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 それから水本は回覧板を指差しながら言った。

「今日さ、回覧板の名前に印付けるとこ見てて思い出したんだけど、ファイル開けて一番前の…」

言われた通り『回覧板』と書かれている青いファイルを広げて、一番前にある名前にチェックをいれる名簿を見てみる。

「木本と水本ってさ、遠くから見たらどっちがどっちわからなくない?チャラ書きしたり、印鑑にさあ、朱肉付け過ぎてもどっがどっちかわからないよね?」

「…あ~~そうですね」

「あれ?反応うすっ!小学んとき僕も字が汚かったけど、木本って同級で字の汚いヤツいて、これ木本と水本どっちだって先生によく言われてたなと思って。思い出した。木本ちゃん、なかった?そんなこと」

「同級生に水本って名前の子がいたことなかったです」

「えーー、なんだそっか」

名簿の紙をめくると、『お花見会のお知らせ』とあった。慌てて水本に聞く。

「水本さん!お花見会をやるんですか!…?歓迎会みたいな感じですか?」

ざあっと説明を読む。

「そうだよ、みんなで敷物しいて、あそこら辺で」

「でも桜なんてもう咲くの終わってますよね?」

「遅咲きの桜の木なんだよ」

水本が指差したのはコーポの敷地の中の芝生が植えてあるところと菜園の中間くらいのところに一本、木があるところだ。高さは三メートルくらい。二階建てのコーポより低い。あれは桜の木だったのか。私にはわからなかった。

名簿を見ると水本は○を付けている。やはりみんな参加するんだろうか。回覧板を五号室に回す前に石崎さんに聞いてみよう。

「あ~~~」と水本が言う。「聞こうかなどうしようかな聞きたいな、やっぱり聞こっと。今さ、木本ちゃん石崎さんとこ行ってきたよね?」

「…」

「いや、2階から降りて来たから。行くとしたら石崎さんちだもんね?」

「…はい」

「僕が聞いたとか石崎さんには黙ってて欲しいんだけど、何しに行って来たの?」

「…」

「僕が聞いたのは黙ってて欲しいんだけど」

「何で黙ってて欲しいんですか?」

「いろいろ詮索していると思われて石崎さんに敬遠されたくないから。で?石崎さんと女子会?」

「…女子会です」

「いいな~~~」

単なる相槌ではなく、本当に羨ましがる水本に余計自慢したくなった。

「菜月ちゃんも三人で」

「うわ、いいな~~」

「石崎さんの焼いてくれたシュークリーム食べました」

「マジで!!食べたいわそれ!え~~、なにそれ」

「すごい良い紅茶も煎れてくれたんですよ」

「うわ、もう…」

水本に羨ましがられるのが嬉しくなってつい畳みかけてしまった。水本に教えたら石崎さんが嫌がるだろうと思ったのに、それよりも自慢したいが勝ってしまった。

「参加したいな僕も」

水本はそう言って意味ありげに私を見たが、それには返事をしない。

「いいなあ木本ちゃん。石崎さんと仲良くなれて」

今までで一番うれしい賛辞のように思えて、思わず自慢げに笑ってしまった。

「あ~~~」とまた水本が唸った。「聞こうかなどうしようかな聞きたいな。やっぱ聞こっと」

今度は何かと思っていると、「これも秘密で教えて欲しいんだけど、僕が詮索してると思われたら嫌だから」

でも詮索してますよね?と言おうと思ったが止めた。

「亮さんのことなんだけど」と水本が言った。「なんか菜月ちゃんがちらっと言ってたんだけど、亮さん、菜月ちゃんのお父さんに雰囲気が似てるって」

「え?そうなんですか?」

それは知らないふりをすることにした。

「石崎さん、言ってなかった?そんなこと」

「はい。聞いてないです」

「ほんとに?」

「はい」

「ほんとのほんとに?」

「はい」

「そっかーー」


 部屋に戻ると早速お花見会のことを石崎さんにラインで相談する。回覧板は部屋番号順に回すので石崎さんは一番最後。私は高森弟に回さなければいけない。お花見会でも手品はしてくれるのだろうか。やるとして野外だとどんなふうにするのだろう。歓迎会のような雰囲気なら私も参加にしたいと思うが、石崎さん親子が参加しなければ私も参加は止めようと思う。

 しばらくして石崎さんから、たぶん菜月ちゃんが絶対行きたいだろうから行くという返事が来た。良かったと思う。歓迎会はあんなに行きたくないと思って悩んだのに、この一か月に満たないここでの生活で、お花見会は最初から参加したいと思えたのだ。まあそれも石崎さん親子の参加次第なのだけれど。

 回覧板の名簿の自分の名前の横の欄に普通なら見ましたのマークの✓を付けるのだが、お花見会参加ならそこに○を付ける。改めて名簿を見ると、私もここの住人に入れてもらえているなあと思えて嬉しくなった。

 ○を付けて五号室に回覧板を持って行く。お花見会が今週末で三日後なので速く回した方がいいと思い、高森弟の部屋のドアチャイムを鳴らした。

 中でカタッと音がしたが、ドアチャイムのモニターは反応しない。もう一度鳴らそうと思ったが、念のために駐車場を確認すると高森弟の車はなかったので、ドアに回覧板を立てかけて帰ることにした。ポストには入らないのだ。ドアに立てかけると、それに反応するかのようにまたカタカタッと音がした。私は手品のときに高森弟の服のあちこちから出て来たインコが、今高森弟のいない部屋で飛び回っている様を想像してしまった。


 五号室の前から帰るときに、石崎さんの部屋の灯りを見る。

 さっきまでお邪魔していた部屋。歳も違うのに私と普通に話してくれる石崎さんと菜月ちゃん。いつか休みがあったら一緒に遊びに行こうと約束してくれた。こんなほやほやした幸せな気分はいつぶりだろう。思い出せないくらいだ。

 部屋に戻って、大家の奥さんのインスタを見ながら、キイの生まれ変わり説について考えてみる。キイもちょこちょこと動画に登場している。

 この住人八人中三人がキイのことを、自分の飼っていた犬や猫の生まれ変わりだと思っている。しぐさが似ている、みたいなことを言っていたが、それはやはり、自分の可愛がっていた犬や猫が生まれ変わって、次の世界でも幸せでいて欲しいという思いがあるからだろう。

 菜月ちゃんはそういう話はしないけれど、それはまだ子どもで大切な誰かが死んだ経験がないからかもしれないが、菜月ちゃんが目の前のキイを見ながら、他の犬や猫を思い出すことなく、ただのキイだと思って一緒に過ごしているのは素晴らしい。


 そして私は何にも生まれ変わりたくないなと思う。

 母が亡くなったときに、もしも母が生まれ変われることがあるのなら穏やかで嬉しい生活が少しでも出来るようなところへ生まれ変われますようにと願ったが、自分はというと生まれ変わりたくもないし、もう一度人生をやり直したいとも思わない。やり直すということは同じところに生まれて、そして大事な節目節目で選択を考えて失敗しないように、ということだと思うが、私は自分の小さい頃をもう一度繰り返したくない。家の中は常にどんより暗くと、周りとはうっすら膜で隔てられたような子供時代を繰り返すなんて冗談じゃない。運も力もない両親から仕方なく育てられ、いつも周りと自分の境遇を比べて引け目を感じていた。もう一度やり直したいという人は、どうにかしたらやり直せて、今よりも良い人生を歩めると自分でも確信のある人なんだろう。私は私の暗くて寂しい幼年期をなんとか切り抜けて良い方向へ進めるとは思えない。どこかで私が何か違う選択をしていても、父が私の父のままで、母が私の母のままだったら、どれだけ努力をしてもどうにもならないのではないだろうか。もしタイムマシーンがあって、自分についての何かを変えられる、という力を使える権限を与えられたら、私は父と母がどうやっても出会わないように、私という子供を生み出さないようになんとか努力すると思う。

 父が別の人で、母も別の人だったら、私は全く違う私としてこの世に存在していたのだろうか。全く違う私なら、もうそれは私ではないのだとも思うけれど。

 

 母が死んでしまったとき、私は何をしていいかを全くわかっていなかった。父方も母方も祖父母は早く亡くなっていたので私は誰の葬式にも出たことがなかったのだ。お金もなかったので一番小さな家族葬に設定してもらい、全部葬式会社の担当者の指図通りに動いた。葬式が終わるとほっとして、そして悲しくなった。ずっと幸せではない生活をしてきた母が最期まで寂しい感じで死んだことが悲しかった。母がことあるごとに私に聞かせた母の生い立ちは悲しかったし、父との生活も悲しかった。父が死んだ後の私との生活も悲しかった。

 私は父からも母からも解き放たれて、ここに来られて良かったと今、心から思っている。

 だから私もキイのことを母の生まれ変わりだと思って見ようかとちょっと考える。もし本当に母がキイに生まれ変われているとしたら母は幸せだと思う。みんなに愛されている。まあそのみんなも菜月ちゃん以外は他の誰かの生まれ変わりだと思ってキイと接しているし、キイの生まれたころを考えると、母はまだそのとき生きていたから絶対に生まれ変わりじゃないけれど。


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