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贖罪  作者: 北村 達也
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贖罪16

 フォスは医者と看護師を残して慌ただしくなった部屋を後にして、部屋の外にいた不安そうな使用人の問いかけに応じることもなく、無表情で自分の部屋へ向かった。


 部屋から見える外の月は雲で隠れたままだった。明かりが差し込まないことが恐ろしかった。


『月はどこへ行ったの?どうしてママから離れたの?暗い、暗い。』


 彼女はすぐにランプの明かりをつけて、ベッドの布団に入って泣いた。


『あんなに神様にお祈りしたのに!どうしてママを助けてくれなかったの?』


ストローフィーとの初めての出会いのとき、陽が落ち始めていたことに気が付いた彼女が憂いを帯びた表情をしていたのは、陽が落ちて暗くなると母が亡くなったときのことを思い出して、不吉な印象を彼女に与えるからだった。



 ピオニーが息を引き取ったと使用人から報告を受けていたジョセフは深夜に帰宅した。


 ジョセフは自分の部屋に行ってコートを脱ぎながら使用人のラルフからその後の報告を聞き、時折頷いて、『分かった。』とだけ言った。


 妻が死んだというのにあまりにも淡々とした態度を取るジョセフに一瞬驚いた使用人だったが、『この人はこういう人だったな』とすぐに思い出してお辞儀をして部屋から去って行った。


 それでもどこかすっきりしなかった彼は他の使用人たちが集まっているところに行って、「あんな人と一緒になって」という言葉はつけずに『奥様はかわいそうに。』とだけ小声で言った。


 他の使用人たちも彼が何を言わんとしているかを感じ取って、うんうんと頷いた。


 ジョセフは部屋で椅子に座っていた。目を閉じていたが眠ってはいなかった。


 3分ほどそのままの状態が続いたあとに、大きなため息をついた。


 そして椅子を45度右に向けて座り直し、壁にかけてある妻と娘の肖像画を眺めた。


 彼はまた目を閉じて妻に出会ってからを思い出してみた。愛さえあれば幸せになれると考えていた若く愚かな自分がそこにいた。


 彼女のお腹を満たす食事を愛は提供してくれなかった。


 そのことで文句の一つでも言ってくれれば良かったのだが、彼の不甲斐なさを責めることは決してしなかった。


 それが彼には辛かった。


 まだ貧乏だった頃に町を歩いていると馬車が通って、前日に振った雨が道に残っていて、考え事をしていてうっかり車道側を歩いていた彼に水が撥ねてかかった。


 通行人から笑われてそそくさとそこから立ち去り路地に入ったが、なぜ自分がネズミみたいにコソコソしなくてはいけないのかと腹が立ってきた。


 そばにあったゴミ箱を思い切り蹴飛ばすと中からはそのネズミが出てきた。


 食事の時間を邪魔されて苛立った様子で先ほどの彼のようにどこかへ消えていった。


 逃げていったネズミは敗者で、残った彼は勝者だった。


 彼は力が欲しかった。人間の世界での力とはお金であった。


 お金があれば家族を守れる。


 さっき彼を笑った奴らや、人に水をかけてもお構いなしの奴らを見返してみせると彼は決意した。

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