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 「まあいいや。木本ちゃんちょっと教えて欲しいんだけど」水本は話を変えた。「石崎さんとこの菜月ちゃんなんだけど、一緒にやれるようなドリルでお勧めってなんかある?」

「一緒にやる?」

「勉強、教えてあげたいんだよね」

石崎さんが言ってたやつだ…昨日石崎さんにきっぱり断られたはずなのに。

「僕ほら、予備校で教えてるんだけど、高校生とか浪人生とかに教えてるから、小三の子に適した良い感じのドリル、わからないわけでもないんだけど、店員さんに売れてんのどれか聞こうと思ったら、店員さんが木本ちゃんだったからラッキーと思って」

石崎さんが嫌がるのがわかっているから返答に困る。

「私も働き始めたばかりでよくわかんないです」

「えーー。木本ちゃ~~ん」なじるように水本が言う。「そういうの他のお客さんの問い合わせのときには言っちゃダメだよ。働いてどれくらいかとかお客さんには関係ないんだから。うそでもなんとか答えないと。クレームになるよそれ」

他のお客さんには言わないよ、と思うが一応謝ってしまう。「すみません。でもそういうのはちゃんと石崎さんに聞いて確認とってからじゃないと…」

嫌われますよと言いそうになったが、「石崎さん困ると思いますよ」に言い換えた。


 そう言いながら、今日帰ったら速攻で石崎さんにこの話を告げ口しようと決めた。

「やっぱ嫌がられるかな」と水本。

うん、と強くうなずきそうになったが、「絶対聞いてからの方がいいですよ」と穏便にこたえる。

「聞いたら石崎さん遠慮するでしょ?」

遠慮ではなくて敬遠なのに。私は言おうかどうしようか迷ったが、言うことにした。

「石崎さんは自分で菜月ちゃんに勉強教えてるって言ってましたよ」

「えーーー。そうなの?それいつ聞いたの?」

「えっ?えっと…引越しの挨拶に行った時にいろいろお話して。お子さんいること教えてもらって」

夕べ石崎さんの部屋を訪ねたことは黙っていよう。

「いろいろって?」

「…そこまでいろいろじゃないです。すみません」

「そっかあ…。美月ちゃん…じゃなかった石崎さんは僕のこと、何か言ってなかった?」

「いえ!」

「えー、返事早いな。木本ちゃん、僕の質問ウザいと思い始めてない?」

「いえ。石崎さんともほんとちょっと話しただけなんで」

「そっかあ。菜月ちゃんに勉強教えたいなあ」水本が少し上を向いて誰に言うでもなく望みを言う。「そいで石崎さんに感謝されたいわーー」


 石崎さんが水本を気持ち悪いと思うのは考え過ぎかもと思ったが、実際気持ち悪いかもしれない。

 こういう容姿の良い人は自分が嫌がられることをあまり想定していないのだろう。自分の容姿の良さを自覚しているから、断られても押して行けば大抵通ると思ってるのかもしれない。水本への好感度が急激に下がって来ている私だ。ここは石崎さんのためにちゃんと言っておこう。

「水本さん、勝手に買って菜月ちゃんに一緒に勉強しようとか言ったら、相当石崎さんにキモがられると思いますよ。絶対止めた方がいいです」

急にきっぱりと言った私に水本が驚いている。「えーー…木本ちゃん、あんまそんなことはっきり言わなさそうなキャラなのに」

「絶対止めた方がいいです」

もう一度私が言うと水本は笑った。「木本ちゃんに相談できて良かったわ。残念だけど止めとく」

 良かった。でも帰ったら絶対石崎さんに告げ口しよう。


 昼休憩のときに、ショッピングモールの中に入っているパン屋で買ったサンドイッチを食べながら、石崎さんに連絡先を交換してもらっておけば良かった、と思いながらスマホを触る。

 夕べ石崎さんの部屋を訪ねた時にはスマホを持っていっていなかったし、自分から連絡先を交換して欲しいなんて絶対に言い出せないのだけれど。

 夕方、昨日と同じ六時過ぎにやまぶき荘へ帰り着き、自転車を停めると自分の部屋には帰らずに、そのまま階段を上がった。石崎さんの部屋番号八番の駐車スペースに車があった。

 駐車場の番号は部屋の番号になっているのだ。一応私の部屋番号四番の駐車スペースもあるが、使うことはないだろう。今車がとまっているのは、一番、二番、五番、八番。


 ドアチャイムを鳴らすと石崎さんはすぐに出て来た。私にはモニターを見ないといけないと注意してくれたのに。

 ドアを開けた石崎さんは、私の顔を見るとすぐに自分の腕時計を見た。

「どうしたの?やっぱり行きたくなくなった?」

「いえ、服のこととか聞いてなかったので…。それと話したいこともあって」

「服?」

「石崎さん、どんな服で行くんですか?」

「え?この今日仕事で着てた服のままだけど?」

石崎さんは薄茶のチノパンと白いシャツに紺色のざっくりとしたカーデガンを着ていた。三月初めに一回温かくなったがここ何日か少し寒さがぶり返しているのだ。

「木本さんもそのままで大丈夫だよ」

私は濃いめのジーンズ、白い小花模様の水色のブラウスに少し厚手のクリーム色のカーデガンを着ていた。職場の書店ではカーデガンを脱いで制服の青いエプロンを着けて仕事をしていた。

「私ジーンズちょっと汚れてて…」

「大丈夫大丈夫。店に行くわけじゃないんだから」

「それで?話したいことって?もしよかったらだけど、連絡先交換しとく?嫌?嫌だったら嫌って言ってよ?」

「嫌じゃないです!」

連絡先をと言ってもらえたのがとても嬉しくて、勢い込んで返事をしてしまった。

「ちょっとじゃあまた一旦中入って」

そう言うと石崎さんは夕べのように私の腕を掴んで中へ入れてくれて、流れるようにまた、台所のテーブルへと導いてくれた。菜月ちゃんが昨日と同じ場所に腰掛けていて、昨日と同じ『道端でもよく見る草花雑草図鑑』を見ていた。そして、昨日と同じツインテールに可愛らしい笑顔で挨拶をしてくれた。今日は黄色いワンピースを着ていてとても似合っている。菜月ちゃんはちょっとお出掛け用なんだな。


 石崎さんはすぐに温かい緑茶の入ったマグカップを私の前に置いてくれた。

「ちょっと一息つこっか。落ち着いて行けるから。連絡先さぁ、昨日私、交換しといて欲しいって思ったんだけど、若い子はおばちゃんと連絡先なんて交換したらめんどくさいって思われるかなって、遠慮しちゃったんだよね」

私はぶんぶんと頭を振った。「石崎さんはおばちゃんじゃないです!」

「ほんと嫌じゃない?そんな用もないのにつまんないLINE送ったりはしないから。そこまで面倒くさくはないおばちゃんだから安心して」

石崎さんが言うので、私はまたぶんぶんと頭を振る。「石崎さんはほんとに、全然おばちゃんじゃないです!」

「ありがと」石崎さんは笑った。「まあ、おばちゃんじゃないですって言って欲しくて言ってるとこあるけどね」

 それから石崎さんに、今の若い子たちは最初インスタでフォローし合ったりしてそれから仲良くなったらラインしたりするんでしょう?と聞かれたが、私が母にどうにか頼み込んで、しかもアルバイト代で料金を払うことを約束して、やっとスマホを持つことが出来たのは高校二年になってからだったし、一般的な若い子の事情は私もよくはわかっていないのだと正直に説明した。田舎だったし、母にはロックをかけるなと言われてよく勝手に見られていたし、そもそも学校で必要な連絡以外の連絡を取り合う友達も少なかったし、インスタもやってはいたが見るのが専門で、たまに何に興味を持ったのか、それともからかいの為か教えてと言ってくれる子もいたけれど、インスタはやっていないことにしていたほどだ。

 石崎さんとラインの交換をしてもらえた私は本当にとても嬉しかった。


 それから職場の本屋での水本のドリルの話と歓迎会に一緒に集合しようとした話をすると、石崎さんは「きもっ!」と響く声で言った。そう言うとは思っていた。

「断ったの全然伝わってないじゃん!」石崎さんは苦々しく吐き捨てるように言った。「あいつ何考えてんの」

「…なんか告げ口みたいで石崎さん気を悪くするんじゃないかと思ったんですけど、夕べあんな話を聞いといて、全く伝えないのも立場が逆だったら嫌かなと思って」

「いや、ほんとありがと。ちゃんと勉強のことも私が教えてるの言ってくれて。歓迎会の集合の話もちゃんと断れて偉かったよ」

石崎さんが褒めてくれた。

「木本さんは本屋に勤めてるんだね。私は駅裏の工務店の事務やってるよ」

そして石崎さんは、菜月ちゃんを連れてショッピングモールに行った時には、本屋をのぞきに行くと言ってくれた。大概の知り合いには会いたくないと思っていた私だが、石崎さんと菜月ちゃんが訪ねて来てくれるならとても嬉しいと思った。

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