第九十四話 連携
「話は済んだようだな。――お前たちも来い」
その低く静かな声に、スノーたちの表情が引き締まる。
「ワタルたちは……?」
サヤが小声で尋ねる。
「先に案内している」
とハルクは短く答えた。
ウィングが補足するように笑う。
「あの部屋か…彼らもちょっと驚いてるだろうよ…」
スノーが「え、なにそれ?」と戸惑いながらも、
ハルクの背中についていく。
細い廊下、石造りの階段。
空気は徐々に冷たさを増し、
湿り気を帯びていく。
やがて――巨大な鉄扉が行く手を阻む。
ハルクが手をかざすと、
中の仕掛けが軋みながら動き始め、
ゴゴゴゴ……ッ
扉が重々しく開かれた。
眩しい白光が溢れ、
スノーたちは思わず目を細める。
視界が開けたとき――
見渡す限りの広大な空間が広がっていた。
高い天井、白石の床、巨大な柱。
地下とは思えない規模の“訓練場”。
そして、その中央付近で――
ワタルとファングが立っていた。
ハルクに案内され、
場を見回していたらしい二人が、
スノーたちに気づいて振り向く。
「スノー! ハウン、サヤ!」
ワタルが少し緊張気味に手を振る。
ファングは腕を組んだまま、
「よう。ここ……とんでもねぇ場所だぞ」と低く告げる。
スノーは息を呑む。
「えっ……地下にこんな場所が……」
ハルクは一歩前に出て、全員を見渡しながら言った。
「――ここが、この拠点の地下にある“修練場”だ。お前たちには、これからここで己の力を鍛えてもらう」
「ここで?」サヤが喉を鳴らす。
「そうだ…だがな…俺に教えられることなどもはやないかもしれない…今やラグド王国一のパーティだろう…」
その言葉に、スノーたちは一瞬ぽかんとした顔になった。
「いやー!ハルクさん!オイラ達よりも強いってことはないだろ!?」
ウィングは両手をぶんぶん振りながら、全力で否定する。
「だからウィング…ボンゾウ…お前達も修行をつけろと言いたいんだ…」
その言葉に、ウィングとボンゾウの動きがぴたりと止まる。
ハルクの瞳は、冗談ではなく、まっすぐ二人を見据えていた。
ウィングはしばらくぽかんとしてから、やがてニッと笑って肩をすくめた。
「……はいはい、そういうことね。分かったよ、ハルクさん。要するに――
怠けてると置いていかれるぞ、ってことだろ?」
「その通りだ。」
ハルクは短く答えたが、その声に冗談めいた甘さは一切なかった。
「お前たちは強い。だが“今のまま”では足りない。
若い者たちは伸びしろがある……だったら――」
ハルクはスノー、ハウン、サヤ、ワタル、ファングへと視線を滑らせた。
「――それを導くのが、お前たちの役目だ。」
ボンゾウも腕を組み、力強くうなずいた。
「……ふむ。つまりオラたちも、一緒に鍛え直されるって。」
「おうよ。いいじゃねえか。」ウィングが牙を見せて笑う。
「久々に本気でやれるってことだしな!」
スノーはワクワクと不安が混じったような声で言う。
「わ、私たちを鍛えるって……ど、どんなことするの?」
「2人ずつでオイラにかかってこい。いいか2人だ…まとめて片付けてやるよ」とウィングはギリッと目を鋭くさせる。
ウィングの獣人らしい獰猛な気配と笑みが、訓練場へとあふれ出す。
そこに――
ボンゾウがぼそりと、しかしよく通る声で茶々を入れた。
「……三人以上じゃないと倒せないと思ってるんだな。」
「はぁ!?誰がそんな弱気で言ったよ!!」
ウィングは勢いよく振り返り、耳をピンと立てて怒鳴った。
「2人がかりでかかってきて良いだなんて…随分強気じゃねえか…」とファングは腕を回し、半眼でウィングを見据えた。
その声音は、挑発でもあり、興味でもあった。
ウィングはニッと犬歯をのぞかせ、しっぽをひと振り。
「戦場ではパーティが離散してしまうこともあり得るだろう…オイラが組み合わせを決めさせてもらう…」
その言葉に訓練場の空気がピンと張りつめる。
ハルクもすぐに頷いた。
「良い判断だ。敵に引き裂かれ、
本来の連携が取れなくなることは珍しくない。」
「そ、そんなことまで想定しての修行なんですか……」
ハウンが思わず息を呑む。
ウィングは指を一本立て、ゆっくりと歩きながら続けた。
(ワタル達のパーティが俺たちを凌ぐだなんて言い過ぎだ…いい加減、オイラの力を見せつけねぇと、舐められるわけにはいかねぇ。)
ほんの僅かに尻尾の毛が逆立つ。
その感情を悟られないよう、ウィングはわざと大げさに鼻で笑った。
「ま、ハルクさんがどう言おうと――
“上には上がいる”ってのを教えてやるだけさ。」
ファングが細めた目で、じっとその横顔を見た。
「……ずいぶん張り切ってるじゃねえか。」
「当たり前だろ!」
ウィングは即座に言い返し、胸を叩く。
「オイラは“新人に追い抜かれる先輩”にはならねぇ!
お前らを鍛えるって言ったからには――
本気で叩き潰すサイドの先輩だ!!」
スノーが「潰すって言っちゃったよ!?」と叫び、サヤは半歩後ずさり、
ワタルは苦笑いしながらも、ほんの少しだけ背筋を伸ばす。
ハウンは表情を和ませつつ言った。
「でも……気持ちは伝わります。
“本気で向き合ってくれる”ってことですよね?」
ウィングは照れくさそうに鼻先をかきながら、そっぽを向いた。
「……まぁ、そういうことだよ。」
ボンゾウがうんうんと頷き、
ハルクは口元をわずかに上げる。
そして――ウィングは改めて全員を見渡し、獰猛な笑みを浮かべた。
「さあ、覚悟しろよ。
“強くなる”ってのは、楽じゃねぇ。
――まずは最初のペアを決めてやる。」
ウィングはゆっくりと場を見渡し、
獣人の勘で全員の気配と呼吸の乱れを読み取る。
そして――
にっと口角を上げ、迷いなく指先を突き出した。
「最初のペアは…… スノーとファング!」
スノー「えっ……!?」
ファング「……よし…」
ウィングが構えを取る中、
スノーとファングはゆっくり前へ歩み出した。
白石の床に二人の足音がコツ、コツ、と響く。
ファングは双剣を肩に担ぎながら、
横目でスノーを一度だけ見た。
「……大丈夫か?」
「へ!?」
スノーは急に話しかけられて、思わず声が裏返る。
「いいや…なんでもない」
ファングは短くそう言って、視線を前に戻した。
「……?」
スノーが首をかしげた、そのとき――
ハルクの低い声が場に落ちる。
「ここでは遠慮はいらん。
魔法でも剣技でも――いくらでも放て」
スノーがきょとんと振り向く。
「え、ここってそんなに頑丈なの?」
ボンゾウが顎をしゃくって、天井や柱を指さした。
「この地下はな、王都の連中と、腕利きの魔術師たちが造った“実験場”の改良型だ。
結界と強化魔術が幾重にも張ってある。
ちょっとやそっとじゃ壊れねぇよ。」
ウィングもニヤリと笑って付け足す。
「前にな、オイラが本気で暴れて柱ぶっ壊そうとしたことがあったんだが――
逆にオイラの骨の方がいきかけたからな。」
「なにやってるんですか……」
ハウンが額に手を当ててため息をつき、
サヤは小さく息を吐いた。
「……まあ、そのおかげで安心して撃てるわけね」
スノーはぱっと顔を明るくした。
「じゃあ、本当に全力でやっていいんだ……!」
胸の奥で、ずっと絡まっていた“加減しなきゃ”という不安がほどけていく。
ウィングが二人との距離をゆっくり取りながら、腰を落として構えた。
耳がぴんと立ち、尻尾の動きがぴたりと止まる。
さっきまでの軽口が嘘みたいに、
獣人としての殺気だけが、静かに、鋭く立ち上る。
「よし――説明は終わりだな」
黄色い瞳が細められ、スノーとファングを射抜いた。
「スノー、ファング。
遠慮も手加減もいらねぇ。
“お試し”じゃなく、本気でオイラを倒しに来い」
ファングは双剣を両手で握り直し、短く息を吐いた。
「……聞いたろ、スノー。
手加減なしで行くぞ」
「うん!」
ファングは返事を聞くと同時に――
地を蹴った。
ドンッ!!
重い一撃を叩きつけたような踏み込みの音が訓練場に響く。
床がきしむほどの加速。
双剣の刃が光を裂き、ウィングの眼前へと迫った。
ウィングの耳がぴくりと動く。
「来やがったな――!」
牙を見せて笑い、
横へ跳ぶのではなく、 正面から踏み込む。
獣人同士、速度勝負の真っ向勝負。
ガキィィィンッ!!
ファングの双剣と、ウィングの鉤爪がぶつかり、
白石の床に火花が散った。
スノーは反射的に息を呑む。
(は、速い……!)
強化魔術の結界がなければ、風圧だけで壁が砕けているほどの衝撃。
ファングは低く呟く。
「……やっぱり……手加減なんかする気は、最初からねぇな」
「当たり前だろ!オイラに甘い顔を期待するなよ!」
ウィングは踏み込んできたファングの剣筋を読み、
前足の爪でいなそうとした――その瞬間。
ファングの足元が、ふっと沈む。
「!」
ウィングの表情が一瞬だけ変わる。
(フェイント――!)
ファングは一歩分だけ踏み込みの軌道を変え、
双剣を交差させて真下から斬り上げた。
「ぐっ――!」
ウィングは咄嗟に腕でガードするが、
衝撃で体が少し後ろに跳ねる。
スノーは目を輝かせた。
「ファング……本気だ……!」
ワタルもごくりと唾を飲む。
「すげぇ……ウィングさん相手に押してる……!」
だが――
ウィングは跳ねながらも、
着地した瞬間にはもう笑っていた。
「……ふぅ。こりゃ本腰入れないとまずいかもな…」
ウィングは着地と同時に息を整え、
床を蹴ると、再びファングへ真っ向から突っ込んだ。
ガキィィィンッ!!
双剣と鉤爪がぶつかりあい、
白石の床に火花が散る。
「はぁッ……!」
「おらよッ!」
ファングの二撃、ウィングの三撃。
速度も重さも、さっきとは段違いだった。
刃と爪が弾けるたび、
金属音が雷鳴みたいに響く。
スノーは思わず前へ出てしまうほど、息を飲む。
(速い……!音しか追いつかない……!)
ファングの剣筋は鋭い。
“討伐のために研ぎ澄まされた刃”というより、
“敵を前にした瞬間に本能で切り裂く獣の剣”に近い。
対するウィングの爪は、
同じ獣人でありながらも、
**長年の経験で磨き上げられた“技”**が宿っていた。
「ぐっ……!」
ファングが再び爪を弾き返し、
横薙ぎに斬り払う。
しかしその剣が通る前に――
ウィングの片足が沈む。
「甘ぇよ」
低い声。
次の瞬間、ウィングの膝がファングの腹にめり込む。
ドッ!!
「ッぐ……!!」
ファングの体がぐらりと浮き、
その隙を狙ってウィングの爪が首元すれすれで止まった。
スノーの心臓が跳ね上がる。
(や、やられる――!)
その瞬間。
ファングの右腕が、ほぼ反射で動いた。
ガギィィン!!
首元に迫る爪を、
右手の剣がぎりぎりの角度で弾く。
「……させねぇよ……!」
ぎり、とファングの歯が食いしばられる。
ウィングは楽しそうに目を細めた。
「ほう……今のを捌くか。
なんつー……勘と反応だ」
「……ありがとよ……褒め言葉として受け取っとく」
「褒めてねぇよ。“殺すなら今”だったって言ってんだ」
ウィングの殺気が、一瞬だけ濃くなる。
スノーの足がすくむほどの圧。
ファングも額を汗で濡らしながら応じる。
スノーは息を呑んだまま、
胸の奥でじわじわと焦りが膨らんでいた。
(打ちたい……氷を撃てば、ファングもきっと動ける……!
でも……今の距離じゃ……巻き込む……!)
ファングとウィングは、まるで刃と獣が絡み合うように
一定の距離を保たず、瞬間瞬間で踏み込み、押し返し、揺れ動く。
氷魔法の“範囲”が、どうしてもかすめてしまう。
手を上げたまま、スノーは震えそうな指をぎゅっと握りしめた。
(ファング……早く動いて……!
私の魔法……当てちゃう……!)
スノーの胸の奥で、焦りと恐怖と、
それでも“戦いたい”という意志がぐるぐるに混ざっていた。
(撃たなきゃ……!でも……ファングを巻き込んだら……!
弱めれば……!弱めればいい……!)
ウィングとファングのぶつかり合いは、
もはや肉眼では追えない。
踏み込みの音、火花、息遣いだけがスノーに届く。
その中で――
「スノー!! 今だ、撃て!!」
ファングの叫びが、鋭い風のように飛んできた。
「っ……!」
スノーの意識が一気に一点に集中する。
(撃つ……!けど……威力……落として……!)
スノーの手のひらから白光が広がる。
空気が一気に冷え、
床には薄氷が走り―
白い冷気が矢のように放たれた。
だが――
ウィングの耳が、ピクリと動く。
「……弱い」
一言、吐き捨てるように言った。
スノーの顔から血の気が引く。
(見抜かれた……!)
ウィングはファングの剣をいなしながら、横へ跳ぶ。
氷の矢はウィングの真正面を通過し、
後方の白石の地面にぶつかって砕け散る。
「やめだ…なっちゃいない…」
ウィングは氷の破片が散る方向へちらりと視線を向け、
すぐにファングとスノーへ向き直った。
だが――先ほどまでの殺気立った雰囲気とは少し違う。
声は低いが、どこか柔らかさがあった。
「……悪ぃな、スノーちゃん。厳しい言い方に聞こえたかもしれねぇけどよ」
耳が少しだけ伏せられ、
獣人らしいわずかな“気遣い”が混ざる。
「弱めたの、分かったよ。
ファングくんを巻き込むのが怖ぇんだろ?」
スノーの肩がピクリと揺れた。
「そ……それは……だって……!」
ファングも横目でスノーを見る。
ウィングは爪を引っ込め、少しだけ穏やかな目になる。
「責めてるわけじゃねぇ。
むしろ当然だ。仲間を巻き込みたくねぇって気持ちは、悪くねぇよ」
スノーの張りつめていた呼吸が、ほんの少しだけ緩む。
だが、ウィングは優しい声のまま、静かに続けた。
「ただな――“信じられねぇまま戦う”のが、一番危ねぇんだ」
スノーは息を呑む。
ファングも、ほんのわずかに目を伏せた。
ウィングは二人の間に視線を往復させる。
「スノーちゃん。今……ファングくんの動きが見えてねぇ。だから魔法を弱めて撃った」
「……っ」
「ファングくんもだ。スノーちゃんが撃ちやすいような動き方、してねぇ…ただ単に自分が苦戦しているからって顔して戦ってたろ?」
ファングは一瞬むっとしたように眉を寄せた。
「……そう見えたか?」
「悪ぃが、見えた。いや、気持ちは分かるぜ?」
「……なぁ、二人とも」
火花と氷の余韻が残る訓練場で、
その声だけが不思議なくらい澄んで響いた。
スノーもファングも、肩で息をしながら顔を上げる。
ウィングは爪を完全に下ろし、
まっすぐな瞳で二人を見た。
「どうしたら……今、“本気の魔法”が撃てたと思う?」
その質問は、叱責ではなく、
ただ静かに――しかし確かに核心へと踏み込むものだった。
スノーの唇がわずかに震える。
ファングは歯を食いしばったまま、
その問いの意味を考えている。
「スノーが本気を出そうが、俺は避ける…それだけの信頼がなかったってことだろう…?」
スノーは思わずファングの横顔を見た。
その言葉は淡々としているようで、
どこか……悔しさをにじませていた。
ウィングは短く鼻を鳴らす。
「……まあ、大体合ってる。
ただな――」
ウィングはスノーとファングの間に視線を往復させ、
さっきの殺気とはまるで違う、
“教える者”の静かな気配をまとった。
「本気でぶつけてもファングにだけダメージがなかったとしたら
スノーの呼吸が、一瞬だけ止まった。
「……え?」
ウィングはゆっくりと手を上げ、
スノーの魔法の軌道を示すように空をなぞる。
「お前の魔法が、
**“狙った相手にだけ作用して、巻き込みたくない相手を避ける”**としたら――」
スノーの緑の瞳が大きく開かれる。
ファングも、驚きに双剣を少し下げた。
ウィングは肩をすくめて笑う。
「そしたらさ。
本気で撃つのに、何を怖がる必要がある?」
スノー「……巻き込まない……?
そんなこと……魔法で……できるの……?」
少し離れたところで聞いていたハウンが、そっと手を挙げる。
ウィングの問いかけで場の空気が静まり返ったその時――
ハルクがゆっくりと口を開いた。
「……“可変式連携魔法理論”。
スノー、お前たちに必要なのはこれだ。」
その名を聞いた瞬間――
ハウンの肩がビクリと震えた。
「……っ!」
全員がハウンを見る。
ワタルでさえ、ハウンがこんな反応をするのは珍しいと目を丸くした。
ハルクは淡々と言葉を続ける。
「もとは回復魔法の研究だ。
“魔力を一方通行で流す”という従来の考えを捨て、癒される側の“魔力の反応”を取り込み、回復の流れを循環させることで効率を上げる――そんな理論だったな。」
ハウンはこくりと頷き、
文献を読む時と同じ真剣な目で言葉を重ねる。
「……そう。“回復魔法って、一方通行のようで、実は相互信頼で成り立ってる”って話……それを支えるのが、この“循環”の概念なの」
スノーとファングはぽかんとした顔で聞いているが、
ハルクは彼らを見据えたまま、続けた。
「そして――
この理論は攻撃魔法にも応用できる。」
スノーが突然「あっ」と小さく声を上げた。
「……それ、ハウンちゃんが読んでた難しい本に書いてあったやつだよね!
“可変式なんとか魔法”って……ほら……回復魔法をすごく安定して強くできるって、嬉しそうに言ってた!」
ハウンは一瞬、はっと目を瞬かせた。
「……う、うん。あの時は……回復魔法にしか使えないと思ってたの。でも……ハルクさんが言うなら……」
ハルクは腕を組み、深く頷く。
「ただ失敗したら取り返しがつかないことになるよな…」とワタルの一言に訓練場の空気が、一瞬だけさらに重く沈む。
スノーは肩をすくめ、
ファングは眉をひそめ、
ハウンもサヤも不安げにワタルを見る。
その心配は、誰もが胸のどこかで抱えていたものだった。
ウィングはワタルの言葉に、耳をピクリと動かしてから鼻を鳴らす。
「言ってることはすっごく正しい。
一つのミスで仲間が死ぬ。戦場じゃ普通にある話だ。」
スノーはビクッと肩を震わせた。
だが、
ハルクはゆっくりと視線をワタルへ向け、静かな声で言う。
「……だからこそ、“今”ここでやるんだ」
ワタルは目を見開く。
ハルクは続けた。
「外で失敗したら命を落とす。
だが、この訓練場なら違う。“実験の失敗を前提に作った場所”だ。魔力の暴発も衝撃も、すべて吸収する結界が張ってある。そして、吸収された魔力は癒しの力に…いくらここでは死ななければどんなケガをしても問題はない…」
ウィングも肩をすくめて笑った。
「安心しろよワタルくん。
ここならスノーちゃんの全力氷魔法をぶっ放しても……ファングくんが軽く凍るだけだ」
「軽く!?」
「軽くだよ軽く!」
ファングとスノーの驚嘆が響いたが、
それもそこそこに、場は再び静まり返った。
そんなやりとりの横で――
ハウンは心の中で、別のところに意識を向けていた
(……魔法の暴発を“吸い込んで”、
しかも衝撃を“癒しの力”に変えてる……?
普通なら絶対どこか壊れるはずなのに……どうして?)
魔力が暴れれば、結界はゆがむ。
衝撃が大きければ、壁も床も砕ける。
それが当たり前だ。
なのにこの空間は――何も壊れない。
(……回復魔法の仕組みとも違う……
もっと根っこの部分で魔力を扱ってる……?)
難しく考えないようにしても、
疑問は次々に湧いてくる。
(どうして……こんなことができるんだろう……?)
ハウンはぎゅっと胸元の布を握りしめる。
目の前で仲間が戦っているのに、
頭の中は別の不思議でいっぱいだった。
訓練場では、その後――
まるで時間が一気に加速したかのように、五人の動きが次々と入れ替わった。
氷が砕け、砂が舞い、剣が閃き、癒しの光が揺れ、
その全ての中心に、互いの“気配”を探り合う五つの影があった。
スノーとファングが距離を取りながら走る。
ファングはわざと大きく動き、スノーの視界に入り続ける。
彼が軽く顎で合図をすると、スノーは迷いなく氷槍を放った。
「いいぞスノー! その調子だ!」
氷槍はファングをかすめるように軌道を曲げ、
ウィングの足元を凍り付かせた。
ウィングは豪快に笑いながら、それを跳び越える。
「おーおー、本気の魔法が撃てるようになったじゃねぇか!」
そのウィングは次の瞬間、
ワタルと対峙し、拳と刃で激しく打ち合う。
「ワタルくん!もっと踏み込め!」
叱咤に応えるように、ワタルの剣筋が鋭くなる。
足元に砂がふわりと舞い、視界を覆った。
「今!」
砂魔法――サヤだ。
ワタルの動きに合わせ、敵だけに砂を集中的にぶつけている。
ウィングはにやりと笑って砂を払いながら叫ぶ。
「いい連携だ! ようやく“合わせる”って意味が分かってきたな!」
その横では、ハウンが深い呼吸とともに光を満たし、
走り回る仲間の動きに合わせて治癒魔法を流し込んでいく。
「次、スノー……!今の衝撃、少し来てるわね……!」
「う、うん……!助かるハウンちゃん!」
回復しながらも、ハウンはスノーの魔力の揺れを感じ取り、
正確に、最小限の魔力で治していく。
(こうやって……“循環”するのね……
魔力が互いに行き来する……これが連携の形……)
ハウンの光が仲間に触れるたび、
五人の魔力の流れがだんだん揃っていくのが分かった。
ファングとワタルは互いの死角を補い合い、
サヤは敵役のボンゾウの懐に砂の罠を滑り込ませ、
スノーはその罠の流れに合わせて氷を重ね、
ウィングは全員を相手に回避と圧力の両方で強制的に動きを整えさせる。
「そこ!遅れたら置いてくぞ!」
「ちょっと待ってウィングさん速すぎる!!」
「文句言うな!戦場はもっと速ぇ!!」
全員が必死に食らいつく。
氷の破片と砂の渦が白石の上を滑り、
剣が閃くたびに火花が舞い、
治癒の光が波のように五人を包んだ。
誰か一人が遅れれば、他の誰かが補う。
誰か一人が走れば、全員がついていく。
個々の力が、線ではなく
ひとつの“輪”になっていくのがはっきりと分かった。
息が切れ、汗が落ち、それでも顔が上がる。
「……もう一回!次はもっと速くいける!」
「おうよ……来い、スノー!」
「ワタル、その動きいいわよ!続けて!」
「ちょ、ちょっと待って!砂が跳ね返ってるんだけど!?」
笑い声と叫び声が入り交じり、
訓練場には――
五人が確かに“強くなっていく”音が響き続けた。
氷が砕ける音と、靴音と、息遣い。
それらが訓練場に反響するたび――
五人の胸の奥で揺れる、別々の思いが交差していった。
⸻
ファングと並んで走るスノーの心臓は、
戦いのせいだけじゃなく、別の理由で早鐘を打っていた。
(もっと……信じたい。
ファングなら避けてくれるって……本気で思いたいのに……)
さっきの失敗が胸に重く沈む。
ふと、横から低い声が聞こえた。
「スノー……さっきは悪かったな」
え、とスノーが顔を上げると、
ファングは視線を前に向けたまま、ほんの少し口元をゆがめていた。
「お前が撃ちやすい動き……考えてなかった。
俺も……信じ切れてなかったのかもしれねぇ」
その言葉が、胸の奥をきゅっと締めつけた。
「ち、違うの……私が……怖がったから……!」
「なら――互いに直すしかねぇだろ」
短い言葉なのに、不思議と強かった。
その強さが、スノーには少し眩しかった。
少し離れた場所。
ワタルはウィングと打ち合いながら、
心のどこかで、ずっと胸の奥をざわつかせていた。
(失敗したら取り返しがつかない……
あんな風に言っちゃったけど……)
ウィングの爪が勢いよく迫る。
「ワタルくん、また余計なこと考えてる顔だぞ!」
「ぐっ……!?やっぱバレてる!!」
「心配すんのは悪くねぇがな――仲間の“可能性”まで縛るなよ!」
ワタルの足が止まりそうになる。
(……仲間の……可能性……?)
ウィングの一撃が、迷いごと吹き飛ばすようにぶつかってきた。
⸻
その衝撃と同時に――
ハウンの光が静かに仲間を包み込む。
(……なんでこんなに胸が熱いんだろう……)
視線の先でスノーが、
勇気を振り絞った顔で魔法を構えていた。
ファングはその魔法に合わせるように、
わざと大きく動いている。
ワタルはまだ迷いが滲むが、
それでも目だけは前を見ている。
サヤは小柄な体で必死に砂を操り、
仲間の隙に合わせようとしている。
(みんな……怖いのに……それでも前に進もうとしてる……)
胸の奥が、じん、と熱くなる。
その瞬間、ハウンの中で
ずっと解けなかった魔力の“何か”が、ふっと繋がった。
(……そうか。
これが……“信じる”ってこと……)
回復魔法の光が、いつもより少しだけ温かく広がった。
サヤは砂を操りながら、
じっとスノーを見ていた。
(スノー……そんな顔、するんだ……
ファングを信じたいって、そんな顔……)
胸の奥がチクリと刺さる。
けれど同時に、スノーが震えながらも前に立つ姿が……
ほんの少しだけ、励みにもなった。
(……私も……怖いけど。
誰かを守れるくらい強くなりたい……)
ぎゅっと拳を握りしめ、砂を蹴り上げた。
「ワタル!次の足場、作るよ!」
「ありがとなサヤ!!」
サヤの胸が、わずかに温かくなる。
そして――
五人の視線と魔力が、一つに重なる瞬間があった。
スノーの氷が、ファングの動きに合わせてしなやかに曲がる。
ファングの剣筋は氷の影をすり抜けるように美しく通る。
ワタルは迷いのない足踏みでそれに続き、
サヤの砂は敵にだけ絡むように流れ込み、
ハウンの光が全員の動きを自然に整えていく。
その一瞬だけ――
五人は、自分たちがどれだけ強くなれるかを確信した。
息が上がり、膝が笑い、汗が滴っても、
顔を上げれば仲間がそこにいた。
氷がきらめき、砂が舞い、剣が火花を散らす。
息が切れて、足が震えて、魔力は何度も途切れそうになる。
それでも――
五人の顔には、不思議な光が宿っていた。
苦しいのに、悔しいのに、
どこか“楽しそう”にすら見える笑顔。
そして、それを見ているハルクたちにも、
胸の奥に熱いものが込み上げていた。
⸻
ファングとスノーが距離をとり、
互いに息を整えながら笑う。
「今の避け方……ちょっとかっこよかったよファング!」
「お前が撃ったからだ……悪くねぇ」
スノーは嬉しそうで、
ファングは照れくさそうに目を逸らした。
その様子を見て、ボンゾウは腕を組んでうなった。
「……あれ、修行中の顔じゃねぇぞ。
本当に楽しんでやがる……」
ウィングは犬歯を見せて笑った。
「いいじゃねぇか。命がけの戦いでも、
“楽しめる奴”から強くなるんだよ」
ハルクは二人よりずっと静かだった。
ただ腕を組んで、五人の姿をずっと見つめていた。
スノーが氷を放つたび、
ファングが踏み込むたび、
サヤが砂の流れを操るたび、
ワタルが仲間の背を追いかけるたび、
ハウンの光が皆を支えるたび――
その一つ一つに、
彼の中の何かがわずかに揺れる。
(……あの頃の俺たちも、こうだったか)
若かった頃。
無茶もした。
泣くほど悔しい日もあった。
でも、剣を握れば、誰よりも仲間と笑っていた。
ふと、隣でウィングが言う。
「なぁハルクさん……
あいつらさ、きっとまだ強くなるよな?」
ハルクは即答した。
「なる。――“楽しめている”うちは、限界なんて来ない」
その言葉に、ボンゾウも鼻を鳴らして笑う。
「確かに……つらそうな顔してんのになんか生き生きしてるんだよな。あいつら」
ハルクは静かに頷いた。
五人は今、
必死で、怖くて、苦しくて――それでも。
仲間が横にいるだけで、
魔法が繋がっただけで、
剣が届きそうになっただけで、
心のどこかで“楽しい”と思えてしまう。
それは強さの芽であり、
絆の証であり、
生きる力そのものだった。
ハルクは胸の奥で小さくつぶやく。
(……強くなれ。
俺たちが見られなかった景色を……お前たちはきっと見られる)
疲労が溜まり、身体は重い。
だが、心は折れない。
むしろ――笑っていた。
「ファング!ちょっとは手加減してよ、こっち素人なんだから!」
「スノーが撃つ前に叫ぶから読めるんだよ」
「そ、それは……クセなんだよ!!」
サヤは砂だらけ、ワタルは氷まみれ。
ハウンはもう何回癒したか分からない。
ウィングはその様子を見ながら鼻を鳴らす。
「キツい顔してんのに……
なんであんな楽しそうなんだ、あいつら」
ハルクは小さく答えた。
「仲間が隣にいると、弱さは武器に変わる。 ……俺たちも、そうだった」
ウィングとボンゾウは一瞬だけ黙り、
その言葉を噛みしめたように視線を落とした。
五日目。
静寂が訓練場を満たす。
スノーの氷が走り、
ファングの剣がその隙を突き、
ワタルが動線を作り、
サヤが制圧し、
ハウンが支える。
呼吸が同じリズムで重なり、
魔力は循環し、
動きには迷いがない。
ウィングが笑う。
「……やべぇな。
オイラ、普通に押されてんだけど?」
ボンゾウは鼻で笑いながら言った。
「五日でここまで来るとはな。
……ハルクさんの見る目もまだ死んじゃいねぇ」
ハルクは答えず、ただ五人を見つめ続けた。
五人は傷だらけで、息も荒い。
でも、笑っていた。
誇らしげに。
未来を信じるように。
仲間を信じている顔で。





