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贖罪  作者: 北村 達也
36/320

贖罪36

 ストローフィーと会って元気になったフォスと対照的に、彼は彼女の家を出てから元気がなかった。


 お見舞いに行ったのに料理も作ることはおろか、彼女に皿を出させることまでさせた結果、彼女は倒れかかってしまった。


 彼がしたことは彼女を余計に疲れさせて病気を悪化させることだったのではないかと、昨日からずっと心配していた。


 倒れるのを防ぐためとはいえ、彼女を腕で抱きとめたことを彼女は不快に感じていないかということも心配だった。


 彼女が彼の首に腕を回し、もう少しで口づけをしそうになったのは、熱のせいでおかしな行動を取っていたに違いないと解釈した。


 そうでなければ彼女のような素敵な人が彼にしたことは説明ができなかった。


 その一方で、あれは熱などではなく彼女の本心から出た行動であって欲しいという一縷の望みがあった。


 翌日も仕事をしていた彼は靴を磨きながら、苦笑いして首を振った。


 そんなありもしないことを考えるより、彼にはやることがあった。


 昨日はしょげかえってしまい、店を閉めたまま帰ったので仕事が溜まっていた。


 今日はもう店を閉めていたが、彼は残って仕事をしていた。


 彼は客のいない静かな仕事場で、低めの腰掛椅子に座って目の前の靴を磨くことに集中するようにした。


 靴には人の心がよく表れる。


 人が大切にする顔から一番遠いところだから油断しやすく、ケアを疎かにしてしまいがちだ。


 できる人というのはそのことを知っていて常に綺麗さを保つようにしている。


 そもそも靴を何かするための道具として捉えるのか、パートナーのように捉えるかで扱いは丸っきり変わってくる。


 歩くために履くとしか考えていない人は歩ければいいのだから、汚れていようと修理が必要でも出来る限り放っておく。


 だがどんな悪天候でも足を汚すことなく歩くことができて、

いつも自分の体を支えていてくれる大切なパートナーだと考えることができれば、

感謝の気持ちが湧いてきて、ケアをしたい気持ちに自然になる。


 自分の肉欲を満たすために抱く売春婦のことを気遣う人はいないが、愛する恋人や妻のように自分にとって大切な人であれば優しく接する。


 人も物も変わりはなく、人が大切にされたいと思っているように、物だって大切にされたいと思っていると彼は考えていた。


 靴やその他の様々な物に彼が話しかけたりケアをしたりするのは、

話す相手がいないからとか、することがないからとかではなく、

いつも自分のために活躍してくれている物たちへの感謝の気持ちがあるからだった。


 だから彼に言わせれば変わっているのは彼ではなく、物を大切にしない全ての人たちであった。

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