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水本は予備校の講師、高森弟は高校の教師、石崎さんは工務店の事務をしている。高森姉は何の仕事をしているのだろう。あんな綺麗な人、どんな職場に行っても目立ってしょうがないだろうと思う。都会にいたらきっとモデルや女優にスカウトをされていたに違いない。大家さんの奥さんだってそうだ。
「木本ちゃん木本ちゃん」テキストを二冊持った水本が私を呼びながらまたやって来た。
この水本だって塾の講師なら女子高生や女子浪人生たちに滅茶苦茶騒がれているんじゃないだろうか。やたらと質問しに来たり、質問がなくても呼び止められたり。何の教科を教えているんだろうか。
「ねえねえ木本ちゃん」水本が言った。「あと手品の本あるとこ教えて欲しいんだけど」
「手品の本⁉」また変な声で聞き返してしまった。
「菜月ちゃんが手品習いたいって言ってたから」
手品を習いたいと言っていた菜月ちゃんに、水本は僕も手品できるよ、と言っていたのだ。
「昨日、手品出来るって言ってましたよね?」
「できないよ」さっくりと答える水本だ。
「嘘ついたんですか⁉」
「声大きいな。だって菜月ちゃんがあんなキラキラした目で、手品すごいって言うから。石崎さんもずっと亮さんの手品めっちゃ感動して見てたし。だからこれから本見て出来るようになろうと思って」
あんなめくるめく手品の間も石崎さんを見ていたのか。
「ドリルもですけど」私は冷たく言う。「手品だって、どんなに菜月ちゃんが教えてって言って来ても、石崎さんが許可しないうちは勝手に菜月ちゃんに教えない方が良いですよ」
純粋に手品を楽しんで習いたいとまで言っている小さい子に、手品が出来ると嘘をつくなんて有り得ない。
「そっかーー…そうだよね。わかってるんだけどさぁ。やっぱそうだよね!忠告ありがとう木本ちゃん。木本ちゃんは人見知りだけどちゃんと人のことを考えられる良い子だね。菜月ちゃんにウソついちゃったから、教えないにしても、三つくらいはなんか出来るようになっときたいと思ったんだよね。木本ちゃんお願い。僕が手品出来ないこと黙ってて。お願い!」
私を拝む水本を手品やクイズの商品がまとめて置いてある棚に案内した。菜月ちゃんに対して嘘を付かせたくないからだ。
「こんな広いとこなのに、ちゃんと本のある場所覚えててえらいねえ」
水本が褒めてくれた。
「いえ、まだ全然いろんなわかんないところも多くて」
そして手品の本を案内したついでに、夕べの手品のことを聞いてみる。
「水本さんは何回も見たことあったんですか?高森さんの手品」
「うん、あるよ」
「あの…夕べの手品すごかったですけど、」実際どうしても気になっているのだ。「最後箱の中に全部出てきたものが消えたじゃないですか?あれってどう風になってるんですか?」
「え?」
「モノだけじゃなくて鳥とか動物がたくさん出てきたじゃないですか。あれって最後どんな風になってるのかなって思って」
「どんな風になってる?」きょとんとする水本。「手品の種ってこと?」
「はいまあ…手品の種っていうか…出て来たのもすごかったですけど、箱の中に全部収まって…それであの後動物たちはどうなったのかっていう…」
「わかんないよ」水本は私の目の前でぶんぶんと手を振ってみせた。「手品の種は僕わかんない。手品出来ないって言ったじゃん僕」
「いや、あのたくさん出て来た動物たちって普段どうしてるんだろうなって」
「え?普段?手品で出て来た動物?知らない知らない。だってあれ手品じゃん。僕はあの種知らないから」
なんだかとぼけて見せているだけのような水本にイラっとして言い募ってしまう。
「でもあれって手品ですけど、実際いるやつをいろんなところから出すわけで、その実際普通の時はあんなにたくさんどうやって飼ってるんだろう、飼ってないとしてもどこから調達したのかなって思ったんです」
「あ~~…ね~~~。すごいよね。僕にじゃなくて亮さんに聞いてみたら?教えてくれないとは思うけど。だって種教えたら面白くなくなるもんね手品って」
そこで私の腕時計のアラームが小さく鳴ったので、きょとんとした顔で私の腕時計を見る水本に言った。
「レジに入らなきゃいけない時間なんです私。忘れたらいけないからアラームかけてて。もう行きますね」
「木本ちゃん、人見知りなのにレジ入れるの?偉いね。本選んだら後でレジ行くからね!」
水本は手をピラピラと振りながら言った。
休憩室は各店舗にはなく、休憩時間になるとどの店舗の従業員もみなショッピングモールの従業員休憩室に移動して休憩を取る。シフトで同じ時間に休憩の時間が入る人はいつも三、四名はいるが、広い休憩室が二部屋あるので、同じ休憩室の中でもバラバラの場所で休憩を取れるのはありがたい。短時間の学生アルバイトまで入れると、三十四、五人はいる書店の従業員だが、従業員同士のいじめや仲間割れなどはないし、仕事中必要な事があればきちんと連携はとれる職場なのだが、私のように人見知りでコミュニケーションをとるのが苦手な人が多く、みな必要以上に他人に絡まないようにしているようなので、ありがたく私も一人で食事をする。
引越しの荷物がきちんと片付き、やまぶき荘での生活も順調になってきたら簡単なお弁当も作ろうとは思っているが、今日は休憩室の横で営業している小さなコンビニで買ったシーチキンマヨネーズおにぎりとベーコンポテトパイ、苺入りのブルガリアヨーグルト、家から持参した水筒に入った温かいほうじ茶が昼ご飯だ。
まずお茶を一口飲み、石崎さんにラインを打つ。
「お疲れ様です
夕べはいろいろとありがとうございました
実は今日も水本さんが私の働いてる本屋に来て
今日は自分の仕事で使うテキスト買いに来たみたいなんですけど
私がちょうど菜月ちゃんが見てた図鑑を手に取っているところを見られて
ついうっかり菜月ちゃんが持っていた本だとバラしてしまいましたすみません
これから気を付けます」
石崎さん、ちょっと怒るかな。…というより逆に細かいことでわざわざ連絡してくる神経質な人間だと思われて、距離を取られるみたいなことがあったらどうしよう。面倒がられて早くもラインをブロックされたらどうしよう…。でも黙っていて、水本が菜月ちゃんの読んでいた本の話を石崎さんにして、私が教えてしまったのがわかったら、なんでそんなこと教えるんだろうって思われるよね?
一旦ベーコンポテトパイを少し食べながら、面倒くさいなとも思う。うっかり口にした私が良くない。
迷いに迷って送信した。
送信して、「あー送信したー」とすぐ後悔する。返信来るかな。スルーされるかも。スルーされたら嫌だな。石崎さんは仕事中かもしれない。
私はおにぎりのラップを外して食べ始めた。
水本は言っていたように、私がレジのシフトに入った後、しばらくするとレジにやって来た。レジは横並びに二台あって、そこに一人ずつ立つ。買う予定の本を持ち私に手を振りながら近付いて来た水本を、隣のレジに入っていた高田さんが劇見していた。高田さんは三十代後半の女性契約社員で、店長にさえいつも恐ろしい程の塩対応なのだが、年下のイケメンが大好きでイケメンにだけは優しいのだと、高田さんの塩対応が苦手な奥村さんが若干の悪意を持ってひそひそと教えてくれた。
「木本ちゃん」
レジに来た水本が私を呼ぶので、客の並んでいないレジの高田さんがこちらをあきらかに凝視しているのを感じ取る私だ。
「木本ちゃん、ごめん」水本は言った。「手品の本にだけカバーつけといてくれる?もしか誰かに見られて、亮さんのまね始め出したとか思われたら嫌だから。まあ、実際真似しようとしてるわけだけど」
私は無表情で「わかりました」と答え、テキストも合わせて三点をレジに通し、言われたとおりに手品の本にさくっとブックカバーを付け、お会計を電子マネーで受け取った。高田さんがその作業も劇見しているのを感じた。
「ありがとうございます。またお越しくださいませ」
通常の送り言葉を言う私。
「ありがと。手品出来るようになったら木本ちゃんにまず見せに行くわ。石崎さんに見てもらう前に」
水本がにこにこ顔で言うので、心の中で「え?まず私?」とドキッとする。
「木本ちゃんがOKくれたら石崎さんに見てもらう」
私は練習か。
「誰、あれ。もしかして彼氏?」
水本が去って行った後、高田さんがすぐ、ぼそっと聞いてきた。普段の高田さんは年下イケメン以外の全ての人間に対して塩対応を決め込んでいるので、まだあまり話をしたこともない私には何も聞いて来ないだろうと思っていたのに。
「めちゃくちゃイケメン。びっくりした」
びっくりしていない塩声で言う高田さんだ。
ここで同じコーポの住人だと言うと面倒だ。「知り合いの知り合い、みたいな感じです」
「ここ、よく来る人?」
昨日も来ていたけれど、高田さんは昨日は昼からの出勤だったから水本を見ていないはず。水本はここによく来るとは言っていたけれど、高田さんには目撃されていなかったんだろうか。
「どうなんですかねえ。あんまり親しくないんでわからないです」
「へーー。でも木本ちゃんて気安く呼ばれてたね」
高田さんとは今まで挨拶しかしたことないのに、しかもその挨拶も塩対応挨拶だったのに、やたら水本に食い付いてくる。
「誰にでもあんな感じらしいです。良く知らないんですけど知り合いが言ってました」
「へーー。でも手品を見せに行くって言われてたよね」
しつこい高田さんに一瞬嫌な顔をしてしまって、すぐ取り繕って苦笑いしたが高田さんは極塩声で言った。
「まぁ私には関係ないけど」
じゃあ聞くな、ともちろん思ったがちょうど客が並んだのでそこで話が終わって良かった。




