004
(前回までのあらすじ)
紆余曲折ありながらも、同じ小隊としての生活をスタートしたアレックス、モニカ、ナギの3人。
しかしその裏で、彼らと同じ兵士4人が犠牲となる、凄惨な強盗殺人事件が起こっていた――。
(登場人物紹介)
・アレックス
主人公。小麦色の髪をした青年。月で生まれ育った。
真面目な性格で、誰にでも敬語で話す。
民間軍事会社レトリーバーズの新米兵士。
幼い頃に地球で消息を絶った父の足跡を追っている。
・モニカ
アレックスとナギが所属する小隊の隊長を務める兵士。
緩いウェーブのかかった長い赤毛の女性。天真爛漫で自由奔放。
趣味でラジオ番組【ひげラジオ】をやっており、”DJパンダ”を自称している。
・ナギ
モニカの部下で、アレックスの先輩にあたる兵士。
黒髪ボブカットの小柄な女性。冷静沈着で現実主義。
あと1千万貯まったら仕事を辞めて月に移住する予定。
【レトリーバーズ】第9前線基地。
朝のトレーニングを終えたアレックスは、タオルで汗を拭きながら、リビングへと向かう廊下を歩いていた。モニカとナギが起きてくる前に、朝食の準備をするためだ。
リビングのドアが見えてきた時、ふと彼の足が止まった。
ドアが――開いている。
この基地でドアの開けっ放しはご法度だ。空調にかかる電気代節約のため、ナギの指導により戸締りは徹底されている。あのモニカですらちゃんと閉めるのだ。
だから、これは妙だ。
静かに入口に近付き、中の様子を探る。電気は点いておらず、窓から入る外光で仄暗い。
奥から物音がする。誰かがいるようだが、入口からは見えない――ということは、カウンターの奥のキッチンか。
アレックスは念のため拳銃を構え、リビングに入り、静かにドアを閉めた。
そのまま警戒しつつ進み、キッチンの手前のカウンターまで辿り着いた時、驚くべきものを見た。
スキンヘッドの大柄な男が、冷蔵庫を漁っている。侵入者だ。
「そこのお前! 動くな!」
アレックスの警告に、男がピタリと動きを止める。
「…お主、誰じゃ?」
ややしわがれた、老年の声だった。
「こっちの台詞だ! 両手を上げて、ゆっくりとこちらを向け!」
「まぁ落ち着け。怪しいモンじゃねぇよ。儂は――」
突如、男がアレックスに向かって何かを投げた。
咄嗟に顔をカバーした右腕に当たって砕けたのは――卵だ。
その隙を突いて、男がカウンターを飛び越えながらアレックスに蹴りを入れる。
「ぐっ!」
よろめきながらもなんとか体勢を立て直したアレックスが再び男に拳銃を向ける。しかし、男は彼の腕を掴んで懐に潜り込み、彼を背負い投げた。
床に叩きつけられたアレックスは一瞬で腕を捻り上げられ、奪われた拳銃を頭に押し付けられた。
「――こういうモンじゃ。鍛錬が足りんのう、若造!」
(…強い…!)
身動き一つ取れない。凄まじい力で抑え込まれている。この男、只者ではない。
「ちょっとぉ、なんの騒ぎ~…」
「朝っぱらから喧しいわね…」
そんな時、騒ぎの物音で起きたらしいモニカとナギがリビングに入って来た。
「皆さん戻って! 侵入者です! 銃を持ってます!」
アレックスが慌てて警告したが、時すでに遅し。男の鋭い視線と、彼女達の眠たげな視線が一直線に重なった。
「…あれ、お師匠?」
「何してるのよ、あなた達…」
「おう! 帰ったぞ!」
「…え? お知り合い?」
飛び散った卵を片付け、人数分のトーストと飲み物が揃ったところで、4人はやっとソファに腰を下ろした。
「紹介するね。この人はシルバー・ビアード。この小隊の指揮官」
「…指揮官!?!?」
あまりの衝撃に思わず仰け反るアレックス。
モニカの紹介を受けた男――シルバーは、よほど腹が減っていたのか、トーストを物凄い勢いで食べている。
ごつごつとした大きな手、浅黒い肌、幾筋もの皺が刻まれた精悍な顔立ちと、その半分を埋め尽くすような白銀の髭――まさに老兵という言葉が良く似合う男だ。
(指揮官→直属の上司→を不審者扱い&銃で威嚇→→→懲戒処分…最悪、クビ…!)
廻り廻った思考の末、アレックスが取った行動は――
「大っっっ変、申し訳ございませんでした…!」
誠心誠意の土下座だった。
その様子に思わず吹き出したシルバーが大きな笑い声を上げる。
「がっはっは! 気にするな! これからよろしくのォ、アレックス!」
「いいえ気にするわ。卵は後で弁償してもらいますから」
ナギがお茶を飲みながら隙の無い視線をシルバーに向ける。気圧されたシルバーが首を竦めた。
「しかしアレックス、お主カンが良いのか? リビングに入る前から、儂に気付いておったろ」
「あ、いえ! ドアが開きっ放しだったので、おかしいなと」
「何ですって?」
話題を変えようとして墓穴を掘ってしまったようだ。ナギの視線がさらに鋭さを増す。シルバーはもうたじたじだ。
「…それで、また何で急にこっちに来たわけ?」
トーストを平らげたモニカの質問に、助け舟を得たとばかりにシルバーが縋り付く。
「おお、そうじゃそうじゃ! お主ら、食ったらすぐに準備せい! 0900に儂らは第3基地へ向けて出発する!」
「え! あと30分しかない!?」
「何でもっと早く言わないのよ!?」
「また急だね~」
慌てるアレックスとナギを傍目に、マイペースなモニカがのんびりと呟いた。
「本部からの特別任務?」
「そうじゃ」
シルバーが運転する装甲車に乗って、アレックス達は第4基地へと向かっていた。
3人の手には、シルバーから配られた資料が握られている。表紙には赤い字で大きく【極秘】と判が押されている。
「お主らも耳にしていると思うが、先日、輸送中だった物資が何者かに奪われた。…輸送任務に当たっていた4人の兵士達の命と共にな。惨いもんじゃ」
シルバーが青筋を立ててハンドルを握り締める。
(【レトリーバーズ】を襲って来るのは、ドロイドだけじゃない…)
仲間の死という事実を前にして、先日のナギの言葉がより一層重みを増してアレックスの心に圧しかかる。
「盗られたのは金や銀に宝石類…時価は数千万、闇市場ならその倍かしら? もし犯人が金目当てなら、きっとまた襲って来るわね」
資料に隈なく目を通し、冷静に分析するナギ。
「ああ。こちらも犯人を追う手掛かりが掴めておらん以上、次に襲って来た時が捕まえるチャンスじゃ。本部の見立てでは、相手は恐らく複数犯。1小隊を相手しつつ、盗んだ物資と共に車1台で逃げられる人数となれば、腕の立つ5~6人程度じゃろう。そこで本部は輸送体制を強化すべく、各基地から選抜した3小隊による”特別護衛部隊”を結成。さっそく明日の輸送に向けて、各小隊へ第3基地への参集命令を下したってわけじゃ」
「なるほどね」
手元の資料に記載されている内容も、シルバーが話した通りだ。
確かに、護衛に3小隊もつければ、その程度の人数を相手するのは十分に可能だろう。
しかし、1つだけアレックスには気になる点があった。
「あの、質問なんですけど、どうして僕達なんですか?」
「そりゃあ当然、あたし達が超優秀なチームだからに決まってるじゃない!」
「いや、お主らがスパイである可能性が無いからじゃ」
モニカの得意げな返事をあっさり否定するシルバー。
「…スパイ?」
ばつが悪そうに引き攣った笑顔でモニカが聞き返す。
「そうじゃ。今回の犯行、事前にブツ・ルート・タイミングの全てを把握した上で行われたとしか思えん。となれば、機密情報を敵に漏らした者――つまりスパイが、【レトリーバーズ】内部におる可能性が高い。護衛部隊にスパイが紛れ込んだら無意味じゃろ? スパイがいなさそうな小隊って事で、真っ先にお主らに白羽の矢が立ったんじゃ」
「は…?」
「だってお主ら、ラジオのおかげで有名人じゃん。スパイはあんなに目立たんて」
悲しくなるくらい腑に落ちた。
ある意味では本部から信頼されているという事なのだが、正直アレックス達の心境は複雑である。
しかし、今更降りるつもりはない。内容はどうあれ、殉職した仲間達の為に、自分達にできる事があるというのなら。
「――分かりました! やってやりますよ! ね、皆さん!」
「まぁ、しょうがないわね…その分、報酬は弾んでもらいましょう」
「よーし! やるよ皆! 絶対に犯人を捕まえましょ!」
「「応!!」」
モニカの掛け声に、アレックスとナギは拳を掲げて応じた。
彼らを乗せた車が追い風に乗って加速する。目指す第3基地までもうすぐだ。
〇
同日正午。
アレックス達は、無事に第3基地へと到着。
食堂で昼食を済ませた後、シルバーの先導により、全員で講堂へと向かった。さっそく団結式が開かれるとのことなのだ。
講堂に入ると、他の小隊はすでに到着しており、壇に向かってそれぞれ縦に整列している。どうやら自分達で最後のようだ。
探るような視線を一身に受けながら、他の小隊に倣って、モニカ、ナギ、アレックスの順に整列した。
シルバーを含めた指揮官達も壁際に並んでいる。
「第1基地”ステラ小隊”、第3基地”アロー小隊”、第7基地”ボトル小隊”、そして第9基地”ラジオ小隊”。以上4小隊、全て揃いました」
指揮官の列に身を連ねていたスーツ姿の女性が、別の男性職員から報告を受けた。
小声でいくつか指示を出した後、その女性が壇上へと上がる。
(…あれ? あの女の人、見覚えがあるような…?)
なんとなくそんな気がしたが、アレックスは思い出せなかった。
「皆様、お集りいただきありがとうございます。これより団結式を執り行います。まずは正面のモニターにご注目ください」
そう言うと、女性は壇上から降り、端末を操作する。
すると、壇上の大型モニターにある人物が映し出された。
『ご苦労、諸君。私はこの【民間軍事会社レトリーバーズ】社長を務めるレオナルド・デイビッドだ』
「…デイビッドさん…!」
思わず声に出るアレックス。彼が【レトリーバーズ】に入るきっかけを作った人物だ。その顔を見るのは、母の葬式以来、3年振りである。
『まずは、此度の急な要請に応じてくれたことに心から感謝する。私は本部にて指揮を執らねばならないため、誠に残念だが諸君に会うことが叶わなかった。どうか許して欲しい。
明日の任務については、各指揮官から事前に聞いていることと思うが、改めて私からも直接依頼する。
物資を守り抜け。襲い来る敵は残らず打ち倒せ。相手はすでに同志4名の命を奪っている。相当に危険な任務となるだろうが、諸君ならば必ず遂行してくれると信じている。
それでは、諸君の健闘を祈る。――以上だ、ありがとう』
時間にして1分程度のスピーチだったが、まるで唸り声を上げる猛獣の檻に入れられたかのような恐怖をアレックスは感じた。
デイビッドの重く低い声の、一瞬の揺らぎにまで込められた彼の怒りが、鼓膜を通じて全身を震え上がらせたのだ。
3年前に見たデイビッドとはまるで別人のようだった。
それだけ、今回の事件は【レトリーバーズ】にとって深刻という事だ。
「――それでは、兵士の皆様は次の指示に備えてこの基地内で待機をお願いします。指揮官の皆様はこの後の作戦会議にご出席を――」
団結式が終わってすぐ、ある小隊がアレックス達の元へとやって来た。
「第9基地の”ラジオ小隊”とお見受けする」
「そうだけど。そちらは?」
「俺は第3基地の”アロー小隊”隊長を務めるロバートだ。こちらは隊員のノーマン、ダニー、ミミズク。同じ任務につく者同士、どうかよろしく頼む」
どうやら挨拶回りらしい。短髪でがっしりした体躯の男・ロバートが手を差し出す。
「こちらこそ! あたしは隊長のモニカ、後ろが隊員のナギと、アレックスね。お互い頑張りましょ!」
モニカがロバートと握手したのを皮切りに、各々が握手を交わしていく。
「オレ、毎週欠かさずラジオ聴いてます! ”DJパンダ”さんにお会いできるなんて光栄っす! よければサインを…」
アレックスと同い年くらいの青年兵士が、やや興奮気味にモニカと握手を交わす。
「やめろ、ミミズク。相手は客人だ、迷惑だろう」
「まさか! 喜んでサインするよ~! いつも聴いてくれてありがとね!」
モニカがにこやかにペンを受け取り、手帳にサインする。さらに写真まで撮影する神対応っぷりだ。
その様子に周囲の人間達も何事かと注目し始める。
(…なんか凄い目立ってますね…)
(あんなだから本部に目をつけられるのよ)
「お前、相変わらずだなァ、モニカ」
「あっ、ソーニャ! 久し振り~!」
声をかけながら歩み寄って来たのは、アレックスよりも頭一つ背が高い、そばかす顔の女性兵士だった。
その後ろにも3人の兵士が付き添っている。
「2人とも、紹介するね! あたしの同期の――」
「ソーニャだ。第7基地”ボトル小隊”隊長さ。後ろにいンのが妹のリーリャと、アフロ頭がトーマス、熊みてェなのがベルナドットだ」
「姉御、紹介の仕方が酷すぎます」
ベルナドットが指摘するが、ソーニャは聞く耳を持っていないようだ。確かに雑な紹介だが、特徴は捉えている。
「そこの2人が、ナギとアレックスかい。モニカから聞いてるよ」
「どうも」
「よろしくお願いします!」
「どうだい、この後全員で一杯やらないか? ”アロー小隊”さんも歓迎するぜ」
場を離れようとしていたロバート達にも声をかけるソーニャ。しかし、ロバートは首を横に振った。
「お誘い感謝するが、俺達は明日に向けての準備がある。それは君達も同じだろう。飲酒は控えるべきだ」
「ンだよ、つれねェなァ。スパイかも知れねェあんたらを、こっちは快く誘ってやってンのによ~」
「…なんだと?」
ソーニャのあからさまな挑発に、”アロー小隊”の男性隊員・ダニーが反応した。
身を乗り出そうとするダニーをロバートが咄嗟に手で制止する。
「俺達に疑惑の目を向けるのは構わない。だが、俺達だって仲間を殺されている。無暗に挑発するのは、やめていただきたい」
ロバートは真っ直ぐにソーニャを見据え、落ち着いた大きな声で言い切った。
それはソーニャだけでなく、その場にいる全員に向けた言葉なのだとアレックスはすぐに分かった。
辺りがしんと静まり返る中、ロバートとソーニャが対峙する。
「…ソーニャ」
モニカの咎めるような視線を受け、ソーニャが堪らず舌打ちし、首の後ろを掻いた。
「あー、悪かったよ。今度奢るから、許してくれ」
その謝罪に頷き、ロバート達”アロー小隊”はその場を後にした。
「”ステラ小隊”もいつの間にかいねェし、あたいらも一旦部屋に戻るとするかァ」
「そうね。あたし達も戻ろっか」
ソーニャの提案にモニカが乗り、アレックス達は”ボトル小隊”と共に講堂を出る。
しばらく廊下を並んで歩きながら、アレックスはふと前にいるトーマスに声をかけた。
「あの、何で”ボトル小隊”って名前なんですか?」
「ああ、それね。ウチが結成して間もない頃に、姉御が酒瓶1本で男3人を病院送りにした事があってさ。それ以来そう呼ばれてんのよ」
「ひぇ…」
(…モニカの同期には問題児しかいなさそうね…)
2人の話を横耳に聞いていたナギはそう思った。
「でも、その姉御ですらタイマンで唯一敵わない奴がいるんだぜ」
「え、誰ですか?」
「同じ任務に参加してる、第1基地”ステラ小隊”の隊長――ミカエルさんだよ」
「確か、姉御と同期だよな。最強の兵士って噂だぜ」
「最強…! カッケェ…!」
(…モニカの同期には、間違いなく問題児しかいないわね)
ナギは確信した。
団結式が終わってから数時間が経過し、日が暮れだした夕方。
第3基地内に用意された宿泊用の部屋の中に、筋トレをするアレックス、静かに本を読むナギ、テレビを観るモニカの姿があった。
突如、何の前触れもなく部屋のドアが開く。
「あ~~疲れたわい…」
部屋に入って来たのは疲労困憊のシルバーだ。作戦会議が長引いていたらしい。
どかっとソファに腰を下ろすと、頭を左右に傾けて首を鳴らす。
「モニカすまん、肩揉んでくれ」
「やだ」
「ナギでもええ」
「チップ」
「アレックスでもええ」
「分かりました」
苦笑いしながらアレックスは筋トレを中断し、シルバーの肩を揉む。めちゃくちゃ硬い。
「それで、明日の作戦は?」
「おお、それなんじゃがな…全員、もうちょい近う寄れ」
何故か小声のシルバーに呼ばれ、3人の顔が集まる。
「「「――ええっ!?」」」
☆
21時過ぎ、第3基地、屋上。
たった一人で星空を見上げている男の背後に、一人の人影が歩み寄る。
「昔っから好きだねェ、星空眺めンの」
「…ええ。気持ちが落ち着きますからね。貴方も一緒にいかがです?」
「趣味じゃねェの知ってるだろ。あんたに訊きたい事があって来たンだよ」
「何ですか?」
「今回の件…【ネメシス】が絡んでるって思わねェか?」
…男は答えない。ただじっと、星空を見上げている。
しかしふと、空の1点を指差した。
「…彗星、ですね」
「はァ? 答えになってねェよ…」
結局、男は答えない。
ただ、銀縁の眼鏡の奥にある瞳には、彗星だけが映っていた。
◑
同時刻、某所。
豆電球が1つしか点いていない薄暗い部屋の中で、男達が何やら作業している。
「兄貴、届きやしたぜ。次の輸送計画」
1人の男が、端末を持って肘掛け椅子に座る男の元へ駆け寄る。
兄貴と呼ばれた男は端末を受け取り、届いたメッセージを確認する。
「…成程。護衛に3小隊つけてきたか」
「どうしやすかい、兄貴。アイツも今回は諦めろって…」
「ほざけ。その程度、どうって事はない。こっちには秘密兵器があるからな。明日決行するとボスにも伝えとけ」
「了解」
「――邪魔くせぇ兵隊共が。全員、地獄送りにしてやるよ」
(―続く―)
読んでいただき本当にありがとうございます。
次話は来週月曜に掲載予定です。(盆挟まるから遅れたらすみません!)
これからも何卒よろしくお願いします。




