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 とりあえず、さっき渡されたメモのことをきちんと聞いて早く帰らなければと思う。ついなされるがまま上がり込んでしまったけど、石崎さん宅の夕食の邪魔になってしまう。

「歓迎会ねえ…まあねえ」石崎さんはため息を付くように言った。「最初、え⁉て思ったよね、私も。回覧板が回って来て」

「回覧板ですか?」

「このコーポだけで回してるやつ。町内で回ってる回覧プリントを大家さんがコピーしてくれたやつとか、このコーポ内の連絡事項が載ってるんだけど。この地区の町内会には大家さんちが代表で入ってて、ほら、町内の回覧板をこのコーポ内一軒ずつ回覧回していくと、このコーポだけで時間とっちゃうでしょ?だから大家さんがそれをコピーしてコーポ内で回してくれてるの。それで私たちが引っ越して来てすぐの回覧に、私たちと今度引っ越してくる人の歓迎会をするお知らせも入ってて、参加できる人は名前のとこに〇付けるようになってたんだけど、水本も、五号室と七号室の人も参加に〇付けてて。ほらここ八号室だから回覧最後に回ってくるから。…そう言えば木本さん、五号室と七号室の人に会った?」

「いえ。まだ挨拶出来てないんです」

石崎さんの部屋に入る前にちらっと見たら、隣はまだ灯りが付いていなかった。帰って来ていないのだ。

「双子なんだよ」

「え?」

「双子なの。五号室に住んでる人と七号室の人。でも全然似てなくて。教えてもらってちょっとびっくりしたんだけど。高森さんて言うの」

「双子ですか?」

 同じコーポに双子がいて、別々の部屋に住んでる…。しかも一つ間に部屋を挟んだ、五号室と七号室に。

 仲が悪いのだろうか。仲が悪いなら同じコーポにも住まないとは思うけれど。

 石崎さんが教えてくれた。「五号室に弟さんがいて、七号室はお姉さん」

だから一緒には住まないのか?


 それから石崎さんは歓迎会について話してくれた。「私も大家さんとこに回覧返しに行くときに丁寧に断ったんだけど、私たちが行かなくてもやるって言われて、それでもう一人引っ越してくるからその人のも一緒にやるから遠慮するなって言われて。それじゃうちだけ断りにくいなって思って。それで私、その後すぐにちょっと仕事の帰りが遅い日があって、まだ荷物もちゃんと片付いてなくて、でも急いで夕飯作んなきゃって用意しようとしてたら、奥さんが来てくれたの。お弁当持って。ほんとは大家さんとこに夕飯呼んでくれようと思ったらしいんだけど、菜月もいるし、部屋で親子二人で食べた方が落ち着くだろうからって」

「私もさっき大家さんに食べに来ないかって言われました」

「そういうのってさ、怖いよね。だって大家といってもほぼ知らない人なんだから。私も弁当が入った紙袋を普通に『はい』って渡されたとき『え?怖っ』って思っちゃったんだけど、綺麗な奥さんににっこり微笑んで渡されたら受け取るしかなくて。まあでもどんなに綺麗な人でも良く知りもしない人が、その人のどんな風かもわからない台所で作ったごはんとか、やっぱり受付けないわと思って」

大家さんの奥さんは綺麗な人なのか。大家さんと同じ歳だって聞いていたけど…。私は年配の上品な奥さんを想像する。

「でもそれがものすごくおしゃれなお弁当だったの。中が見えるように蓋が透明な使い捨ての容器に入れてくれてたんだけど、それがもうグレードの高いカフェの持ち帰り弁当みたいな感じで。飾りにハーブの葉とか花とか入ってたりとか。奥さんが言うには、もっと可愛いお重箱みたいなのに入れて来たかったんだけど、返したりするのが面倒になったらいけないからって。歓迎会のときもおいしいものたくさん用意するから来てねって言われたんだけど、返事出来ずにいたら、ちゃんとビニテはめてやってるからって言われて。とっさに『ビニテ』がわからなくて、『ビニテって何ですか?』って聞いたら、奥さんが笑いながら、『ビニル手袋のこと』って答えてくれたんだけど、その時の笑った顔がもうめちゃくちゃ綺麗で、お弁当も食べたらめちゃくちゃおいしかったって話なんだけど」

 石崎さんが昨日初めて挨拶したばかりの、ほぼ初見の私に結構いろいろ話してくれることに圧倒されて、なかなか自分から聞きたいことが聞けない。


 チン!と音がしてマカロニグラタンが焼き上がり、石崎さんがオーブンを開けるとチーズの焼けた美味しい匂いが部屋中に広がった。

「いただきま~す!」と元気の良い菜月ちゃんの声。

 おにぎりを少しかじって来た程度の私のお腹が、チーズの香ばしい匂いに反応する。

 いいなあ。手作りのマカロニグラタン。マカロニグラタンなんて冷凍のものしか食べたことがない。

「やっぱり食べる?マカロニグラタン」

「いえ、大丈夫です!」慌てて答えた。「もう帰ります。すみませんお食事時に来て。メモきちんと書いてくださってたんですけど、…ほんとにほんとかなってちょっと思ってしまって、…その…私そういうみんなで集まるのとかも苦手で、まだちょっとどうしようかって思ってるんです。だからどうしても石崎さんに、もう少し詳しく聞いといた方がいいかなって思って来てしまって…すみません」

「そんなに謝らなくていいよ。もちょっと詳しくメモ書けば良かったね。それでまあ他にもいろいろあって、奥さんと良く話すようになって、インスタも教えてもらってラインも交換して木本さんのことも頼まれたってわけ」

「インスタ…ですか?大家さんの奥さんて大家さんと同じ歳だって聞いたんですけど」

「今どき年配の人だってたくさんSNSやってるよ。奥さん、動画編集だってめちゃくちゃうまいから」

「…そうなんですね。すごいな…。あのでも!やっぱり私も行った方がいいんですかね?…私、人と集まるのが本当に苦手で。しかも知らない人たちとご飯食べるとか…。どうにか欠席できないかと思って」

私が正直にそう言うと、石崎さんは「ハハハハ」と可笑しそうに笑った。

 そして、石崎さんに欠席の口添えしてもらえないかという気持ちで言ったのに、石崎さんは逆に行くことを勧めて来た。

「高森さんとこ挨拶出来てないって言ってたよね?歓迎会のときに挨拶出来るしさ、奥さんの料理めちゃくちゃ綺麗でおいしいから、まあ私は行くよね。菜月も奥さん好きだし行きたいって言ってる。ね?菜月?」

菜月ちゃんは熱々のグラタンをふうふうと吹きながら、うん、とうなずいた。

「それで奥さんにも木本さん誘うように頼まれたから、やっぱ木本さん一緒に行こう」

石崎さんが明るくそう言ってくれたけれど、私はまだ心の中で、んん~~~、と唸っている。

 「あの…さっき言われてましたけど、大家さんの奥さんてそんなに綺麗な人なんですか?大家さんと同じ歳なんですよね?」

「うん。すごく綺麗!ね?菜月」

菜月ちゃんは用心深く冷ましたグラタンを頬張って、うん、と頷いた。

 石崎さんが説明してくれる。「ちゃんとそれなりに歳をとってるんだけど、なんていうか大げさだけどちょっと神々しい感じすらあるよね。なんか…もう光り輝いているような…」

私はキラキラした宝石を着けたゴージャスなお年寄りの奥さんを想像しながら、まだ歓迎会を断りたいと思っている。

「本当にみんな来るんですかね。みんな気を使ってくれて無理してるとか…」

「いや、私が会った感じだと、そういう人たちじゃないようなっていうか、うまく言えないけどみんな普通に楽しんで参加すると思うよ。仕事大丈夫そう?歓迎会の時間までに」

「それは大丈夫なんですけど…」

まだはっきり参加するとは言えないでいる。

「じゃあ、メモに書いたように迎えに行くから。それで水本の話に戻るんだけど」

「え?」驚いて聞き返してしまった。

「ごめん。水本の話」

そう言った石崎さんを、ふうふう吹きながらマカロニグラタンを食べていた菜月ちゃんがちらっと見たが、今度は何も言わなかった。




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