贖罪15
フォスはベッドへ戻りそばにあった椅子を引いて母を向いて座ろうとしたが、母に月の方を向いて座るように言われた。
「こんな姿になったママを見られるのは嫌。一緒にお空の綺麗な月を見ましょう?ね?」
母の言う通りに向きを変えて月を見た。綺麗な月はまだそこにあった。
「前はパパがママの月だったわ。」
「パパが?」
「ええ。パパがママの暮らしを楽にしたいと思って精一杯働くようになる前は、パパはママの全てだった。
私をいつも笑わせてくれたわ。今じゃ想像もできないでしょうけど。パパはママの明かりだった。
あの頃は見えるものは今みたいに持っていなかったけれど、見えないものをたくさん持ってたわ。
でももう月は陰ってしまったわ。今はお空にあるだけ。」
そう言って寂しそうに空に浮かぶ月をピオニーは見た。
「パパは…今日も。」
フォスが言い終わる前にピオニーは口をはさんだ。
「ええ、お仕事ね。でもパパを恨んじゃいけないわ。
パパはパパなりのやり方で私たちを幸せにしようと頑張っているの。
あの人はかわいそうな人。昔も今もお金に苦しめられてる。なくても苦しい、あっても苦しい。
終わりなき旅を始めてしまった人。」
またピオニーは咳き込んだ。息をするのがとても辛そうでフォスは見ているのが怖かった。
「そろそろやめた方が…」
医者が言った。
「今でなくて、いつ娘と話すと言うの?大丈夫だから。」
そう言って彼女の脈を取ろうとする医者の手を払いのけて話を続けた。
「フォス。私のフォス。パパはママの明かりではなくなったけれど、あなたが生まれてからは、あなたはママの光、ママの太陽だった。泣かないでフォス。」
そう言って彼女は最後の力を振り絞って腕を伸ばしてフォスの頭に乗っけた。
フォスは母を心配させないようにずっと泣くのを堪えてきたが、もう堪えることはできなかった。
涙はポタポタと膝に乗せていた手の上に垂れた。
「また…ママと…お花畑に…行きたかった。」
泣きながらフォスは言った。
「行けるわ…また…二人で…永遠に…咲き続ける…お花畑へ…。」
ピオニーは胸を押さえ、顔を歪ませ、一言を発するのに苦しみながら言った。
急に部屋が暗くなりフォスが空を見上げると雲で月が隠れてしまった。
「あ、月が…。」
フォスがそう言ってもピオニーは返事をしなかった。
「ママ?」
ピオニーの方を見ても暗くて分からなかったが、見なくても分かった。彼女はもう事切れていた。
彼女はもうそこにいないことがフォスには分かった。ベッドの上に彼女を感じなかった。
そこにあるのは抜け殻で、彼女自身はどこかへ行ってしまった。おそらく花畑へ。
医者と看護師が異常を察知しランプの明かりをつけてフォスのそばに行ったが、もう彼らにできることはないとフォスには分かっていた。




