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夢現の旅人  作者: 黒影翼
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第3話・近い人、遠い人

※真視点です。


第3話・近い人、遠い人




魔法剣士として、剣も扱えるように。

それを課題とすることになった僕は、スサノオ様と会ってから一週間…


「ふっ!!!」

「ぶぐっ!?」


『布』を持った白兎さん相手に竹刀を振るって倒されていた。

防御だけに回れば何発か凌げるようにはなってきている…つまり見えるようにはなっているものの、僕の方から仕掛けると完全に見切られてるせいか綺麗にカウンターを放り込まれる。


竹刀でも痣…何発も受ければ酷い怪我になるからと最初は布のほうがいいと言う白兎さん相手に竹刀を振るのに感じていた抵抗は、この一週間…って言うか、初日で完全に無くなった。

一応剣としての役目を果たす竹刀と違って、布は振る動作しか出来ず返しや繋ぎにも色々制限がある。

にも拘らず、初日はそれで気絶するまで殴られた。


布で…だ。


正直これもう達人の域なんじゃないかと聞いてみたけど…『目標は人外だ。』と一蹴された。

オマケに、『お前もそうだろう?魔法剣士。』何て付け加えられて引くに引けず…


でも、うん、一週間で攻める気になれただけマシだと思おう。

修行内容がきついせいで自分への評価位は甘くないと立ち直れなさそうだった。


「とりあえず受け手には回れる様になったか。」

「あはは…ありがと。」

「別に褒めてない。まったく…欲張るなら欲張るなりに身体位鍛えておけばいいものを。」


布を首にかけて呆れる白兎さん。

鍛えてなかったのには正直反省しか浮かばない。

本気で魔法剣士になろうってあれこれ考えてノートにまとめて、その手順をなぞって…って繰り返してきたけど、肝心の剣の修行はろくにしていないなんて情けない。全く持って白兎さんの言う通りだ。


それはともかくとして、僕は一つ疑問があった。


「でも、練想空間では練習しないの?」


僕は、特に躊躇う事無くその疑問を口にする。


今言った通り、この一週間僕は練想空間では白兎さんと訓練していなかった。

身体は眠らせたままでも練想空間にはいられるからって事で、眠った後真威が持つ限り魔法陣を描く練習をずっとしていた。

偶に流れてきたのか現れた、あのトゲトゲの雑魚惑意相手に魔法剣を作って戦ったり、逃げたりして凌いで来た。

練想空間では生身の影響が少ないから、慣れれば並外れた速さや力で動く事が出来るから、逆に言えばそれでの斬り合いに慣れればこっちでの斬り合いの速さが捉えやすくなるんじゃないかなーと思ってるんだけど…


「そこまで言うなら剣を数時間くらい展開していられるようになったんだろうな。」


あまりにも当然と言えば当然の条件を提示された僕は口を噤むしかなかった。


「…ごめん、魔法陣描く練習しかほとんどしてないからわかんない。」

「素直と言うか馬鹿正直と言うか…捻くれろとまでは言わないが、その有様だとフェイントにあっさり引っかかるのも頷けるな。」


予想通りだったんだろう白兎さんの言葉に、僕は俯く他無かった。

事実、初めの頃は見えた、と思って防ごうとした傍から逆を突かれって言うのにあっさり引っかかってばかりだったんだから。


「練想空間にいる間は惑意の相手をしておいた方がいいからな、お前も慣れたら雑魚位は消しておけ。」


惑意。

正常な意識を潰しに来る歪んだ意志力の塊。

聞く限り白兎さんは惑意を消して回ってるんだろうけど…


「実際放っておくとどうなるの?」

「軽度では落ち込んだり疲れたり、気が乗らない怒りやすい程度に影響が出てくる。本気で食われれば犯罪者になったり自殺に走ったり…だな。」


実際に死者が出る話に関わるとなると重い話だ。

でも…白兎さん一人でそんなものに関わってるのか?


「真威自体は人の持つ力だ。練想空間にいけるほどの異端が私達位なだけで、大概はそのうち自らの真威で侵食する惑意を打ち払い立ち直ったりする。だが、逆に惑意の発生源になる位精神を病んだり苦しんだりしてる場合もある。」


荒んだ場所とか地域とかが纏めて悪い印象だったり本当に悪い人が集まってたりするのはそのせいか、と改めて聞くと納得する。


「神様達にはある程度のルールがあるらしくてな。個人の惑意まで無理やりに消しには動けないんだ。人や世界を神様が操作する事になりかねないからな。だから…かつての退魔師がそうしていたように、人の惑意は人が祓う事でそれらの事件を減らす。そのために出来るだけ、練想空間での修行は惑意の排除にしているんだ。」


何でもない事のように言う白兎さんだったけれど、かつての退魔師のようにって…


「組織でどうにかしてた事を白兎さん一人でやってるって事?そんなのいくらなんでも無茶だよ。」


それが本当だとしたらこういう事になる。

ピンからキリまでのピンとキリほどの差が僕と白兎さんにあるとしても、一人より二人の方が出来る事は多いはずだ。


「だからお前も慣れたら雑魚を相手にしろと薦めている。それに、一人で組織の代わりをしていると言う訳じゃない、一人で出来るだけ立ち回っていると言うだけだ。世界を救うなんて言わないが、近所の事件位止められるものなら止めたいからな。」


冷静に言う白兎さんの言葉は、間違っていると思う要素は見当たらなかった。









夕食を終えて、僕はさっきまでの白兎さんとの話を振り返る。


間違っているとは思わなかった。

だけど…一人で出来ないと思う事に手は回ってない…って事は…


放っておいたら助けになれない苦しんでる人達を放って…手が回ってない可能性があるって事になる。

白兎さんは、願う所に向かう姿勢とかでは厳しいけれど、自分の訓練の時間を足手纏いの僕の為に裂いてくれるように優しい人だ。

まして、神様になろう何て思ってる位だ、手が回りきらずに引き上げた次の朝のニュースで近所の事件なんて流れたら…


「ねぇ父さん、母さん。僕が車に轢かれて死んだらどうする?」

「おまっ…いきなりだなオイ。しかも轢かれそうなら、とかじゃなくて轢かれて死んだらかよ。」

「馬鹿な事聞かないで。」


苦笑いする父さんに、割と本気で心配してくる母さん。

聞きたくはない話だとは思ったけど、僕はどうしても答えて欲しかった。


「もう取り返しもなにもつかないって状態になってから…『だから仕方ない』って言えるかな…って。」

「そりゃ、きついだろ。あの時ああしとけばとか、後から後から浮かんでくるだろうな。後悔するなって一般に言うが、無理な話だろうな。」

「…だよね。」


割と真剣に聞きたかった事が伝わったのか、父さんはちゃんと答えてくれた。

大人とか一般論とか関係なく辛いものは辛い。


「…稔ちゃんに何か危ない事に誘われたの?」


けれど、母さんは僕の様子と近況から、僕の心配をしてかそんな事を聞いてきた。

僕は慌てて首を横に振って笑う。


「はは、違うよ。」


そう、違う。

たった一人で危ない所で人の生死に関わってるだろう白兎さんを、危ないのを承知で助けたいんだ。

たとえ微力でも何でも。






だから…






その夜、僕は練想空間である方向を見つめていた。

白兎さんはきっと、近所で尤も強い所に向かっているはずだ。


『今出来るとしたら離れた場所で白兎さんがくるまで時間稼ぎとか、そんなのがせいぜいの役立たずだし。』


自分で言った現状を繰り返すように思い出して一つ頷くと、白兎さんが向かったって予想できる方と反対側にある、惑意を割と強く感じる場所を目指して走った。


しばらくして、練想空間に来るようになってからは時々会うトゲトゲの惑意が見え始める。

そろそろ準備をしないといけない。


白兎さんが装備を変えていたように、僕も制服から考えた衣装に変化させる。

気分の問題…なんて話じゃない。だって、真威は意思の力なんだから。気分は力に直結する。

でなかったら白兎さんだってあんな服装わざわざ考えないだろうし、実際僕も試したけど、戦闘服の方が魔法陣を描きやすくて…真威の消耗が早い。

どれくらい保つか分からないけど…やるんだ!


「ライズ…シデンノタチ!!!」


陣を描き取り出したのは紫色の雷で編み上げられた刀身を持つ日本刀。

剣を普通に扱ったら布の白兎さん相手に粘るのが手一杯の僕が、肉体の限界突破で練想空間に来たわけでもないのに普通に振るう剣なんて展開しても現実でのへっぽこっぷりをここで晒すだけだ。

だから、剣の効果に『僕を強くする効果』が必要。

今までの炎熱効果、氷結効果と違い、この刀が付加してくれる効果は…



動作速度加速。



これなら少なくとも見かけ位白兎さんの真似事は出来る筈だ。





「い…っくぞおぉぉぶぁ!?」





意気込んで地を蹴った直後、いきなり壁に顔面から突っ込んだ。

し、真威の扱いについてだけは褒められた理由が分かった気がする…てんで制御できないレベルの代物があっさり作れてるんだもんなぁ…

仰向けにひっくり返っている僕に向かって周囲からトゲトゲが飛び掛るように群がってきて…


「う、うわわわわ!!!」


慌てて剣を振ったら、自分でも見えないくらいの速さで振りぬいてしまった。

う、腕が軽い…出鱈目に振っても全部斬れそうだ。


転がるようにして起き上がった僕は、とりあえずまるでついていってない速度感に慣れる為に加減しながら剣を振る事にした。










「と、とりあえず…トゲの惑意は大体どうにかなった…」


雑魚と言われるだけあって、大して特別な事はしてこない。

体当たりみたいに触れられると痛くて意識がぶれるような感じはあるのは知ってるけど、逆に言うとあたらなきゃなんでもない。

きっとテレビとか病院のウイルスのイメージが元だからだ。解説で使われるときは患部に移動して直接悪さをするって説明に使われる絵だから、体当たりになるんだろう。

大体どうにかなった。けど…


「結構消したのに…惑意が強いままだ。」


僕は惑意を感じて向かってきた一軒の家を見る。

中から、それなりに強い惑意を感じる。それは、ここに来る前に感じた強さとあまり変わらない。

思い出すのは、練想空間に始めてきた日。

あの日、白兎さんは影みたいなものを相手にしていた。

その辺のトゲ惑意が皆のイメージからなる何処にでもある雑多な惑意なら…

この強い惑意は、誰かの強い惑意…なのかもしれない。


消耗は…大きい。

白兎さんの場合、特に効果のない武器を展開しているから、壊れたりしない限りずっと消費する訳じゃないみたいな話だったけれど、僕の方は効果がかかりっぱなしだ。

それでなくても、あんな身体をぼろぼろになるまで酷使するような訓練を子供の頃から積んで来た訳じゃない。つまり、大きな消耗に耐えるような真威もない。

引く方がきっと安全だ。


だけど…



『あの時ああしとけばとか、後から後から浮かんでくるだろうな。』



父さんから言われた言葉を思い出して、そして想像する。

もし明日、この家で誰かが自殺したとか、殺人犯になったとか、そんなニュースが流れたら…


僕はここで引いた事を絶対後悔する。


窓を斬り壊して家に入る。

練想空間は意思の力で構成される世界と言うだけあって、別にここで物を壊したりしても、現実の皆がそれが壊れてると認識してない限り、少しの間をおくと直っていく。

だから気にせず部屋に踏み込んだ。



部屋には女の人が眠っていて、その傍らに青い影と…


「お前は遊びだったんだよバーカ!本気にしてんじゃねーよ!!」


赤い光を纏った男性の人影があった。

男性の影が罵声を発する度に、耳をふさぐ女性のように見える青い影がゆれて青い光を散らす。


惑意は真威や意識を侵食する。それが強いと…形になるのか。


彼女はきっとこの男性に振られたのだろう。

僕はこういう話は良く分からないけど、男の人の姿がしっかりしているって事は、しっかり彼の姿を覚えているって事になる。

そんな頭から離れない人に振られたんじゃ、苦しんで当たり前だ。



人の痛みが感じられるように…って言葉があるけれど、ここにあるのはむき出しになったその塊。



感じるまでもない程一目瞭然な、心の傷に苦しめられている影。

それを見て、僕は自然と青い影と赤い光を纏った男性の間に割り入っていた。


「あん?」


僕を見ていぶかしむ男性の影…彼女の惑意と対峙する。


「近所の事件位…止められるものなら止めたいからね。」


白兎さんが言ってた何気ない台詞をなぞる様に呟いて、目の前の惑意を見る。

自分の気持ちに…宝物のようにしてきた気持ちに食い殺されそうになっている。


そんな悲しい話…冗談じゃない。

必ずここで断ち切る!


人型だったから剣を振るのに少し躊躇いはあったけれど、それだけ。

迷うほどじゃなく、僕はシデンノタチを振りぬいた。

何の抵抗も無く通り過ぎ…



バックステップでかわされているのが見えた。



は?その辺の男性なんじゃないの?



「っらぁ!」

「ぅ、うわあっ!!」



考えたのも一瞬、踏み込んできた男性は僕目掛けて乱暴に蹴りを放ってきた。

別に格闘技が出来るって訳でもなさそうなのに、咄嗟に蹴りを柄で受けた僕はそのまま吹き飛ばされ窓から家の外まで叩き出された。


惑意の強さがそのまま彼の戦力になってるのか。


思えば人間ってだけなら一応僕も白兎さんもそうだ。練想空間じゃ、見かけは参考にしかならないんだろう。

でも、ウイルスが変わった事をしてこなかった以上、彼がもたれてるイメージで動くはず。

だから格闘技としては綺麗と思えない乱雑な蹴りだったんだ。彼女が格闘技を知らないか、彼女から見た彼に格闘技を出来るって情報がないから。


「邪魔すんじゃねぇよマセガキっ!!」


口汚いそのままの通り、乱雑に手足をふるってくる男性の影。

現実で動くのと違って速いのは速い。けれど…白兎さんのように綺麗じゃないからどうにか僕でもついていけた。


「この…ちょこまかとっ!」


僕は振るわれる手足をかわしながら、機会を待つ。

僕が出来るようになった事は少ない。当たり前だ、まだ一月だって経ってないんだから。


けれど、そんな状態でもできるようになった事はある。


僕はストレート気味に向かってきた拳を、剣の刃で防いだ。

衝突の瞬間に打ち負けて弾き飛ばされたりしないように堪える。


「う…ぐっ…」


刃に拳が当たった男性の影は、赤い光を散らす右拳を押さえて下がる。

今だ。




「はあああぁぁぁぁっ!!!」




もう一つ。

今さっき出来る事を確認して壁に追突したばかりの、シデンノタチの加護を受けたまま全力で地を蹴る事による突進。

男性にぶつかるようにしてそのまま突っ込んだ僕は、再び窓から飛び込んで女性の部屋の棚に激突した。


棚に押し込まれるように突っ込んだ男性の影、その胸元から剣を引き抜いて数歩後退した僕は、胸元に空いた穴から赤い光を漏らす男性の影を見る。


「や…った?」


剣を消して、僕はへたり込んだ。

って言うか、もう維持できる程余裕が無かった。

そのまま見上げるようにして男性の影を見て…



彼は、踵落としでもするかのように、大きく足を振り上げていた。



や…ばっ!!


「私達もそうだが、普通の致命傷がそのまま通るわけじゃない。最低限形を保てないようにしておかなければ危険だ。」


対処とか、何もかも忘れて目を閉じた僕が聞いたのは、よく知った声だった。

呆然と目を開くと、細切れになって赤い光に変わっていく男性の影と、その前剣を鞘に収める…


「白兎さん…」

「やれ、と言っておいてなんだが、いきなり無茶をするな。全く…」


睨むようにして僕を見る白兎さんの姿があった。

…やっちゃった。やっぱり足手纏いだったか。


「あの…白兎さんは大丈夫?」

「その有様で人の心配をしている場合かお前は!消えたら最悪目覚めないと言ってるだろう!」


わざと反対側に来ていた僕のところまで全力で駆けてきたなら、それはそれで消耗があるんじゃないかと思ったんだけれど、立ち上がった僕の胸倉を掴んだ白兎さんは、僕の目を見て怒鳴る。

…確かに、その有様と言われても仕方ないかもしれない。さすがにもう剣を作れる気はしなかった。



「はやや…変わらずピリピリしてますねぇ稔さん。」



唐突に聞こえてきた女の子の声。それと共に、少し楽になった。

目の前の白兎さんの身体と僕の身体に青い光が吸い込まれるように見えたけど…今のは…


「クシナダ姫…」

「はいっ、お久しぶりです。」


クシナダ姫と呼ばれた着物の女の子は、僕達を見てにっこりと微笑んだ。










強い惑意を消したら、責め立てられていた青い影も吸い込まれるようにベッドで眠る女性の中に入っていって、顔をしかめて眠っていた女性の表情は穏やかなものになった。

僕達はそれを確認した後その場を離れ、惑意がこなさそうな場所を探して適当に座る。


白兎さんにクシナダ姫と呼ばれた女の子。

でも、こんな所に普通の女の子がいる訳がないし、姫なんて仰々しい呼び方を白兎さんがするくらいだから、きっと神様とかなんだろう。

あんまり詳しくないけど、座敷童とかなのかな?


「あの…」


よく分からない。

おそらく神様とかなのにそれを目の前で言い切るのは失礼と思って、言葉を濁しながら白兎さんの顔をうかがう。

白兎さんは、クシナダ姫を見ながら苦い顔をした。


「スサノオノミコト…スサノオ様の妻だ。」

「へぇ…そっか、スサノオ様の妻…つ…ま?」


繰り返して、僕は硬直する。


スサノオ様の姿を思い返す。

2メートルぐらいありそうな筋骨隆々の大男。

目の前にいるクシナダ姫を見る。

僕と白兎さんは中学でも平均くらいだろうそんなに高くない。そんな僕達より目に見えて小さいクシナダ姫。


「…何でも、初対面で可愛いからヤマタノオロチを倒したら嫁に寄こせとスサノオ様から言ったらしい。」

「そっか…可愛いから…はは…」


スサノオ様に会う前に、白兎さんがあまり期待しない方がいいと言った原因の一端だろう。

会うなりノリで襲い掛かってきた事と言い、色々と凄まじい神様だなぁ…


「しかし、神様はあまり無作為な助力は禁止されているのでは?」

「はい。だからちょっとだけです。真さんともお会いしてみたかったですし。」


言いながら僕を見て微笑みかけるクシナダ姫。

そうした後、厳しい表情をしている白兎さんに視線を移した。


「初めから一緒にいればよかったじゃないですか。」

「それは…姫野はまだ剣も並で真威も余力がなくすぐこの有様ですから。」

「ごめん。」


神様相手に物言いも出来ないのか、何処か殊勝な白兎さん。

この有様と言われ全く否定の出来ない僕は、白兎さんに殊勝な態度を取らせている状況に悪い気がして改めて謝った。

その上で白兎さんを見ると、少し困ったように顔をしかめていた。

白兎さんは悪くないと思って謝ったのに、それで困らせてるのは不本意と言うか…


と、いつの間にか立ち上がっていたクシナダ姫が、僕の頭をそっと撫でた。


「撫ぜ撫ぜ…」

「あ、あの?」


困惑する僕を前に伸ばしていた手を下ろしたクシナダ姫は、僕達を見て微笑む。


「神様が、何でルール通りにあんまり人の力にならずにいても平気か…分かりますか?」


人の力にならなくても平気な理由が分かるか?

普通人助けなんて割を食う事を進んでやりたい訳がないから妙な質問だと一瞬思って、少し考えてぜんぜん妙じゃない事に気がついた。

ルール通り我慢して、泣いてる人を苦しんでる人を…最悪それで狂って死んでしまう人まで、ルール通りに放っておく。

ろくでもない人ならともかく、普通見ていられないだろう。

まして、力があるのにルールで使えないなんて辛い筈だ。



「それはですね…人の事なんてどうでもいいからなのです!」



胸を張って自慢げに放たれたクシナダ姫の言葉は、その容姿と笑顔からはあまりにもかけ離れたものだった。

僕どころか、白兎さんまで呆然としている。


「…って言い方をすると誤解が出そうなんですけどね。稔さんは、どこまで悲しいですか?」

「どこまで…とは?」

「地球の反対側とか、日本の中とか、それとも…お隣とか。傷ついてるのを見て、知って、何処まで悲しいですか?」


問われた白兎さんは、答えに困っているようだった。

そりゃ僕も聞かれたら困るかもしれない。

他人事って言えば、今日だって他人事だったのは間違いないけど、放っておくのが嫌だと思ったから戦ったんだ。

だからと言って、国中駆け回るかと言われたら…そこまでするとも思えない。


「私達神様はこうして練想空間という遠くに置かれ、願い事位でしか触れ合えないから、ルール通りにしていても我慢できるんです。そうでなきゃスサノオ様何てお母様に会うのに天変地異まで起こしてるんですから、人の不幸なんて見てみぬフリできる訳ないですよ。」


言いつつ僕を見ているクシナダ姫は、改めて頭に手を伸ばしてきた。


「撫ぜ撫ぜ…」

「あの…」

「稔さんが一人で街中で苦しんでいる人達の力になる為に走り回ってる。…見てみぬフリ、出来なかったんですよね。」

「ぁ…」


頭を撫でるクシナダ姫の手は、なんだかとても大事にされているようで心地いい。

言葉に詰まる僕の頭を撫でながら、クシナダ姫は白兎さんを見る。


「稔さんも、真さんを怒る位心配するなら、真さんの真威もちょっとだけ大事にしてあげてください。ねっ?」


聖母のような優しい声で告げるクシナダ姫の言葉を聞いて、白兎さんは力を抜くように肩を落とした。


「死んだらそれまで何ですけどね。」

「はやや…それはそうですけど…」


ぐうの音も出ない一言をあっさり放つ白兎さん。

それは僕も分かってたから反省してた訳で…励ましてたクシナダ姫もどうしたものかと僕と白兎さんを見比べるようにしてうろたえている。


「まぁ…放っておく位なら一緒に動いた方がマシだって言うのは分かりました。姫野もそれでいいな?」

「あ、う、うん。ありがとう白兎さん!」

「子供みたいに目を輝かせるな…つくづく調子が狂う。」


なんだかクシナダ姫にたしなめて貰った上、乗っかる形で自分の要望通したみたいでちょっとバツが悪かったけれど、白兎さんが認めてくれて一緒に動けるなら引っ込むよりがんばった方がいい。


「よし!それじゃ次は」

「今日は引け馬鹿。消えかけた上回復して貰った身なのをもう忘れたか。」

「…はい。」


気合を入れて立ち上がって早々、白兎さんにばっさりと意気を絶たれた僕は、座り直して反省するように俯いて返事を返すしか出来なかった。


「はやや…稔さんは怖いですけど頑張って下さいね。」


労わる様に背中を撫でてくれるクシナダ姫の言葉を最後に、僕は練想空間を離れてそのまま眠りについた。













「けど凄いねクシナダ姫。結構疲れるまで剣を使ったのに普段より調子いいや。」


翌朝、顔を出してくれていた白兎さんに意気揚々と体調を話す。

消耗しきるまで色々やってると普段は朝少しだるく感じるんだけど、戦って普段より疲れたのに今朝は調子が良かった。

しかも、これでも神様の決まりでちょっと力を貸してくれただけらしい。さすが神様。


「しかしお前…練想空間からの離脱を忘れたのはパニックのせいだろうが、そんな危険な状態になるまで他人の為に身を削るなんて、人がいいにも程があるぞ。」

「それを言うなら白兎さんだって連日惑意を消して回ってるんでしょ?」

「私は自分の修行を兼ねているから人助けはついでだ。第一消えかけまでなんて無茶は余程強い惑意相手じゃなきゃしないしな。」


怒らない事に決めたからか、白兎さんの口調は責める様なものではなく、それでも呆れ混じりのものだった。

ちょっとした僕の口答えも、余裕があるからやっていると言われてしまえばぐうの音も出ない。


「やれと言ったのは私なんだが、何故いきなり無茶したんだ?」


一応確認しなきゃならない話なのか、白兎さんが問いを投げかけてくる。

僕はそれに簡単に、昨日父さん達と話した事、思った事を説明した。


「…なるほどな。確かに連日ニュースで事件や死人の話が流れる有様だ。それに惑意が絡んでいて、止められる…逆に、放っておけば死人を見るとなれば、さすがに無理もしたくなる…か。」

「白兎さんだって平気なわけないよね?やっぱり。」


僕が無茶した訳に納得してくれたみたいな反応をしてくれた白兎さんから、同じ気持ちは大なり小なりある筈だ。

そう思ったけれど、白兎さんは少し考えるようなそぶりを見せた。


「やりもせずに諦めてたまるか。そう思って練想空間まで辿り着いたわけだが…さすがにどんな夢想家も世界全ての死者をゼロにする、とまでは考えないだろう?昨夜のクシナダ姫の話じゃないが、出来うる限り回った上で起きる他の事はお前ほど重く見てはいなかったな。」

「そっか…」


淡白と言えば淡白な白兎さんの言葉に少し悲しくもなったけれど、僕だってこの町どころか一人分の惑意と死闘になって帰された位なのに、全部どうにかしたいなんて馬鹿な話なんだろう。


『地球の反対側とか、日本の中とか、それとも…お隣とか。』


白兎さんが受けたクシナダ姫からの問いかけ。僕もそれを考えてはみた。

何処まで…と言うなら、世界の何処で起こった話でも死者だの殺人だのなんて、聞いてて悲しいのは悲しい。

けど、それ全部をどうにかすると言うならそれこそ神様の所業で、当の神様達には人間を操作するような事にならないようにと、ルールがあって片っ端から惑意を消し去るなんて真似はしない事になっている。


「無茶してお前が消えてしまえば、その後はこの近辺は再び私一人で対処する事になる。被害を減らしたいと考えるなら、確実に戦力を維持すると考えて納得しておけ。」


挙句にかえって被害が広がるとまで言われてしまったら、もうどうも言えない。

結局どうしたって、昨日さっさと帰されたばかりの僕がどうこうしようなんて無茶なんだろう。


『私達神様はこうして練想空間という遠くに置かれ、願い事位でしか触れ合えないから、ルール通りにしていても我慢できるんです。』


クシナダ姫の言葉を思い出しながら、僕は自分を省みる。

近い人、遠い人…か。


昨日の知らない女の人だって、僕にとっては遠い人。

関係のない赤の他人に間違いはないのに…


「僕が贅沢だから、弱いから、遠い人…関係のない人の事でも滅茶苦茶するのかな…」


言ってしまって、こんな事を言ってるから軟弱なんだなと自分で思う。

白兎さんを何度も巻き込まないようにもう少し割り切…


「お前は素直なだけだ。」


白兎さんは僕の弱音に責めるでも頷くでもなく、まるで僕を励ますようにそう言った。


「馬鹿正直とも言えるが悪い訳がない。見ず知らずの人の為に身体を張ろうと思う気持ちが悪くてたまるか。それが悪いものでない前提で、考えろと言ってるだけだ。」

「…ありがと。」


あくまでも僕を労わってくれる白兎さんにお礼を言いながらその顔を見た所でふと思う。

僕ほどは、遠い人に対して思う所が少ないと言う白兎さん。

それが本当なのかはともかく、少なくとも惑意の話やつられて起きる事件の話を解説のようにしても動揺しないくらいの冷静さを持っているのは間違いない。


でも…


「なんだ、人の顔をじっと見て。」

「白兎さん…僕が危ない時に駆けつけて、ものすっごく怒ってくれたよね?」


胸倉を掴んで怒るなんて昨今先生だってありえないし、父さんも母さんもそんな事はした事ない。

守雄がいつか言ってたように、その辺の人より厳しいから怒ったときに暴力っぽい行動が混ざるって見方も出来るかもしれないけれど…


「怒ってくれたって何だそれは、変な趣味でもあるのか。」


白兎さんが変なものを見るように目を細めて呟いた言葉に対して、僕は首を横に振って続ける。




「もしかしなくても僕、白兎さんに大事にされる程度には近い人になれてる?」




僕が思ったのは、テレビでの事件は仕方ないと聞き流せる白兎さんが僕に何かあったなら嫌だと怒らずにはいられない程度に、僕が白兎さんにとって近い人になれているんじゃないかって事だ。

そりゃあ勿論未熟でへっぽこな魔法剣士見習いの有様なのは間違いないけれど、そんなでもここしばらくの地獄の鍛錬に必死について回っていたのが少しは認められてたのかなって思うと嬉しい。

何しろ、現職の寺や神社の人ですら見かけない練想空間に修行だけで行った白兎さんに、消えて欲しくない人と思われる程度には認められているんだ。凄いことなんじゃないかと思う。


「別に…そんなんじゃないっ…ただ、あれだけ色々面倒見てると勿体無いと思うだけで…」

「やっぱり勿体無い、位は思って貰えてるんだね。白兎さんにそう思われてれば十分自信になるよ。」


焦った様子で言葉を並べる白兎さん。

何で焦ってるのかはよく分からないけれど、勿体無いと思って貰えると言うのは凄く自信になる。

…っと、有頂天になるのは良くない良くない。仮に勿体無いとは思って貰えてても、それは『いずれ成長する見込みがある』だけで、今僕が役に立ってる訳じゃないんだから。


「本当に単純馬鹿め…口説き文句のような台詞をぽんぽんと…」

「え?」

「なんでもないっ!全く…」


理由も分からないまま白兎さんが怒っている事だけ分かった僕は、戸惑いつつそれ以上何を言っていいか分からなくなる。


「いよう御両人!相変わらずお熱いねぇ、ヒューヒュー。」


どうしていいか分からなくなった時、丁度聞き知った声が背後から聞こえてくる。

丁度いいとも思ったけど、それよりも内容に呆れるほうが先だった。


「守雄…ヒューヒューって口で言うのはどうなの?」

「そこに突っ込むなよ、口笛吹いてもうるさいだろ。」

「十分変にうるさいよっ!」


そう言うのと一緒にされたくないって言ってるのに、わざわざ狙ってやってくる辺りは嫌がらせなんじゃないかと思ってくる。

背後から並んできた守雄を少し睨むように見ると、予想外の所から声が割って入った。


「気にするな、大方自分に恋人が出来ないのにお前が女子と歩いてる状況に僻んでるんだろう。」

「うごはぁっ!!」


僕を挟むように反対側にいた白兎さんからの静かな一言を聞いた守雄が、大げさに声を上げて胸を抑えて近くの電柱に体当たりのように突っ込んだ。

まぁ、うん。嫌がらせじゃないのは分かってた。僕をからかうつもりの人は魔法剣の話題を笑いながら出すから。守雄はそれは絶対しない。

でもまさか、白兎さんからツッコミを受けて守雄が図星を差されるとは思っても見なかったけど。


「ふ、ふふ…白兎稔…氷の剣士とか動く殺戮兵器とか噂される割にずいぶんと御茶目なツッコミをしてくれたものだな。」


よろけながら僕達に並んだ守雄は、白兎さんに話を振る。

けれど、僕はちょっと聞きたくない事を思い出した。


『昔幼馴染を病院送りにしたって話だぜ?』


守雄が僕に伝えた噂話。

具体的な話を知らずに喋って来た守雄を僕は怒ったんだけど、具体的になってるって事は、わざわざ調べたのかな?

なんにしても、触れられたくない話をわざわざ振ってるなら…

変な方向に話が行く前に守雄をたしなめようと思ったんだけど、当の噂の本人である白兎さんのほうが、肩をすくめていた。怒ってると言うよりは呆れている様子だ。

噂話とか、そう言うのをする同級生とかの気持ち分からないんだろうな、望みの為に自分の精進に努めてる白兎さんからしてみれば。


「やれやれ、面白い噂になっているな。姫野の為に調べたのか?」

「ちょっと聞いただけだ。喋ってみた限りどれだけいい加減なのか、って自分の周りを疑いたくなってるけどな。こいつの見る目の方がよっぽどまともだぜ。」


白兎さんは怒るという事もなく小さく笑みを浮かべていて、守雄は僕の頭を乱雑に抑えながら普通に言葉を返す。白兎さんに変な印象はないらしかった。


「事件は事実だ、私が怖がられるのはしょうがないさ。だが、穂波には直接聞いてないだろうな?」


唐突に知らない名前が上がるのと同時に、白兎さんから威圧感を感じる。

練想空間で剣を持ってるときみたいだ。やっぱり厳しいときには厳しいんだな。


「き、聞いてねぇよ。ひ、一睨みでいきなり怖ぇな…」


守雄が口ごもって一歩離れる。そこまで怖いかな?

変に怖がりすぎる理由を一つ思いついた僕は、守雄を見て確認しておく事にする。


「まさか、図星で怖がってるとかじゃないよね?」

「ば、馬鹿野郎!絶対違う!ってか何でお前は平気なんだよっ!」

「白兎さん修行中はいつもこんな感じだし。」


白兎さんに疑われるのがそれほど怖いのか、もの凄く慌てる守雄。

僕としてはいつも見てる通りだからそんなに怖い印象ないんだけどなぁ…

とりあえず必死な様子を見てる限りこれ以上変に守雄に突っ込むのが悪い気がした僕は、話を変える事にした。


「穂波…さんって、白兎さんの幼馴染?」

「ぃ!?」


幼馴染の話は気になっていて、白兎さんも守雄に噂話の事を振られても呆れる程度でそんなにショックな話じゃないなら知りたいなー…と思っただけなんだけど、守雄が声にならない声を出して僕を見てきた。

わざわざ白兎さんについて調べて話を振った守雄にそんな反応される程変な事は僕はしてないと思うけど…さっきの一睨みが相当怖かったのか。

考えてた通り、特に怒ったり躊躇ったりする事なく、白兎さんは持田さんについて話し始めてくれる。


「それを私が名乗る資格はないと思うがな。持田穂波…噂通りの幼馴染だ、向こうのトラウマになっているだろうから会いに行くとか話すとか考えるなよ。私と関連ある奴が行って思い出させたくはないからな。」


持田穂波さん…白兎さんが怪我をさせたって話が出てる幼馴染。

白兎さんがそこまで怒るような事をして決別したんだと思ってたけど、白兎さんの言葉は持田さんを気遣うもので、少し意外だった。


「白兎さんにとっては近い人なんだね、今でも。」

「そう…かもな。」


近い人。

無関係でない、気にかける自分にとって関わりの、思いのある人。

一人だったと言って、練想空間で戦うにも切り上げる事を選択肢に入れる冷静さもある白兎さんにとってそんな人がちゃんといるのが、なんだかよかったなって思った。


一人じゃない、近い人…か。


昨夜の話とかを思い出しながら、僕は傍の守雄を見る。

今の僕にとって、家族と白兎さん以外でそう呼べる唯一の近い人。


「持田かぁ…明るい話がなかったが、可愛いしアリかな?なぁ白兎、紹介」

「お前は話を聞いていたのか?」

「スミマセン、ゴメンナサイ、ユルシテクダサイ。」

「あはは…」


話に上がった持田さんの顔くらいは知っているらしい守雄が、さっきの忠告をまるっきり無視した話を白兎さんに振って睨まれて平謝りしだす。


事件や喧嘩があったとかじゃないけど…これはこれでなんだかなぁ…


いきなり身体能力が大きく変わって、全力が予想外って経験は…普通は老化とか怠惰がたたって久々にスポーツやったときの『弱体化』なんだろうなぁ…切ない。

とは言え、作者も壁に激突したくはないですが(苦笑)

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