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贖罪  作者: 北村 達也
39/320

贖罪39

「私は思わないわ。あなたのどんな所も受け入れるわ。人ってみんな変なところがあるものよ。

私だって夜に歩くのが怖かったりするし、アゼだって変わっているし、みんな自覚がないだけで、

ある点において変わっているから。だから…私に変に思われるかもなんて思わないで、教えて。」


 それまで彼女は入り口の所に立っていて、彼は部屋の奥にいたが、

話の途中で彼女はカツカツと靴の音を立ててゆっくりと彼のいる方へと歩いていき、

腕一本くらいまで彼との距離を縮めて、彼を見つめた。


 彼女は違った。


 彼の外見に惹かれて寄ってきて彼が面白くなければ直ぐに消えて行った、彼がこれまで出会った、どの女とも。


 彼女の目を彼も見つめ返すと、その瞳には愛が読み取れた。彼女は彼の外見でなく、彼という存在を愛していた。


 彼のどんな所も受け入れてくれると言ってくれた彼女の言葉は彼を優しく包み込んだ。


 海の偉大さは全てを受け入れるところにある。はじめの生き物が生まれた海は、全ての生き物の母である。


 母のお腹の中の羊水は海水と同じ成分で、女とは男の母であり、海である。


 彼は彼女という海に抱かれ、全てを委ねることができるという安心感を抱いた。


「僕は…僕は…人の愛し方が分からない。母は僕を産んだ後に亡くなって、父は僕を愛さず、義理の母もそうだった。僕は愛されることなく育ってきた。だからどうやって愛したらいいか分からないんだ。」


 話し終えると、彼女はきょとんした顔で彼を見ていた。


「それだけ?」


「え?うん。」


 彼女は半歩踏み出して彼の胸元に両腕を預け、顔をうずめた。彼女のあまりの近さに彼は緊張した。


 今日の彼女は香水をつけているようで、甘い香りが彼の周りを漂っていた。


 昨日は彼女が熱でクラクラしていたが、今日は彼がクラクラしそうだった。


 やがて彼女はクスクスと笑い出した。


 意を決して心の内を話したのに、笑われたのは彼にとって少なからず心外であった。


 そんな彼の心境を察したように、彼女は両腕を預けたまま顔だけ上げて、なぜ笑ったのか説明を始めた。


「ごめんなさい。もっとひどいことを予想していたから。いい意味で期待が外れて、ほっとしたからつい笑ってしまったの。気を悪くなさらないでね。」


「うん。笑われたと思ってショックだったけど、そういうことなら大丈夫。」


「ありがとう。あともう一つの意味で笑ったの。愛し方が分からないって言ったけれど、あなたはもうご存じじゃない。」


「僕が、もう知ってる?」


「そうよ。人を愛するって、人のために何かしてあげたいって気持ちだと思うの。

あなたは自分が雨に濡れるのに私に傘を貸してくれたわね。出会った日には私を心配して送ってくれた。

そして昨日は私のことを心配してくれてお店を閉めて走ってお見舞いに来てくれた。そうでしょう?」


「うん。」


「それが愛するってことじゃないかしら?もう既に愛を実行しているわ。」


「僕が人を愛することを知ってる?確かに僕はあなたを愛してる…。あ…。」

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