005
(前回までのあらすじ)
【レトリーバーズ】隊士4名が殉職する強盗殺人事件が発生。
物資を守り犯人を捕獲するべく、本部は各基地から4小隊を選抜し、”特別護送部隊”を設置。
アレックス、モニカ、ナギから成る”ラジオ小隊”はその選抜メンバーとして第3基地に召集された。
(登場人物紹介)
・アレックス
主人公。小麦色の髪をした青年。月で生まれ育った。
真面目な性格で、誰にでも敬語で話す。
民間軍事会社レトリーバーズの新米 兵士として、第9基地”ラジオ小隊”に配属される。
幼い頃に地球で消息を絶った父の足跡を追っている。
・モニカ
緩いウェーブのかかった長い赤毛の女性。天真爛漫で自由奔放。
”ラジオ小隊”の隊長を務める兵士。
趣味でラジオ番組【ひげラジオ】をやっており、”DJパンダ”として人気を集める。
・ナギ
黒髪ボブカットの小柄な女性。冷静沈着で現実主義。
”ラジオ小隊”に所属し、アレックスの先輩にあたる兵士。
年上なのにワガママなモニカに手を焼くこともしばしば。
特別護送任務当日、午前9時。
第3基地のガレージでは、1時間後の出発に向けて、大勢の人々がせわしなく最終準備を進めていた。
パワードスーツを装備したアレックスは、木箱に腰掛けて武器の最終調整を行いながら、昨晩に指揮官シルバーから話された作戦内容を反芻していた。
今回の物資護送任務には、”ステラ小隊”、”アロー小隊”、”ボトル小隊”、そしてアレックスが所属する”ラジオ小隊”の計4小隊が参加している。
その内の1小隊が物資の輸送を、残りの3小隊が護衛を担当し、全く同じ外観の装甲護送車4台に各小隊が乗ることで、傍からはどれが物資を乗せた車か判別できないようにする。
こうして、午前10時に第3基地を出発し、中間地点である哨戒基地を経由して、予定では午後3時までにN国支部基地への到着を目指すことになる。
ここまでは、作戦立案当初から決まっていた。
今回の任務で問題なのは、①同志4名の命を奪った凶悪な強盗犯が再び襲撃してくる可能性があることと、②その強盗犯と通じているスパイが内部に潜んでいる可能性があることだ。
①についてはすでに対策済みと言っていいだろう。なんなら、この任務は強盗犯を誘い出し、捕縛することも視野に入れている。
問題なのは②、つまり情報漏洩のリスクだ。これを最小限に留めなければ、任務の失敗もあり得る。
そこで、昨晩に指揮官らが協議を重ねた結果、任務の要である「輸送担当小隊」を、当日の出発直前に隊長達のくじ引きで決めるという、異例の試みが取られることとなった。
(…モニカさん、引き当てそうだな~…)
昨晩にシルバーからその話を聞いた時は、全員で声を揃えて驚いてしまった。
以降ずっと、アレックスの中ではそんな予感がし続けているのだ。何の根拠も無いのだが。
そうやって黙々と武器の調整を続ける彼の前に、1人の女性が現れる。
「アレックス様、作戦準備中に申し訳ありません。私は社長秘書を務めております、オリヴィア・スコールと申します」
「え? あ、初めまして!」
昨日、団結式の司会を務めていた女性だ。今日も黒のスーツをモデルのようにしっかり着こなし、長い金髪を頭の後ろの髪飾りで固定している。
(…やっぱり、どこかで見た事あるような…?)
団結式の時は思い出せなかったが、やはりどうしても引っかかる。頑張って思い出そうと、アレックスは彼女の端正な顔立ちをまじまじと見つめた。
その様子で勘付いたのか、オリヴィアはくすりと笑うと、こう告げる。
「3年前に、お母様の葬儀に参列いたしました」
「え? あっ、ああ~!」
言われてみれば、そうだ。社長であるデイビッドと共に教会にいたのを思い出して、アレックスはやっと腑に落ちた。
「ふふふ、まさか覚えて頂けてるとは思いませんでした。社長がどうしてもアレックス様と直接お話ししたいそうでして…」
「え、デイビッドさんが?」
オリヴィアから携帯端末を手渡され、アレックスはそれを耳に当てる。
『おはよう、アレックス君。突然の電話で驚かせてしまったかな』
「いえ! お久しぶりです、デイビッドさん」
『ああ、久し振りだ。この度は君を危険な任務に巻き込んでしまって、大変申し訳ない』
「気にしないでください! 僕だって兵士ですから、使命を全うしないと」
『…そうだな。必要なものを、必要とする人のもとへ取り戻す。それが【レトリーバーズ】の使命だ。だが唯一、誰にも取り戻せないものがある。――それは命だ』
どくん、とアレックスの心臓が脈を打つ。
『命だけは、失われてしまえば二度と取り戻すことはできない。だから絶対に失うな。君は特に身体のことがある。くれぐれも、たった独りで無茶はするな。いいな?』
「…分かってます。それに僕はもう、独りじゃありませんから」
アレックスが見上げれば、その視線の先には”ラジオ小隊”のメンバーがいる。
彼を呼ぶように笑顔で手を振る、隊長のモニカ。落ち着いた表情を浮かべる、先輩のナギ。腕を組んで待ち構える、指揮官のシルバー。
皆、この地球で自分を受け入れてくれた、頼りになる大切な仲間達だ。
『…そうか。なら、いい。そろそろ出発だな。直接話せて良かった。十分に気を付けて、行ってこい』
「はい! 行ってきます!」
オリヴィアに礼を言うと、アレックスはデイビッドの声援を胸に、やる気に満ちた表情で仲間達の方へと駆け出していった。
「んで、肝心のくじ引きの結果じゃが」
「エヘヘ、引いちゃった☆」
「あ~やっぱり~」
「冗談じゃ無いわよ、もう…」
さすがはモニカ、やはり引いてきた。運が良いのか、悪いのか。
「安心しろよ。あたい達がしっかり守ってやっからさァ」
「そうですね」
「命に代えても守り抜くと誓おう」
「DJパンダさんには指1本触れさせませんから!」
他の小隊メンバーがわらわらと集まって来て、頼もしい声をかけてくれる。
「ん~! 皆ありがとう~! 愛してる~!」
そんな彼らにモニカが飛びついてまわる。重要任務の前とは思えない程、和気あいあいとした良い雰囲気だ。「愛嬌」というのは立派な武器だなぁと、アレックスはしみじみ思った。
『――皆様、もう間もなくお時間です。出発の準備をお願いいたします』
「それでは、行きましょうか。皆さん」
「お前達、気張って行くぜェ!!」
「行くぞ! 任務開始だ!」
「よーし、おやつまでには帰るわよ!」
各隊長の号令のもと、一斉に上がった鬨の声と、武器を掲げ上げる音がガレージ中に響き渡る。
そして迎えた午前10時。特別護送任務、開始。
第3基地正面ゲートが開け放たれ、4台の護送車が土煙を上げて出発する。
「…どうか、お気をつけて」
彼らの後ろ姿が見えなくなるまで、オリヴィアはただじっと見守り続けた。
◑
第3基地を出発してから1時間が経過。
護送部隊の一行は予定通り、乾燥した平原地帯の1本道を走行していた。
先頭を走るのは”アロー小隊”。その後ろを”ボトル小隊”、”ラジオ小隊”、”ステラ小隊”と続いている。
”アロー小隊”の車内では、助手席に座るミミズクが前方を、後部座席に座る隊長ロバートとダニーが左右を、ゴーグルの望遠機能を用いて遥か先まで抜かりなく警視していた。
この一帯は第3基地の管理区域であり、その第3基地に所属する”アロー小隊”にとっては、庭も同然の場所である。
先頭を任されたからには、どんな些細な異変も見落とさず、真っ先に見つける責務を全うしなければならない。
張り詰める緊張の中、真っ先に異変に気付いたのは、ハンドルを握るノーマンだった。
「…なぁ、この道ってこんなにひび割れしてたか?」
彼の疑問に誰かが答える間も無く、突如として起こった凄まじい地響きと共に、彼らが乗る車は背後から砂煙に飲み込まれた。
『『『うわあああああああああああああ!!』』』
「何だ!? 何が起こった!?」
無線機が音割れするほどの仲間達の悲鳴が車内に響く。尋常ではない事態を察し、”アロー小隊”は車を急停止した。
まだ砂煙が立ち込める中、注意しながら車を下りる。後続車のエンジン音が聞こえない。
風が砂煙を攫っていき、やっとヴェールが脱がされたその光景に、彼らは驚愕した。
まるでクレーターのように、視界一杯に広大なすり鉢状の穴が出現していたのだ。
恐る恐る穴の淵まで近付き、下を覗いて見れば、斜面の中腹あたりに他の護送車がタイヤの高さまで埋まっている。
「全員無事か!? 誰か応答してくれ!」
『…こちら”ボトル小隊”。心配ねェ、全員無事だ』
『こっちもなんとか生きてるよ…うえ、酔った…』
『”ステラ小隊”も全員無事です』
ロバートの問いかけに、各小隊から応答が返る。乗っていたのが装甲車とはいえ、この規模の崩落で無事なのは奇跡だ。ロバートはひとまず胸を撫で下ろした。
「待ってろ、今ロープを下ろす」
”ステラ小隊”の車内では、隊士が再びエンジンの点火を試みていた。
「どうですか、マークさん」
「駄目ですね、隊長。この車は諦めるしかないかと」
マークの提案に、隊長ミカエルは銀縁眼鏡を正しながら思考する。
車を放棄するとなれば、他の小隊の車に乗せてもらうしかない。少なくとも”アロー小隊”の車は無事のようだから、作戦行動に支障はないと判断した。
「分かりました。皆さん、主要な武器を持って脱出しましょう」
彼の指示を受け、マークら隊士達が車の外に出たその時だった。
穴の底の中心から、突如として土くれが間欠泉のように噴出し、その中から巨大な、鋼鉄の鋏のような2本の牙が姿を現した。
その衝撃で斜面の土砂が崩れ、穴の底の様子に気を取られていたマークが足を掬われた。
「うわああああっ!!」
すぐにミカエル達が手を伸ばしたが掴めず、マークはそのまま斜面を滑落する。
彼は見た。穴の底から伸びる2本の牙の、付け根の辺りに大きな穴――いや、口がある。
その口の中に転がり込んだ岩が、大きなシュレッダーのような歯に噛み砕かれた。
「あ、あ、あああああああ!!!」
マークは恐怖に駆られて斜面に爪を立てる。しかし勢いが止まることはなく、そのまま真っ逆さまに口の中へと落ちて――粉々に擦り潰されてしまった。
その残酷な光景を目にしてやっと、その場にいる全員が自らの置かれている状況を理解し、そして戦慄した。
我々は落とされたのだ。この地獄の巨釜に。
「――”蟻地獄”…!!」
かつての大戦において、その巨大な牙と口で何台もの戦車を破壊し、”戦車喰らい”と恐れられた狂気のドロイドが、地獄の奥底から猛々しい唸り声を上げた。
――同時刻、【レトリーバーズ】本部、作戦モニター室。
『社長! 護送部隊が襲撃を…』
「ああ。こちらでも確認した」
第3基地で同じように作戦の状況を見ているオリヴィアの声に、デイビッドは険しい面持ちで応じた。
モニターの衛星画像に映る巨大な穴、そして各隊士達のゴーグルを通した中継映像に映る、あの鋏のような巨大な牙。
間違いない、あれは。
(”蟻地獄”…! なぜここに…!)
”蟻地獄”――その名の通り、アリジゴクを模したドロイドだ。地中から敵地の地下まで潜入し、広範囲に甚大な破壊をもたらすことを目的として開発された。しかし、現在でも活動している機体数はごく僅かとされ、【レトリーバーズ】においても直近5年間の目撃データは無い。
それがどうして、あの場所に、このタイミングで。偶然とは到底思えなかった。
”蟻地獄”の唸り声で大地が震動し、穴の崩落が激化する。
流れ落ちる土砂の波が、護送部隊へと容赦無く襲いかかる。
『早く上がれ! 急がないと奴の餌食になるぞ!』
「ロープ結んだわ!」
『ノーマン! 出せ!』
ナギの報告を受けて、ロバートが即座に指示を出す。唯一無事だった”アロー小隊”の車で、モニカ達の車を牽引する作戦だ。
「アレックス、アクセル全開!!」
「はい!!」
車の中でアレックスがアクセルを踏み抜き、モニカとナギが車を後ろから押す。パワードスーツで強化されているのに、流れ落ちる土砂の重みが勝り、車が動かない。
「…ダメ! あたし達じゃ足りない!」
「あんた達! ”ラジオ小隊”に加勢ッ! 物資優先ッ!」
ソーニャの判断の下すぐさま”ボトル小隊”の4人も加わり、やっと少しづつ車が斜面を登り始めた。
その一方、ミカエル達”ステラ小隊”は未だ、埋もれた車の傍にいた。
バランスを崩して転ばぬよう、屈んで車に掴まり、瓦礫や岩石を貪り続ける”蟻地獄”をじっと見据えている。
「いかがしますか、ミカエル隊長」
隊士の1人、エドウィンがミカエルに指示を仰ぐ。もう1人の隊士ヤングも顔を向ける。
「お二人は”ラジオ小隊”車両の救出に向かってください。奴の相手は私がします」
ミカエルの口調はいつも通り涼し気だが、彼の背中からは鬼神の如き気迫が陽炎のように揺らめいている。
巷では「最強の兵士」と謳われているが、その意味を「一騎当千」と捉えるのは誤解だ。
確かに、腕っぷしは滅法強く、頭の回転も早い。兵器の取り扱いにも長けている。
だがそれは、あくまで「兵士」としての外付けの強さに過ぎない。鎧を脱いだ彼は、平和主義で、マイペースで、趣味は天体観測とかいう男だ。
では彼の強さの本質とは何か? ――それは、「不屈の心」だと彼らは知っている。
彼は絶対に諦めない。誰もが絶望するような状況であっても、彼は常に前を見据え、先陣を切り、仲間を導いてきた。
それはまるで、夜の闇の中で、人々を導く星のように。
今だってそうだ。失った仲間の仇を取るため、そして残された仲間達を守るため、戦車でも敵わないような相手に、たった独りでも突撃する気でいるのだ。
エドウィンとヤングは顔を見合わせた。2人の思いは同じだ。
「何言ってるんですか、隊長。また良いところを持っていくつもりですか」
「俺達にもマークの仇を取らせてくださいよ」
「…皆さん…」
ミカエルは驚いて振り返った。そして決意の光を宿した2人の目を見て、すぐに先の無礼を恥じた。
驚く事など何も無いではないか。彼らは皆、自分の頼りになる仲間なのだから。
銀縁眼鏡を正す。勝算はある。覚悟もある。あと必要なのは準備だけだ。
「…護送部隊各位、こちら”ステラ小隊”。皆さんは脱出に専念してください。”蟻地獄”は、我々の手で必ず倒します。――ではお二人とも、手を貸していただけますか?」
「「了解!!」」
ロバートが見届ける先では、あと30m程の位置まで、モニカ達が押す車が迫って来ていた。
「…! 隊長、あれ!」
そんな中、周辺を警戒していたダニーが何かを見つけ、空の1点を指差した。
「敵機襲来! 9時方向、”黒蜻蜓”2機!!」
その報告に、一同は驚きの声を上げる。
”黒蜻蜓”――見た目は巨大な黒いトンボだが、その中身は戦闘機に近い性能を持つドロイドだ。飛行性能もトンボのそれを忠実に再現しており、飛行時の静音性、速度調整、ホバリング性能が優れている。
そして奴のもう1つの武器は、両の脇腹に装備された機関銃だ。
「全員、伏せろ!!」
ロバートの警告と同時に、”黒蜻蜓”の機関銃が火を噴いた。
ダニーが被弾し、血飛沫が舞う。倒れ込んだ彼を、すぐさまロバートが車の影に引きずり込んだ。
銃弾の雨は穴の中にいる隊士達にも降り注ぐ。
「危ねェ、リーリャ! ぐあっ…!」
妹を庇ったソーニャの背中に数発の弾丸がめり込み、呻き声が漏れた。
「お姉ちゃん…!」
「…大丈夫だ、心配ねェ」
そうは言うものの、いくらスーツの装甲でも、機関銃の衝撃は吸収しきれない。ソーニャの鍛え上げられた肉体だからこそ、骨や内臓が無事だったようなものだ。
銃撃が止み、隊士達の頭上を”黒蜻蜓”が通り過ぎた。
2機はそのまま大穴の上空を旋回し、今度は6時の方向から、彼らの背後へと迫り来る。
今度こそ全員に機銃掃射を浴びせるつもりだ。
「そうはさせるかよ!!」
急いで車からロケットランチャーを運び出してきたミミズクが、照準を”黒蜻蜓”へと合わせる。
射出されたロケットは見事に”黒蜻蜓”1機を撃墜し、その亡骸は穴の底へと転がり落ちて、”蟻地獄”の餌になった。
しかし、もう1機の”黒蜻蜓”がモニカ達のもとへと猛スピードで迫りながら、再び銃撃を開始する。
銃弾の雨が、隊士達が群がる車へと向かって降りかかる。堪らず全員が飛び退いた。
左足を撃ち抜かれるトーマス。
跳弾がナギの頬を切り裂く。
だが突如、その銃撃が止んだ。
「…! いかん!!」
モニターで戦況を見ていたデイビッドが、敵の本当の狙いにいち早く気付いた。
”黒蜻蜓”はそのまま車の上空で急停止し、ゆっくりと降下し始める。
とてつもない風圧で砂が舞い上がり、モニカ達は車に近づくことはおろか、吹き飛ばされないように地面にしがみつくので精一杯だ。
敵の6本の足が車へと伸び、車体に食い込む程の力でがっしりと掴まれ、車窓のガラスが一気に破砕する。
そのまま”黒蜻蜓”が上昇し始め、砂の中からタイヤが宙へ浮き上がった。
「アレックス! 下りて早く!!」
地に伏せていたモニカが運転席に向かって叫ぶ。車はすでに手の届かない高さまで達しようとしている。
アレックスが急いで脱出しようとするが、敵の足が邪魔してドアが開かない。
ミミズクが再びロケットランチャーの照準を向けるが、物資とアレックスが乗る車を握られた以上、迂闊には手が出せない。
いよいよ車は”黒蜻蜓”によって穴の外まで持ち上がり、ロープで繋がる”アロー小隊”の車までもが引きずられ始める。
「まずい! ロープを切れ!」
ダニーを介抱していたロバートがミミズクに命じる。
ミミズクはすぐにナイフでロープを切断するが、何を考えたのかそのままロープを掴んで宙にぶら下がった。彼の突拍子もない行動に、ロバートの目が見開かれる。
「ミミズク!?」
「アイツを助けます!」
言うや否や、ミミズクは器用にロープをよじ登っていく。
”黒蜻蜓”はどんどん高度を上げていき、ついに尾のジェットを噴射して発進した。
上空をぐるりと旋回し、もと来た方向へと頭を向ける。
同時に、”蟻地獄”が一際大きな唸り声を上げ、再び斜面が崩れ出す。
ついに”ボトル小隊”の車も、土砂の波に攫われていった。
「…アレックス…!」
モニカの視界の中で、”黒蜻蜓”の後ろ姿が遠く、小さくなっていく。
『皆さん、とにかくまずは穴から脱出を。もう間もなく”蟻地獄”への攻撃を行いますが、少々手荒です。穴にいては巻き込まれます』
「はァ!? 何するつもりだお前!?」
『ロープ下ろすぞ! 全員急いで上がれ!』
穴の外から、ロバートが再びロープを投げ落とす。
そのロープを伝って、”ボトル小隊”と”ラジオ小隊”が急いで斜面を登り上がっていく。
「――ミカエル隊長! 準備できました!」
「こっちもOKです!」
エドウィンとヤングが大声で報告する。両者とも車の前方に座り込み、ナイフを斜面に突き刺して、流れる土砂に抗っている。
そこへ作業を終えたミカエルも合流して座り込み、全員がその足を車のバンパーにつけた。
50m程の眼下では、”蟻地獄”が大口を開け、彼らが落ちて来るのを今か今かと待っている。
「ロバートさん、避難は――」
『たった今完了した! 残ってるのは君達だけだ!』
「承知しました。それでは3カウントでいきます。――1、2、3!」
ミカエルの合図に合わせて、3人は同時に車を蹴落とした。
穴の底へと向かって、斜面を勢いよく滑り落ちていく――載せていた全ての爆弾を1つの配線で繋ぎ合わせ、即席の大型爆弾と化した、その車が。
「お手製のデザートです。召し上がれ」
”蟻地獄”が車へとかぶりつく瞬間、ミカエルが起爆スイッチを押下。
閃光、轟音、衝撃波。その全てが一瞬にして吹き抜ける。
穴の壁が崩壊し、土砂が激流のように穴の底へと流れ込み、黒煙と土煙が渦を巻く。
やがて、辺りが静寂に包まれる頃には、”蟻地獄”の牙の片方だけが、この巨大な墓穴の底で墓標のように佇んでいた。
◑
【レトリーバーズ】本部、作戦モニター室。
「”ステラ小隊”が”蟻地獄”を撃破! しかし隊士3名の安否不明!」
「ミミズク隊士、アレックス隊士両名、こちらからの呼びかけに応じません。信号も未だロストしており、通信妨害を受けている可能性が――」
「物資を奪った”黒蜻蜓”は衛星で追跡中。メインモニターに現在位置を出します」
続々と報告が上がる中、デイビッドは努めて冷静に思考を走らせていた。
なぜ、”黒蜻蜓”が我々の物資を奪った?
今も現存するドロイド達は、捕捉した人間を見境なく襲う事しかできないはずだ。
なぜならばとうの昔に指揮系統を失っており、各個体内に残されたメインプロトコルだけを頼りに活動しているからだ。
そうなるとやはり、あの”黒蜻蜓”の行動は、何者かの命令があったとしか思えない。
恐らくは”蟻地獄”の襲撃も、今回の強奪の為に仕組まれた罠だったのだろう。
では、あの強盗犯がドロイドを操作しているのか?
いや、たかが強盗犯に、ここまでのことができるとは思えない。ドロイドを操るには、高度な技術と設備が必要不可欠だ。
もしや、我々が相手をしているのはもっと強大な敵なのか?
(――まさか、【ネメシス】…?)
デイビッドは頭を振る。
今はまだ情報が足りない。まずは物資の奪還を最優先すべきだ。
「…”黒蜻蜓”とはいえ、あの重量を抱えてそう長くは飛べんはずだ。奴の進行方向には何がある?」
「このまま20分ほど飛行した先に、廃棄された大型商業施設があります」
メインモニターに表示されていた地図上で、当該地が赤い円で囲まれる。
大型商業施設の廃墟であれば、身を隠しやすく、土地が開けていて周りも見張りやすいだろう。”黒蜻蜓”の着陸も十分可能だ。
「そこが目的地と見て間違いなさそうだな。――護送部隊各位、聞こえるか。君達の護送任務は現時刻をもって中止。怪我人の手当と”ステラ小隊”3名の捜索を行いつつ待機しろ。すぐに応援を送る」
『――お断りよ』
デイビッドの要請に反発したのは、”ラジオ小隊”のモニカだ。
メインモニターに、土に塗れた顔でこちらを睨みつけるモニカの姿が映し出された。
「…モニカ」
『物資を盗られちゃったのは、ごめん。完全にあたしのミス。だからあたしが責任持って取り返してくる。ウチの大事な新人君と、リスナー君も一緒に』
そこへ、モニカの隣にナギが歩み立つ。
『私もモニカ隊長の案に賛成です。”黒蜻蜓”がどこへ向かったにせよ、そう遠くへは行けないはず。犯人に一番近い私達が追跡すべきです』
「しかし、君達だけで行かせるのは」
『コイツらだけじゃねェよ。”ボトル小隊”もその案に賛成だ。やられっぱなしでいられるかよ』
『怪我人の保護と”ステラ小隊”の捜索については、”アロー小隊”が引き受けます。俺もモニカ隊士の案に賛成です』
モニターいっぱいに、その目に覚悟を宿した隊士達が立ち並ぶ。
しかし、”ラジオ小隊”から2人と、”ボトル小隊”から怪我人のトーマスを除く3人で、計5人。
(…駄目だ、少な過ぎる…)
判断し兼ねるデイビッドに、第3基地から通信が入る。
”ラジオ小隊”指揮官のシルバーだ。
『悪いな、デイビッド。うちのモンがまた我儘言っちまってよォ。――ただ、こやつらはただの客引きパンダじゃねえ。儂が鍛え上げた立派な兵士じゃ。お主だって解っとるじゃろう?』
シルバーのダメ押しの提言に、デイビッドもついに腹を括った。
「…分かった。護送部隊諸君、奪われた物資とミミズク、アレックス両名を敵勢力から至急奪還せよ」
『了解!!』
◑
遠雷のような爆音が聞こえ、アレックスはガラスの割れた車窓から顔を出す。
遥か後方、先程まで自分がいたあの大穴から、黒煙の柱が立ち上っている。一体、何があったのか。仲間達は無事だろうか。
「このドロイド、一体どこに向かってるんだろう…?」
仲間達の心配の後に、やっと自分の心配をするのが彼らしい。
眼下には森が広がっている。飛んでいる高さは、地上約100mといったところか。
「…ん?」
ふと、アレックスはすぐ真下に人の手のようなものを見た気がした。さすがに気のせいか。
「いや気のせいじゃない! え、誰!?」
車の下から確かに手が伸びてきて、バンバンとドアを叩いている。引っ張り上げろと言いたいようだ。
急かされるままに、アレックスはその腕を掴み、引き上げる。
「…あれ、ミミズクさん?」
車の下から顔を出したのは、彼と歳の頃が近い、隊士ミミズクだった。
「お邪魔していいか」
そりゃお帰りいただくわけにもいかないし、と思いながら、アレックスはミミズクを車の中へと引き入れる。
「ふぅ、ありがとな。それじゃすまねぇが――動くな」
目にも止まらぬ素早い動きで、ミミズクは拳銃をアレックスに向ける。突然の事で、アレックスには何が何だか分からず、とりあえず両手を上げた。
「…あっ、もしかしてスパイって疑ってます? 僕じゃないですよ?」
アレックスは必死に弁明する。それくらいしか、仲間に銃を向けられる理由として思い当たるものはない。もちろん、スパイでないことは真実だ。
「ああ、分かってるよ。オレがその”スパイ”だからな」
「……は……?」
ミミズクの突然のカミングアウトに、アレックスは頭が真っ白になった。
第3基地”アロー小隊”の隊士であり、モニカさんのラジオ番組【ひげラジオ】の熱狂的リスナーでもあるミミズクが。
同じ第3基地の隊士4名が殉職した強盗殺人事件において、敵側に機密情報を漏らした、スパイ。
「そういう事なんだ。本当にすまねぇな、アレックス」
ミミズクが引き金を引く。
1発の乾いた銃声が、青空の中に消えていった。
(―続く―)
読んでいただき本当にありがとうございます。
アリジゴクって毒持ってるんですね。知りませんでした。
次話は来週月曜に掲載予定です。これからも何卒よろしくお願いします。




