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 「菜月…」

困った風に言い出した石崎さんに安心したが、石崎さんから出た言葉は私の期待とはちょっと違った。

「飲ませる、っていう言い方はダメだから。菜月がどうしても飲んでもらいたいなら、飲んでもらってもいいですか?だし、春花ちゃんにもちゃんと聞いて、春香ちゃんがいいよって言ってくれたとしても、なんかちょっとでも飲みたくなさそうな雰囲気を感じ取ったら無理にすすめちゃダメだから」

私の顔の雰囲気次第みたいな話になっている。菜月ちゃんが私の顔をじいっと観察するので思わず目を反らしてしまった。水本にも目を反らしたらいけないと教えてもらったのに。

「菜月」と石崎さんが注意する。「そんなにじいっと観察しないの。それだと無理強いしているのと同じだから」

一瞬また安心しかけたが、石崎さんは「それとなく観察して」と付け加えた。

「は~~い」菜月ちゃんが可愛くお返事をする。「じゃあ今日は止めとこっかな。せっかくお母さんの紅茶飲んでるし」

 良かった。

 

 石崎さんは菜月ちゃんにもシュークリームを出したが、飲み物は紅茶ではなく自家製の蜂蜜レモンを炭酸で割って出してあげていた。石崎さん自身は子どものころ、手作りのおやつを全く作ってもらえなかったそうで、時間がある時には菜月ちゃんのために手作りのおやつを作るらしい。菜月ちゃんが本当に羨ましい。私が褒めると石崎さんは、「いいお母さんぶりたいだけ。自己満足だから。菜月は本当はコーラ飲みたいし、ポテトチップス食べたいから」と淡々と答えた。

 菜月ちゃんが言った。「帰って来た時に水本さんいたよ。これからお仕事行くんだって。行くギリギリまでキイと遊ぶって言ってたのに、キイが私について来ようとしてたから、もう仕事行くって」

「あ、そう」と気のない感じで返事をする石崎さん。

「なんか水本さんさあ」シュークリームを一口食べた菜月ちゃんが言った。「お母さんのことが好きなんだよね?」

「菜月、ここにクリーム付いた」

私はドキッとしたが、石崎さんは菜月ちゃんの言葉を無視して、菜月ちゃんの唇の横を指で差し、菜月ちゃんは舌を伸ばしてクリームを舐めた。

「よそではそれしちゃダメだからね。ちゃんとティッシュで拭いて」

菜月ちゃんはしかめ面をしながら笑って言った。「おうちだからベロでなめました~~。水本さんてお母さんのこと好きなんでしょ?」

菜月ちゃんがもう一度言ったので、石崎さんは眉を顰め、帰りに会った時に水本にまた何か言われたのかと聞いたが、菜月ちゃんは首を横に振った。

「でも水本さん、お母さんにいつも好きな感じを出してるじゃん。クラスにもそういう子いて、すぐバレてみんな知ってるんだよね」

「…水本さんは好きなような感じを出してるだけなの」

「好きなような感じってどんな感じ?」

「本当はそこまでじゃないけど少し大げさにアピってる感じ。ていうかさ、あの人お兄さんでしょ?お母さんはおばさんでしょ?普通のお兄さんはおばさんを好きにはならない」

「水本さんは普通の人じゃないってこと?」

「菜月、普通の人じゃないとかってあんま言っちゃいけない言葉だから」

「お母さんが言ったんじゃん!…でもさ、水本さん普通よりめちゃかっこいいからラッキーじゃん。好きって思われたら」

石崎さんは黙って首を振って見せた。

「でもさあ」菜月ちゃんはまだ続ける。「めっちゃかっこいいから普通に彼女とかいそうだもんね」

「…そうだね」

二人の会話を聞いていると本当に羨ましい。親子でこういう話なんて私と母では絶対に考えられない。

菜月ちゃんはなおも聞く。「でもお母さん、本当は水本さんに彼女いたら嫌だ?」

「嫌じゃないよ。嫌じゃないって言うかお母さんには関係ない。もう水本さんの話はおしまい」

「え~~、じゃあ春花ちゃんは水本さんに彼女いたら嫌だ?」

急に私に振って来た!小四の子に良い感じの返答しようと慌てる。

「私も関係ないけど、普通に仲の良い彼氏と彼女見てたら羨ましい気持ちにはなるかな」

「ほんとかな~~それ」菜月ちゃんは私と石崎さんを交互に見て意味ありげに笑う。「でもさ、かっこいい人に好きって思われたら嬉しいよね。ね~~~」

菜月ちゃんには好きな男の子はいるのかと聞いてみたくなったが、石崎さんの手前、私から聞くのは止めておいた。

「もういいから」と石崎さんは言った。「この話はおしまい」

「じゃあさぁ水本さんじゃなくて、高森さんてほんのちょっとだけどお父さんに似てない?」

「似てない」速攻で答える石崎さん。「全然」

「そうかな」

「全然似てない」

「私は似てると思うな。お母さんはお父さんが嫌いだからそう思うの?」

厳しい質問をしてくる菜月ちゃんだ。小四の子がこんな質問するのかな。それもと小四だからこんな質問するのかな。

「んんんーーーー」と唸る石崎さん。

唸った挙句「そうかもしれない」と石崎さんは答えた。

 驚く私だ。小四の娘にそんなこと答えていいのだろうか。

 石崎さんは私にも説明してくれた。石崎さんの元旦那さんと高森弟は身長も同じくらい、痩せ型の体型も、その雰囲気も少し似ているらしいのだ。

 石崎さんが菜月ちゃんに言った。「塩顔で静かっぽい感じがちょっと似てるだけだよ。お父さんはほら、あんな手品一つだって出来ないよ。だからお父さんにちょっと似てるなって思っても思うだけにしといてよ」

「思うだけってどういうこと?」

「高森さん本人とか、他の人に絶対に言わないようにして欲しいってこと」

「なんで?」

「お母さんもそう思ってるって誤解されたらなんかめんどくさいから」

「お母さんは思ってなくて、私が思ってるって言ってもだめ?」

「だめ。止めといて。お母さんは思ってなくてとか言ったら、思ってるんだって大人は思うんだから。ねえ木本さん?」

急に話を振られて、へへっと曖昧に笑いながら首をかしげて見たが、石崎さんがじっと私を見るので、慌てて菜月ちゃんにうんうんと強くうなずいて見せたが、菜月ちゃんが言った。

「でももう水本さんに話しちゃった」

「あ~~」と石崎さんは言って、私も「わ~~」と思ったが、石崎さんはすぐに、「ま、いいか」と言った。

「もうこれで水本が誘って来なくなりそう」


 石崎さんの部屋には夕方近くまでお邪魔して部屋に帰ったが、ちょうど階段を降りたところへ、水本が部屋から出て来た。そして開けたままの水本の部屋から後を追うように黒猫のキイが出て来て、水本の足元へ体を擦り付けるように寄った。

 キイに懐かれて羨ましい。

 水本が私に気付いて声を掛けてくる。

「木本ちゃん、回覧板置いとくよ!」

「ありがとうございます。…キイって水本さんの部屋の中まで遊びに来るんですか?」

「来るよ。ベランダのとこから窓開けてたら勝手に入って来る」

いいなあ。

「なんかキイってさ、」水本が言い出した。「うちでむかし飼ってた犬の生まれ変わりなんじゃないかと思うんだよね」

また生まれ変わり説が出た。石崎さんもむかし飼ってた犬の生まれ変わりと言っていた。教えてあげたらすごく喜ぶかもしれないけど、そんなことで石崎さんに嫌われたりしたら嫌だから言わない。

「なんかしぐさがそっくりなんだよね」と水本が言った。

「犬とですか?」とつい口を挟む。

「そう。まあおかしな話かもしれないけど。座り方とか、上目遣いに見て来る時の目の感じとか、なんか醸し出してる優しい雰囲気だとか」

石崎さんと同じようなことを言っている。それでも犬も猫も、座り方とか四足歩行の動物ならそこまで変わらないし、上目遣いにしても、人間が立っていた当然犬や猫は上目遣いになる。

「どんな種類のワンちゃんだったんですか?」

「柴犬。黒い柴犬」

それはしぐさがというより、毛の色で生まれ変わりを判断してるんじゃないのか。

「思わずタツミって呼びそうになっちゃうんだよね」

石崎さんの話が出来ない代わりに、私は大家さんの奥さんがキイを見ていて『ハナちゃん』と呼びたくなるといっていた話を水本に教えた。

「へーーー」と水本は嬉しそうだ。「そりゃおばちゃん、仲間だな。生まれ変わり説推奨の」



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