002
(前回のあらすじ)
月で生まれ育った主人公アレックスは、母の死を機に、かつて地球で消息を絶った父を探しに行くことを決意する。
地球で物資回収等の任務を行う【民間軍事会社レトリーバーズ】に入ったアレックスは、3年間の訓練の末、晴れて新米の兵士として、念願の地球へと降り立つのだった。
――民間軍事会社レトリーバーズN国支部基地。
基地の中で事務手続きを済ませ、昼食を終えたアレックスは、唐突に上官から呼び出しを受けた。
「君の配属先のチームだが、こちらへ向かう道中でドロイドと遭遇し、現在交戦中と連絡があった。早速だが君も応援に向かってもらいたい」
「はい! すぐに出発します!」
アレックスはすぐさま準備に取り掛かる。
パワードスーツ。合金と特殊強化繊維で仕立てられたこのスーツは、防御力もさることながら、着用者の身体とシンクロし、通常の何倍ものパワーに増強する。
ゴーグル。通信、地図、望遠、暗視にサーモグラフィなど多彩な機能を有する。
自動小銃。レトリーバーの基本的な武器であり、ドロイドの装甲を貫通できる弾丸が装填されている。
これらの支給品を装備したアレックスは、さっそくバイクに乗って基地を飛び出した。
10分程走ったところ、アレックスは廃都市に到着した。
ゴーグルのディスプレイに表示されたマップ情報だと、この付近で交戦中のはずである。アレックスは一度バイクを停め、周囲を見渡した。
鉄筋コンクリートが剥き出しになった高層ビルが、ツタなどの植物に青々と覆われてしまっている。まるで巨木だ。そんな建物が、見渡す限り何十にも列を成している。
その隙間を巡る道も、舗装が砕け、苔に覆われ、隙間から草木が根を張っている。道上には錆の塊のような廃車や、破壊されたドロイドの残骸がいくつも転がっていた。
もはや古代都市だ。先の大戦の終結からまだ50年も経っていないが、あまりにも時の流れを感じてしまう。
人影はない。声もしない――。ただ、野生動物の鳴き声が聞こえてくるだけだ。
いつの間にか圧倒されていたアレックスは、遠方から聞こえた爆音で我に返り、立ち上る黒煙を捉えた。
「あっちか」
黒煙の方へ発進しようとしたその時、マップ上に赤い点が出現した。
(ドロイド信号! 後ろ――)
気づいた時には、アレックスは凄まじい衝撃を受けてバイク諸共吹き飛ばされていた。
受け身を取る間もなく瓦礫の山へ激突するアレックス。全身を走る激しい痛みに意識が飛びそうになるが、なんとか繋ぎ止め、必死に状況を整理する。
スーツを着ているから致命傷はない――はずだ。骨も折れていない。朦朧とするのは、脳が揺れたせいだ。額の擦過傷から血が滲み出る。
ゆっくりと体を起こすと、先程まで自分がいた場所が抉れ、炎が上がっている。
そのめらめらと揺れる陽炎の奥、200mほど離れた場所に、1機のドロイドがいた。
「”スパイダー”…! あいつが撃ったのか…!」
その名の通り、蜘蛛を模した軍事用ドロイドの一種だ。
全長は5mを超えるが、そのほとんどは8本の長い脚が占めており、頭と胴体から成る主要部分は約2m程の幅しかない。搭載兵器は、腹部から顎先にかけて据えられた1本のエネルギー砲だ。
”スパイダー”が発進する。それぞれの脚を器用に動かし、物凄い速さでこちらへと向かってくる。
アレックスは慌てて瓦礫の山を下り、路上に転がる自動小銃の元へ走る。一拍遅れて飛んできた”スパイダー”の2射目が、瓦礫の山を粉砕した。
銃を拾い上げ、物陰から”スパイダー”に向かって弾を放つが、素早過ぎて捉えられない。どんどん距離を縮めながら、お返しの砲撃が飛んでくる。
「くそっ! 動きが速過ぎる!」
”スパイダー”の武器は高い機動力だ。障害物を物ともせず、脚が数本欠けようがその移動速度は衰えない。
その反面、エネルギー砲の射撃精度は高くはない。砲身が短いうえ、自身の機動力に照準能力が追いつかないからだ。
とはいえ、威力は大砲に匹敵するため、1発でも直撃すれば無事では済まない。
とにかく”スパイダー”に的を絞らせないよう、アレックスは物陰から物陰へ、縦横無尽に走りまくる。
(どうする…! どうする…!)
”スパイダー”を倒すには頭部を破壊するしかないが、ただでさえ動き回る奴の小さな頭を、傘のように守る脚の隙間を縫って撃ち抜くのは至難の業だ。
これをアレックス自身も走りながらとなるとまず不可能だ。立ち止まって狙おうとすれば、遮蔽物ごと吹き飛ばされるのがオチだ。
反撃の糸口が見つからない。
スーツによって脚力は強化されているが、持久力はそうではない。逃げ切れなくなるのも時間の問題だ。
距離を詰めた”スパイダー”が、砲撃をさらに激化させる。
身を隠せる場所が次々と破壊されていく。
しかし、唐突に、”スパイダー”の猛攻が止まった。
自身の砲撃によって立ち込めた煙が仇となり、標的を見失ったのだ。
アレックスはこの好機を見逃さなかった。
反撃するなら今だ。一撃で確実に仕留めなければ。外せば居場所がばれて砲撃される。
だからアレックスは、”スパイダー”の背中へ向かって全力で飛び乗り――
「これでどうだ!」
その頭をゼロ距離で撃ち抜いた。
消えゆく断末魔のような電子音を上げて、”スパイダー”が停止。そのままゆっくりと地に伏した。
アレックスも”スパイダー”の背中から下りて、覚束ない足取りで歩き出す。しかし、数歩進んだところで足の力が抜けて、膝が折れてしまった。杖代わりの銃がなければ、そのまま地面に倒れていただろう。
…立ち上がれない。心臓がドクドクと脈を打っている。肩で息をする彼の顎先から、血の混じる汗が滴り落ちた。
(…休んでる場合じゃない。仲間が応援を待ってるんだ。行かなきゃ…!)
たった1戦の恐怖で竦んでしまった身を、心を、アレックスは必死に鼓舞する。
父に繋がる手がかりを得るために、自分はレトリーバーになったのだろう。それならば、ここで立ち止まってる訳にはいかない。
大きく息を吐き、気づかぬうちに閉じていた目を開いて顔を上げた瞬間――、一気に血の気が引いた。
先程までの騒ぎを聞きつけて来たのだろうか。こちらへ向かって猛進する3機の”スパイダー”。
――無理だ。
さっきは運が良くて勝てただけだ。それもぎりぎりの辛勝だ。たった1機の攻撃から逃げ回るだけで精一杯だったのに、あの数に太刀打ちできるものか。
逃げなければ。しかし、足が――いや全身が硬直して動かない。
(死ぬ――)
「――ナギ、その子よろしく」
「ええ」
アレックスがそれを覚悟した時、彼の背後から2人の女性が颯爽と現れた。
緩くウェーブする長い赤毛の女性が、ロケットランチャーを肩に担ぎ、迫り来る”スパイダー”に向かって正面から立ちはだかる。
そしてもう一人、狙撃用ライフルを提げた黒髪ボブの女性が、アレックスの傍に立つ。
どちらも自分と同じスーツを身に纏っている。自分と同じ兵士だ。
「よく頑張った、新入り君! ここからは――選手交代よ!」
赤毛の女性が声高らかに宣言し、ロケットを勢いよく射出した。
空を裂いたロケットはそのまま”スパイダー”1機に突き刺さり、残りの2機を巻き込んで大爆発を起こす。
衝撃で地面が振動し、爆風が一気に吹き抜け、細切れになった”スパイダー”達の破片が周囲に降り注いだ。
あまりに一瞬の出来事に、アレックスは驚愕して言葉が出ない。
とにかく助かったという安堵から、彼は今度こそ体中の力が抜けた。
「…毎回の事だけど、派手にやり過ぎよ。あれじゃパーツ回収できないじゃない」
「にゃはは、メンゴメンゴ。でもほら、新入り君が倒したのが綺麗に残ってるし…あれ、新入り君?」
◐
「…ここは…」
目を覚ますと、アレックスはソファの上に横たえられていた。
ゆっくり体を起こすと、自分の体の随所に手当が施されていることを知る。
「お、目が覚めた? ここはレトリーバーズ第9前線基地――あたし達の”家”だよ」
その返事でアレックスはやっと自分以外の存在に気付いた。
声の主は、テーブルを挟んで彼の対面にあるソファに座る――あの赤毛の女性だった。自分より5、6歳は年上だろうか。明るく優しい笑みを湛えている。
そしてその隣には、あの黒髪の女性が腰かけ、黙々と本を読んでいる。こちらは自分と同じか、少し年上か。
見渡す限り、この室内には他に人はいないようだ。
アイボリー色の壁紙に、年季の入ったフローリング。テレビといくつかの本棚に、観葉植物。部屋の中央には大きな白いテーブルが置かれ、その三方を囲うように、自分達が座るソファが据えられている。
確かに、室内の雰囲気は基地というより、家のリビングルームといった感じだ。
窓の外はすっかり夜になっている。数時間は寝ていたのか――と考えたところで、アレックスは手当のお礼はおろか、挨拶もしていない事に気付き、慌てて姿勢を正した。
「挨拶が遅れて申し訳ありません! 本日から配属されましたアレックス・アームストロングです! 先ほどは命を助けていただき、手当までしてくださり本当にありがとうございます!」
「うむうむ、くるしゅうないぞ新入り君! あたしはモニカ・ビアード、このチームのリーダーだよ! よろしくね!」
「はい、よろしくお願いします!」
赤毛の女性、モニカがにこやかに挨拶し、アレックスと握手した。
「で、こっちが~」
「(無言の圧)」
「…ナギちゃんで~す、よろしくね!」
「よ、よろしくお願いします!」
無視。
黒髪の女性、ナギはアレックスに一瞥もくれず、握手を求めたアレックスの手が空しく宙に浮く。
(…ええ…?)
困惑するアレックス。
「そ、それにしても初日に独力で”スパイダー”を倒すなんて、凄いね! お姉さんびっくりだよ!」
「い、いえ! あれは運が良かっただけで…」
「いやいや! 期待の大型新人、いきなり即戦力で大大大歓迎だよ! ね、ナギ?」
無視。
((…えええ…?))
ますます困惑する2人。
(おかしいなぁ、普段はもっと可愛げあるのに…いや、いつもこんな感じかも…?)
どっちだ。
(そうだよなぁ、応援に駆け付けるどころか助けられてるし、気絶するし…情けない兵士ですみません…うう…)
泣くな、元気出せ。
そんな2人をよそに、ナギが唐突にぱたんと本を閉じた。
彼らの注目の中、徐に口を開く。
「そろそろ夜ご飯にしましょう」
かくして、3人は静かな食卓につき、いろいろと不安を残しつつも、アレックスの任務初日が終了した。
(―続く―)
読んでいただき本当にありがとうございます。
次話は来週月曜に掲載予定です。これからも何卒よろしくお願いします。




