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贖罪  作者: 北村 達也
17/320

贖罪17

「どんなにあがいたって無駄だ。ネズミはどこまで行ったってネズミだ。」


 親友のピーターは彼を止めた。


「それならネズミでいいさ。ネズミの怖さをとくと思い知らせてやる。」


「ネズミに金は扱えないぜ。ネズミにはネズミの生き方がある。金の使い方も分からないネズミが夢中で金を追っかけてたら、いつか猫に食われるぜ。」


「俺はそんな間抜けなことはしねえよ。」


 お金とは人を狂わせるものだと、大切なものを見失わせるものだとピーターは思っていた。


 だから彼は必要以上に持とうとはしなかった。


 彼は親友であるジョセフに金の亡者のようになって欲しくなかった。


 こんな場所だからこそ彼らは親友になった。ジョセフが貧しかったからこそピオニーと知り合った。


 お金があるから親友が見つかるものではないし、恋人が見つかるわけでもない。


 ここにだって大切なものはたくさん埋まってる。


 彼がそれに気づくことが出来れば、無理してお金を稼ぐ終わりなき旅になんか出る必要はないのにとピーターは残念な気持ちで一杯だったが、そんな親友の気持ちを知らないジョセフは必死に働いて今の地位を築いた。


 あの頃のネズミが今は上から皆を見下ろしていた。


 彼は目をゆっくり開けて、お金があれば家族を守れるはずなのにどうして妻は死んだのかと考えた。


 ピオニーの病弱さは生まれつきであったが、彼と一緒にいた頃の貧乏生活でちゃんと栄養を取れなかったことが彼女の死の遠因になったと彼は思い、そのことに強い責任を感じた。


 不甲斐ないのはあの頃だけじゃなく、妻を死なせてしまった今も不甲斐ない、そう思いながら彼は両手で顔を覆った。


 彼に最初からお金があればピオニーを死なせずに済んだ、だから娘のフォスだけは必ず幸せにしなければいけないと思い、彼女の人生で一時でもお金に困ることがあってはならないと、お金に対する彼の信念を益々強めることになった。


 彼の考える幸せとはお金の量で決まり、それさえあればどんな問題も解決できると思っていた。


 お金がなかった頃の世間は彼に冷たく、それがある今は暖かかった。


 お金がない頃はペコペコしていた彼が、それがある今ではペコペコされていた。


 金とは力であり、食物連鎖の頂点に君臨する人間が外敵に憂えることがないように、金を稼いだ者こそ弱肉強食のこの世界での勝ち組であり憂いがない状態、つまり幸せであるという考え方を、下から這い上がってきた彼は持つようになった。


 彼がもし自分と他人が別の人間だという単純なことに気づくことができれば、自分の考え方は皆の共通認識であるという誤った考えに陥ることはなかったはずだが、お金を増やせば増やすほど、家族の幸せも増大していくという妄想に彼は囚われていた。


 だから高価なものを贈れば贈るほど娘は幸せになっていくと信じていて、父と娘で幸せの認識にズレがあることなど彼は思いもよらなかった。


 いや、思いを馳せることさえしなかった。


 一緒に過ごす時間がほとんどなかったのだから、娘が何に興味を持っているかは知る由もなかったし、聞こうともしなかった。


 自分の考えは娘の考えという乱暴な論法を適用して、何不自由のない暮らしが彼女の幸せだと決めつけていたので、彼にとって答えが明白である、彼女が何に興味を持っているかということを聞く必要性は感じなかった。

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