神社から町まで戻ってきて姫野と別れた後、私は木刀を握り山中に居た。
目を閉じ、集中。
想い描くのは、練想空間での剣技。
「『乱』っ!!!」
打ち下ろしから斬り返し、反転から…
「っ…」
踏み込んでの斬撃につなげようとして、木刀の重さに引きずられるようによろけた私は、無理をして踏み込んで体全体で斬撃を繋いだ。
…が、体が流れて木刀が地面を叩く。
この程度…か。
真剣で扱えるようある程度の太さにする事で重量を確保した木刀。
竹刀でならまだマシだが、それでも練想空間で動く程までには至らない。
「『轟』っ!!!」
大きく構え命中地点で握り込み、強固な対象を叩ききるための斬撃。
だが…切断するつもりで捉えた木の表面を、斧を一回叩き付けた程度の傷が出来るだけで切断からは程遠かった。
これが、練想空間での全て夢と思わされてしまう現実の…夢現同化までの壁。
スサノオ様の話では、かつての退魔師や祓い師は同族が扱う符術等を見ながら自身も修行して来たため、真威の力を現実で発揮しやすかった。
無論それにしたって大変ではあるが、今のように日本中探しても練想空間を認知している人間が数人、完全な夢現同化に至っているのが一人だけと言う現代よりは信じやすかったのだ。
だが今は…
「…言い訳だ。」
口にして首を横に振る。
何時だろうと何だろうと、扱えていた人間がいたのは事実なんだ。
諦めていい理由にならない。
それに…姫野が練想空間まで来た。
現実ではただの中学生男子に過ぎないが、それもそのうち変わってくるだろう。
負けたくなければ、尚更死力を尽くさなきゃならない。
身体を大きく開いて構え、全身から力を抜いて、そして…
「っ…」
完成の半分にも至っていない奥義を叩き込もうとした結果、衝撃で木刀を取り落として崩れた私は、立ち上がって掌を見る。
『いいじゃねぇか。まったく、雛鳥の成長は早ぇなぁ。』
神であるスサノオ様からの…一見賛辞。
だが、裏を返せば『雛鳥』から巣を離れる事すら出来ていないと言う評に他ならない。
未熟なんてものじゃない。
けれど…解決方法など、鍛える以外に存在しない。
私は取り落とした木刀を拾って修行を再開した。
家に帰ると、いつも通り机の上に夕食が用意されていた。
連日の事だが、これを見ると悪い気がしてくる。
本来なら私を勘当して家を追い出したいだろう両親。
だが、滅多な事でそれは通らず、挙句現在未成年に当たる私が問題を起こした場合両親は有無を言わさず関わらされる事になる。
私は私で、出て行って山中で野生生物を食いながら生活する事になったとしても気にしないが、学校に行かないのも誰のものかの区別もつかない山中で植物を漁るのも、野生生物の殺生も法律違反。
両親の指示を死んでも断ると言い切った私に対して追い出すと言う処置も体裁が悪くて出来ずに、こうして最低限の衣食住を用意して学校に通わせるという所まではこなしている。
剣を捨てて家の田畑を継いで農作業の勉強を行えと言うただそれだけの指示を、神様になると言う何も知らない人間にしてみれば意味不明な願いの為に断っている私。
現状に私自身も思う所が無いではなかったが…
「思うだけ無駄…か。」
二択なら、私は迷わず剣を選ぶ。
それを思い知っているからこそ母も父も、望んでもいない保護責任を果たすためにこうしてかけたくも無いだろう手間をかけている。今更気遣うフリなど必要ない。
どうせ向こうも私の為と言いながら、何も見ていはしないのだから。
世界大会に参加するアスリートなどですら来ない練想空間に辿り着く事。
その意志力が…真威が、どれだけ強く大切なものでなければならないのか、全く分かっていない。
たとえ傍にいても、面倒を見ていても、身体を気遣っていても…
そんな宝物を捨てろ何て命じている時点で、私の為など偽り以外の何物でもないんだ。
繰り返すように念じて両親に抱いた申し訳なさを塗りつぶした私は、片づけを済ませて眠りについた。
翌朝、心配だったから姫野の家を覗きに行った前日の事を思い出し、私は姫野の家の近くまで来ていた。
いきなり迎えにまで来た知り合いが、翌日またいきなり来なくなる。と言う状況に姫野の両親から見た時に意味が分からないだろうと危惧した為なのだが…
『てめっ…厨二病こじらせてる地味オタクの癖に女連れで登校とは良い度胸だなえぇ!?』
姫野の家が見える位置まで来て、昨日の事を思い出した私は足を止めていた。
回りがどうこうと騒いだ所で気にする訳ではないのだが…実際にこうして連日迎えに顔を出すようになってしまうと、本当に妙な関係になってしまっているように感じる。
…止めておくか。
一日変だった事くらいそのうち忘れられるだろう。
連日一緒に登校するのも、それで無駄に騒がれるのも億劫だ。
「いってきまーす!」
踵を返した直後、背後から耳慣れた声が聞こえてきた。
どうやら一人で登校すると決めるには遅すぎたらしい。
「あ、白兎さんおはよう。」
「あぁ。」
私の姿に気づいた姫野は、当然のように声をかけつつ、駆け寄ってきて私に並ぶ。
どうせ困るとしても噂好きの他人が騒ぐ程度だ…もういいか。
私は軽く諦めつつ姫野と共に登校することにした。
当たり前のようにおにぎりを手に食べながら歩く姫野。
一言も交わさずに朝食を終えて家を出てきた私としては、両親と仲良く出来ている姫野を見ていると肩身が狭い。
「昨日練想空間で魔法陣描く練習してたら勢いあまっちゃって。結局今朝も真威不足でふらふらでさ。」
「持ち歩ける食事を用意してもらってる辺りで想像ついていたがな。それで消えたら元も子もないぞ。」
「うん、気をつける。」
明るく返してくる姫野。
その屈託のない笑みに、少しやましい気分を覚えていた私はそれらを逃がすように息を吐いた。
「お前は凄いな、悩みがなさそうで。」
「馬鹿っぽくみえるって事?」
「そうだな。」
否定して欲しかったのだろう問いかけに即答するとさすがに拗ねた様に表情を歪める姫野。
悩まない人間なんてものは、余程の馬鹿以外ありえない。
素直なだけで、頭が悪い訳じゃない姫野が悩みがない、とは私も思っていない。むしろ、練想空間に辿り着くほど常識から外れるのに、苦心や苦悶が無い訳がない。
にも拘らず、他の学生にやらせようとすれば苛めとすら称されるだろう訓練を出す私を前に、笑顔で声をかけてきて駆け寄ってこれる程、悩みがなさそうに見える姿でいられる。
自分で逆らうと決めたのに両親に悪い気がしていて、悩んでも仕方ないのに払拭仕切れていない私からすれば、姫野のこの素直さは凄い事だと思えた。
とは言え、それらを素直に語って褒めちぎる気にはなれない私は姫野の勘違いを特に訂正する気はなかった。
「い、一応成績も平均以上は維持してるからね?まぁ…だからってよくも無いけどさ。」
「授業をさぼらずに成績を上げる努力をしなければそんなものだろう。私も似たようなものだ。」
馬鹿扱いを払拭しようとしているのか、特に自慢にもならない結果を自分から暴露する姫野。
成績に関しては私も人の事を言えた義理じゃない。興味も目的も無い事が人並みなのは普通だから、別段隠す気も無かった。
「そうなの?」
だが、姫野はずいぶんと意外そうな反応をしてきた。
「お前の中で私はどんな人間になっているんだ?」
「や、厳しそうだし…少なくとも全部7、80点位取ってないとちゃんと勉強しろって反応するかなーって。」
怒られるのを怖がるようにおっかなびっくり話す姫野。
厳しそうと言われれば、姫野に課している修行内容などを考えて否定も出来ないが…
「学者が速く走る必要が無いように、道場で因数分解思い出す必要が無いように、何が要るかは本人の勝手だ。学校や教師の自慢の為に成績を上げてやる事に時間を割く気はない。」
「あ、そういう…」
教師側に対して辛口な私の言葉に、姫野は納得と共に苦笑いした。
無論、最低限公共施設を利用するのに文字を読んで計算できる必要はあるだろうし、義務で通っているのに授業そのものを妨害するつもり等は無いが、それだけだ。そこから先は本人の勝手だ。
芸能関連に関わっている場合等、その最低限すらまともでなくても許されてる場合があると言うのに、望んでもない事にいちいち付き合ってやる理由はない。
「それに、練想空間に辿り着くと言う事はそういう事だ。お前だってそうして来ただろう?」
「…そっか、そうだね。」
姫野が練想空間に来たのだって、進路指導でふざけたと教師に説教を受けても変えず止めず謝らなかった結果だ。
「それじゃ僕が要る剣を鍛える為に、今日もよろしくお願いします、師匠。」
「別に、私にはお前が強くなる必要ないんだがな。」
「あぅ…そうだけど…」
前向きになった所を冷たくあしらわれて目に見えて落ち込む姫野。
こう言う所を見ているとあんな場所に来れるほど真威が強いようには思えないんだがな…
「…まぁ、あんな場所に辿り着いたよしみだ、邪魔にならない程度には付き合おう。」
私の言葉を聞いて、目を輝かせるかのようにパッと笑顔になった姫野はコクコクと頷く。
なんだか人懐っこい愛玩系の忠犬みたいだ。と、男子に抱くには奇妙な感想を抱いた。
がんばってはいるんですが…人から見ると完全にただの残念中学生二人組ですね(汗)。




