贖罪38
彼が顔を上げて見ると、そこにいたのはフォスだった。彼は驚いて立ち上がった。
驚いたのは彼女が来ることを全く予想していなかったことが一つと、もう一つは彼女に異変を感じたからだった。
念入りに梳かした髪は絹のように滑らかで、素顔でも十分に美しかったのに、
しっかりと化粧が施された彼女の顔のパーツは一つ一つの美しさが見事に全体と調和して、
彼女の美しさを何倍にも増した。
高価なドレスは実家に置いてきていたからもうなかったが、
美しく見せるのにそんなものはいらないことを安価なワンピースを美しく着こなして、
それを証明しているようだった。
だがそこまでだったらこれまでの彼女だった。彼が明らかに違うと感じたのは彼女の雰囲気だった。
まるで夜空に散らばる無数の星たちが彼女の美しさを聞きつけて太陽の周りに集結したかのように、彼女を包むオーラがキラキラと輝いて見えた。
彼女の前ではどんな美しいものも霞みそうで、彼の仕事場のような汚い場所でも彼女が
その絵の中にいる間だけ美しい場所へと様変わりして、彼女が絵の外に出れば
元のむさくるしい場所へと戻ることだろう。
彼女が彼に光を与えたことに彼女が無知であるように、彼の光に彼女が魅了されていることに彼は無知であった。
もう日が落ちていて辺りは暗かったから、普段の彼女なら出歩きたい時間ではなかったが、
彼という月明かりが彼女にはあるから安心だった。
彼女が倒れてもそこには彼がいる。彼は彼女の明かりであり、支えだった。
仕事場に入ってきた時に言った「待てない」という言葉は彼女の気持ちそのままだった。
熱は今日目覚めたらもう治っていた。だが彼を思うと苦しくなる胸は収まることがなかった。
明日明後日などもう待っていられない。
今日は糸紬をしていても全く集中することができずに、仕事が終わったら直ぐに彼の所に行くことばかり考えていた。
今日この苦しみを終わらせるために、彼女はやって来たのだった。
「フォス!体調はもう大丈夫?昨日はごめん。」
「もう大丈夫よ。昨日は来てくれて本当にありがとう。」
「良かった。心配だったよ。迷惑じゃなかった?」
「とんでもないわ。とても嬉しかった。ところで…ストローフィーは…お付き合いしている人はいるの?」
早く本題に入りたくて、単刀直入に聞いた。
だが、期待する答えが返ってこなかったらと思うと怖いのと、聞くのが恥ずかしかったのとで、
今日一日頭の中でイメージしていた自分の姿とは違って、スラスラとは言葉が出てこなかった。
「え?まさか!実は…一度も付き合ったことがないんだ。」
彼女は喜んだが、それを表に出さないように努めた。
「そう。私もお付き合いしたことがないから一緒ね。」
彼女と同じ反応を彼も取った。
「フォスも。」
彼女のような美しい人が付き合ったことがないとは、彼にはとても意外だった。
「ストローフィーは素敵な人なのに、一度も付き合ったことがないなんて意外ね。」
意外なのは彼女の方であって、彼のような変わり者にはいないのが当然だと彼は思った。
「僕は喋るのが得意じゃないし、変わり者だと思われているから。あと、それだけじゃなくて、僕自身の問題もあると思っていて、こんなこと言ったら変に思われるかもしれないけど。」
まだ何も言っていないのだから彼女がそれを変だと判断のしようがなかったのだが、彼はこのまま話し続けてもいいものか、彼女の反応を見てから決めようと思った。




