表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
10/25

 10

 「座って座って」

大家さんがにこにこしながら椅子をすすめてくれた。

 石崎さんは水本の隣にならないように大家さんの隣の椅子に先に手をかけ、その隣の席に菜月ちゃんを座らせた。私は菜月ちゃんと水本の間だ。

 石崎さんが立ったまま言った。「今夜はお招きありがとうございます。八号室に入った石崎と言います。シングルマザーです。こちらが娘の菜月で小学三年生です。ちょいちょい迷惑をかけるかもしれませんがよろしくお願いします」

石崎さんの挨拶を聞きながら大焦りしている。私も言うのか?と目を泳がせながら石崎さんを見ると、石崎さんがこくん、と頷いて言ってくれた。

「こちらは四号室の木本さんです」

そして私に、また少し頷いて合図をしてくれたので、私は「木本です。よろしくお願いします」と言うだけですんだ。良かった。ありがとう石崎さん。

 もう一度みんなが拍手してくれて、オレンジの双子はバンバンと響くくらい手を叩いてくれて、私たちが席に座ると、私たち三人以外の全員がわちゃわちゃと動き始め、床に散らばったクラッカーのゴミや紙テープを大まかに片付け、台所から食事や飲み物、食器を次々に運び、見る見るうちにテーブルがいっぱいになり、おいしそうなにおいが部屋中に満ちた。

 みな各自で、テーブルの上に置かれた飲み物から好きなものをグラスに注いでいく。水本が石崎さんに飲み物を聞く前に、大家さんの奥さんがビールを注いで渡していて、水本は私と菜月ちゃんのグラスに自分と同じコーラを注いでくれた。大家さんが乾杯の音頭を取った後、食べながら聞いてと言って、住人の紹介をはじめた。


 「まず私の隣にいるのが私の奥さん。春花ちゃんははじめてだよね?どう?うちの奥さんめちゃくちゃ綺麗でしょう?」

うんうんと、私は力強くうなずいた。にこにこと微笑む奥さんは本当に美しい。

「奥さんの向こうが五号室の高森亮くん。次が田村ミカちゃんとリカちゃんで、ここには住んでないんだけど、うちの奥さんの親戚です。今日遊びに来てくれたからそのまま参加となりました。見たらわかると思うけど双子ちゃんです。二人ともスポーツインストラクターをしてて、後もうめちゃくちゃダンスがうまいんだよ。ね?」

大家さんがオレンジ姉妹に促すと、二人は声を合わせて「「ウェ~~~イ」」と答えた。

 五号室の高森さんは小さく微笑んで会釈してくれたが、田村双子オレンジ姉妹は「「ウェ~~~イ」」の後はグラスのオレンジジュースを一気飲みし、すごい勢いで食べ物を自分の皿に盛り始め私の方を見てくれない。

 「それでその次が七号室の高森美々さんです。見てもわかんないと思うけど」大家さんが続ける。「高森亮君の双子のお姉さんです」

やっぱりこの人が高森姉か。高森姉は手のひらをヒラヒラさせて微笑んでくれたので、私はあわててお辞儀をした。

「美しい、美しいと書いて美々さんです。全く名前の通り!綺麗な人でしょう?」

奥さんの紹介のときと同じようにまたうんうんとうなずいた。本当に綺麗な人だ。

「お姫様みたいに綺麗」

菜月ちゃんが、思わず口から出た、という感じで言うと、高森美々は急にがたんと椅子から音を立てて立ち上がって、「ありがとう!ありがとね!すごいうれしい!菜月ちゃんもメチャ可愛いよ!」と菜月ちゃんに勢い込んで言ったので、菜月ちゃんが引いている。


 それにしても高森姉弟は、顔ばかりでなく雰囲気も見た目もとても双子とは思えない。

 そしてこの場所に二組も双子がいるのが結構すごいなと思う。

「それから水本くんです」

大家さんは水本も紹介したが他の人のように説明はなくそれきりだった。


 初対面の人たちと食事をする緊張でそわそわしていたが、石崎さんと菜月ちゃんもすぐそばにいるし、食事をはじめたら少し落ち着いてきて、部屋全体の様子がきちんと目に入り出した。

 今いる部屋は位置的に、私の部屋の台所の奥の部屋の六畳間と同じ場所になるのだけれど、隣の二号室との間をぶち抜いて部屋が大きくとってある。ベージュに紺色の小花模様の可愛らしいカーテンや、真向かいの壁の飾棚の花を無造作に入れたピッチャーや外国製のブリキの缶、細長くデフォルメされた緑色の木製のカエルの置物。部屋の隅の茶色い木製のチェストの上には何冊かの本が置かれ、その脇に写真立てが一つ。おしゃれなカフェのようなインテリアだ。

 料理は全部大家さん夫妻の手作りらしく、石崎さんも言っていた通り、どの料理も店で出せそうな出来栄えで、その料理が映える色とりどりの皿に美しく盛られていた。どれもみな、とても美味しかった。

 そして場の雰囲気に慣れて来たものの、私は自分からはしゃべることは出来ず、料理を口に運びながらも、どうやってもミカちゃんリカちゃんのオレンジ姉妹に目がいってしまう。二人だけで大食い早食い大会をしているかのように、それはもうものすごい勢いで食べ物を口に入れていくのだ。圧倒されてしまう。二人は食べる合間にオレンジジュースをガブ飲みし、ガツガツと食べながらも二人でずっとしゃべり続けているが、それは大抵食べ物の味のことで、これがうまい、あれがうまい、いや全部うまい、ここにはないけど他にアレが食べたい、また作ってよおばちゃん、今度あそこのラーメン屋に行こうよ水本!…などなど。唐揚げ、とんかつ、野菜サラダ、唐揚げ、カルパッチョ、パスタ、クリームコロッケ、唐揚げ、チャーシュー、唐揚げ、唐揚げ…炊き込みご飯、ポテトサラダ…、唐揚げ、唐揚げ…。唐揚げが大好きなんだなオレンジ姉妹は。大盛りの唐揚げは瞬く間に無くなり、大家さんの奥さんが追加でまた大盛りの唐揚げを持って来た。


 こういう会をわざわざ開いてくれるくらいだから、みんなから私自身のことをあれこれ細く質問をされるのではないかと身構えていたが、全くそんなことはなかった。ここに来る前はどこにいたのかとか、両親や兄弟姉妹はとか、一人暮らしは親が心配しないかとか、そういう私が答えたくない質問がすぐに飛んでくるだろうと思っていたのだ。でも、誰一人そういうことは聞いてこなかった。もしかしたら大家さんが、私には身寄りがいないということをある程度話していて、みんな気を使って聞いて来ないのかとも思ったが、私だけでなく石崎さんもプライベートなことは何も聞かれていなかった。

 そして私たちに質問しないばかりか、みんなも自分たちが何歳だとか、職業だとか、趣味だととか、どのくらいここに住んでいるだとかは全く誰も話さなかった。大家さんがオレンジ姉妹のことをスポーツジムのインストラクターと紹介しただけだ。とにかくみんなが話すことと言ったら、「それおいしいでしょ?」とか、「何が食べ物で一番好き?」とか、「一日にお菓子どれくらい食べる?」とか、「仕事のお弁当はどうしてる?」とか、「唐揚げにこのソースかけてみて?」とか、「そこの皿取って」とか、とにかく食事に関することがほとんどで、挙句最近やってみて美味しかった意外な食べ物の組み合わせについてみんな話始めた。みんな見た目に反してよくしゃべるので、それにも圧倒されたが、私はやはり人見知りをしてしまって、「はい」とか「何でも食べます」とか「おいしいです」とかしか答えられず、それがとても恥ずかしい気がしたが、隣の菜月ちゃんに食べ物を取ってあげたり、時折みんなを見てにこにこして見せながら、その場になじんでいる振りをした。

 みんなのいる前で、水本が石崎さんに何か絡んだりするのではないかとも思って勝手に心配していたが、それもなかった。ちゃんと常識はあるんだなと思う。


 「じゃあそろそろ、」と、ある程度飲み食いが落ち着くと、大屋さんが立ち上がった。「亮さん、はじめてもらいましょうかね」

高森弟が静かに立ち上がった。そう言えば菜月ちゃんが、五号室の人が手品を見せてくれるらしいと言っていた。菜月ちゃんの目がキラキラと輝いている。

 趣味で手品をやっているんだろうか。高森弟は見た目が繊細で明るい感じではなさそうで、人前で手品なんてやってみせるようには見えないのだ。

 オレンジ姉妹が食べるのをピタリと止めた。

 高森弟が部屋から静かに出て行くと、大家さんの奥さんも高森弟の後を追うように出て行った。大家さんは部屋の隅のチェストの下の段の引き出しを開けている。高森姉と水本はまだ残ったものを食べていたが、二人とも瘦せ型なのに結構な量を食べているように見えた。

 オレンジ姉妹が急に、バッ!と二人同時に立ち上がった。「「部屋片さなくちゃな、なあ水本」」

唐揚げの最後の一個を口に入れたばかりの水本が、「ん?」と二人を見上げる。「「ほら!」」とオレンジ姉妹が水本をもう一度促した時に、高森姉が言った。

「もう今日は手品なんて止めとけばいいんじゃないかな、このままゆっくりデザート食べたいのに…」

言い終わらないうちに高森姉を椅子ごと、オレンジ姉妹が持ち上げて後ろにずらし、そのまま軽々と部屋の隅に移動させた。

 それを見ていた水本が仕方なさそうに立ち上がって言った。「あーー。じゃあ石崎さんも木本ちゃんも椅子を部屋の後ろに移動させて並べといてください」

私と石崎さんは言われた通り椅子を移動させると、水本は手際よくテーブルの上を片付け始める。石崎さんが片付けを手伝おうとしたら、水本が止めた。

「僕とミカリカがやっちゃうんで、菜月ちゃん見ててあげてください。木本ちゃんはお皿運ぶの手伝って」

水本はオレンジ姉妹のことをミカリカって呼んでるんだな。仲が良いのかもしれない。ラーメン食べに行こうって誘われてたし。

 水本が隅の棚に置いてあったお盆を私に渡して来たので、水本のように素早くは出来ないが、とにかく真似をしてテーブルの上のものを台所の方に運び込む。テーブルはあっという間に片付き、オレンジ姉妹がテーブルの端をカチャカチャ触っていたが「「せーの!」」とテーブルをコンパクトに畳み、三分の一くらいになったテーブルをもう一度「「せーの!!」」と二人で持ち上げて、椅子を並べた反対側の窓際へ運んだ。畳めるテーブルだったのか、と周りを見ると、椅子ごと運ばれた高森姉はそのまま大人しく座っていて、石崎さん親子は立ったまま邪魔にならないように私たちの作業を見ていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ