表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
6/25

  6

 菜月ちゃんがこれ以上質問しないように話をそらすため、そして気にもなったので私は石崎さんの下の名前を聞いてみた。

「美月。ちょっと恥ずかしいけど美しい月と書いて美月」

石崎さんの小奇麗でさっぱりとした感じに合っている。

「綺麗な名前ですねえ」

褒めたのに石崎さんは眉をひそめた。「それ水本も言って来た」

 石崎さんは私の名前を知っていた。大家の奥さんとの連絡で知ったそうだ。大家さんの奥さんも大家さんと同じように、まだ会ったこともない私のことを春花ちゃんと呼んでくれているらしい。歓迎会は遠慮したいが、それはちょっと嬉しい気持ちがした。


 そして石崎さんは余計なお世話だと思うんだけど、と言って話し始めた。

「水本って、顔もスタイルもいいから油断するっていうか、軽いノリで来られたら木本さんちょっと好感持つかもしれないけど、私この間、髪の長い女の人とか、その前も女子高生ぽい子も部屋に訪ねて来てんの見たから。木本さんもなんかちょっと変だぞ、こいつ馴れ馴れしすぎるぞって思うところがあったら気を付けて。木本さんかわいいし、でも人慣れしてないような、なんていうか…すぐ流されちゃいそうっていうか、カモにされそうだから」

私が水本に騙されるってこと?

「私、本当にお金持ってないですし、そもそも男の人に声かけられないんで…」

「だから危ないんだよ。免疫ないとコロっと騙されるから。女の子ってああいう男の人のこと結構好きでしょ?」

 確かに水本はモテそうだし、私も恰好良いなあと思った。

 でも私ってそんなに流されそうに見えるのかな…。覇気がなくて幸薄い感じだからかな。

「私、嫌なのよ」石崎さんが力強く言った。「私、女の子が嫌な目に遭うのがすごく嫌だから」

石崎さんは真面目に真っすぐに私の目を見て言ってくれた。

 昨日会ったばかりの私にここまで忠告してくれることに少し不思議な気持ちもしたが、私では感じきれなかった一見爽やかで人懐っこそうな水本のヤバさを、石崎さんは引っ越して来てからの二週間ではっきりと感じたのだろう。

「わかりました。ありがとうございます。でもそんな水本さんとかも来るのに、やっぱり歓迎会は出た方が良いんですか?」

「水本以外はみんなちゃんとしてると思う。人数少ないコーポだから、できるだけ当たり障りなく良い感じでやっていきたいし。奥さんの料理がめちゃくちゃおいしいし。ていうかさ、水本と大家さんや高森さんたちのつながりっていうか、どのくらいの間柄なのか探りも入れときたいでしょ?私もまだよくわかってないから」

 それから石崎さんは、時間は大丈夫かと聞いてくれた後、お茶のおかわりとチョコドーナツを出してくれて、自分もマカロニグラタンを食べながら少し石崎さん自身の話もしてくれた。


 石崎さん親子は石崎さんが離婚する前、ここから二キロほど離れたところに住んでいたらしい。三か月前石崎さんは、離婚するにあたって学区内に物件を探したのだそうだ。

 それまで住んでいた家は売ることにして、石崎さん自身は離れた場所で心機一転再出発したかったが、菜月ちゃんがどうしても転校はしたくないと言ったらしい。石崎さんは同じ学校に留まる事で、しかも年度途中で苗字が変わったらいじめの対象になるのではと心配したが、他にも親が離婚した子もいた上に、担任の女性の先生も離婚経験者で、うまくクラスに話をしてくれて特に何の問題も起こらなかったらしい。前の名字で間違って呼ばないように、先生も含めみんなが下の名前で呼ぶようにしてくれたのだそうだ。

 羨ましい話だと思った。世の中はだんだん良くなってきている。

 私の両親は離婚はしていなかったが、家の中にはいつもうっすらとした不幸が充満していた。父親はもともと体が弱い上に酒に溺れ、仕事もしたりしなかったりで、家計は母がパートの給料で賄っていたので、いつも生活はギリギリ。家が祖父の持ち家で、祖父母が亡くなった後そこへ住むことが出来たのと、農家をしている親戚が米や野菜を援助してくれたので、なんとか暮らしていくことが出来た。食べていくのがやっとだった。おやつもない日が多かったし、可愛い服も滅多に買ってもらえなかったし、もちろん塾や習い事なんて行ったことがなかった。スマホも高校2年生かアルバイトをしてやっと自分で購入したのだ。

 私が小学四年生の時に父親が病死すると、どこからか父親が自殺したという噂が立って、近所の人にもクラスメートたちにも疎遠にされるようになった。田舎なのでそういう噂はあっという間に広がる。見かねた父方の親戚が地域の公民会や学校に働きかけてくれて、いじめられるようなことはなかったけれど、仲の良かった友達との一度出来た距離はなかなか元通りにはならなかった。


 とにかく学区内で物件を探していた石崎さんは、それまでの住所からせめて離れようと、学区の中の、小学校を挟んで反対側に物件を探し、この『やまぶき荘』を見つけたらしい。菜月ちゃんが小三の女の子だという事もあって、夕方一人になるのが心配だから、セキュリティのしっかりした物件の方が良いかとも思ったらしいのだが、ちょうどやまぶき荘を見に来たときに大家さん夫妻が丁寧に話を聞いてくれて、ここに住むことを決めたのだそうだ。学校から石崎さんに連絡が付かない時の緊急連絡先にも、大家さん宅を申告させてもらっているらしい。

 石崎さんが話をしている間、私は口を挟まずに聞いていたが、内心はドキドキしていた。私の身の上話もするように促されるのではないかと思ったのだ。聞かれたら仕方ないから少しは話そうかと思ったが、聞かれない限り黙っていようと思った。

 そして本当は絶対聞かないで欲しい、と思っていた。


 「とにかく歓迎会は行っとこう」

石崎さんは私に言い、菜月ちゃんにも同意を求めた。「ねえ菜月」

「うん。行こ!」菜月ちゃんが私に笑顔を向けて言ってくれた。「なんかねえ、大家さんのおばちゃん言ってたけど、五号室の人が手品見せてくれるんだって」

 歓迎会で住人が手品を見せてくれるなんて、本当にただアットホームなコーポなのかもしれない。それはそれで困るけれど。

 菜月ちゃんも一緒に行こうと言ってくれたのがとてもほっこりとして嬉しかったので、結局私も行くと約束して、石崎さんは親戚からもらったというリンゴを二個、お土産に持たせてくれた。


 部屋に戻り、石崎さんのところに行く前に食べかけていたおにぎりを食べることにする。ほぼ初対面の人とあんなに話すのは初めてだったけれど、石崎さんと話せて良かった。菜月ちゃんも小三にしては落ち着いてしっかりしていたし可愛かった。石崎さん宅での会話を思い返しながら、迷ったけれどお邪魔させてもらって良かった。

 水本についても教えてもらえて良かったと思う。

 水本が石崎さんに馴れ馴れしい好意を見せているのが先にわかって良かった。あの容姿と気さくな感じでこれからもずっと接して来られたら、しかも隣に住んでいるというシチュエーションも相まって、自分だけにあの距離感だと勘違いしてしまい、すぐに好きになってしまったんじゃないかと思う。

 石崎さんには私のちょろさが一見でわかったのだろう。恥ずかしい。

 残っていた段ボールを全部片付けてしまいたかったが、疲れていて三個しか片付けられず、まだ片付かない段ボールのある部屋に布団を敷いて寝た。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ