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談話室には数人の人がいた。新聞を読んだり、談笑したり、お酒を飲んだりしている。
ミャリテャークさんは入り口の近くで待っていてくれていた。クレイたちを見て驚いた顔をした。
「早かったですね」
「はい!早くお話ししたかったんです!」
クレイがそう言うと、ミャリテャークさんは嬉しそうに微笑んだ。
「ありがとうございます。奥の部屋を取りましたので、どうぞ、こちらに」
ミャリテャークさんに案内されて、薄手のカーテンで仕切られた区画へ向かう。ソファーと小さなテーブルが置かれていた。
「なにか飲みますか?もし、デザートがまだのようでしたら、ご馳走させてください。このホテルのパイナップルのゼリーは美味しいと評判なんですよ」
ケビンが笑顔になり、慌てて咳払いして誤魔化す。
「俺はいいです、それよりお話しを聞きたいです。あの鉛筆で困る人について」
クレイの言葉にミャリテャークさんは頷く。テーブルにあった鈴を一振りしてからミャリテャークさんはソファーに腰かけた。
「グラコロステの魔法石の話はご存知ですか?」
「はい、本で読みました。ミラーさんという人が発見して流通権を持っていると」
「おお!それは話が早い。君は人間の世界で育ったと聞いていましたが、いやいや、魔界のことをよくご存知ですね」
「校長先生に教えてもらったんです。メーラにも。あの鉛筆のことで悩んでいるときに、参考になるからって、本をもらいました」
「ああ、なるほど・・・読んだ本の題名を覚えていますか?」
クレイは答えた。ミャリテャークさんは満足そうに頷く。
「君は本当に真剣に魔界の人のことを考えてくれているんですね、ありがとうございます」
ミャリテャークさんはそう言って深々と頭を下げた。
そこへ、ホテルの従業員がやって来た。
ミャリテャークさんがゼリーと飲み物を頼む。従業員が出ていくと話し出した。
「グラコロステの魔法石が見つかる前まで、私の家は魔法石の加工を生業としてきました。グラコロステの石とは違い、魔法石の質が悪いもので、加工職人の腕によって石の価値が決まっていたそうです。うちの祖父母はとても腕のいい職人でした」
クレイはなにかに気づいたような顔をする。
ミャリテャークさんは頷いた。
「グラコロステの魔法石の発見とその広がりによって、祖父母の仕事はだんだんと無くなっていきました。今はもう引退していますが、魔界で魔法石が使いやすくなった頃、祖父母はとても苦労したそうです」
「・・・・・・」
「私の父親は、魔法石の加工職人になるために、子供の頃から祖父母から技術を学んでいたそうです。しかし、グラコロステの魔法石の発見で、それまで学んできたことを捨てて他の仕事を探さなくてはならなくなりました。父はその頃には既に母と結婚しており、祖父母の生活の面倒も見なくてはならないという責任を背負って精神的にも苦しかったと言っていました。私は両親と祖父母からその時の話を繰り返し聞いています。だから、クレイ君の言葉がとても嬉しかったです」
ミャリテャークさんは少しだけ泣きそうな顔でそう言った。
「・・・ミャリテャークさんのお父さんとお母さんは、どうしたんですか?」
「父はこうなったらどんな仕事でもしようと探したそうです。母も同じです。母は子供の頃から魔法を学んできましたので、そこそこ良いお給料をもらえる仕事ができたそうです。祖父母も魔法石加工の技術を他のことに使えないかと、同じ技術を持つ人達と仕事を探したそうです。あの頃は家族が一致団結して生活していたそうです。そして、父の仕事が見つかりました。仕事を世話してくれたのはミラーさんでした」
「え?グラコロステの魔法石を見つけたミラーさん?」
メーラが驚きの声をあげた。
「はい。ミラーさんは研究者としても立派な人ですが、クレイくんと同じ懸念を抱いていた人でした。グラコロステの魔法石のせいで職を奪われる人が出ると予想していたそうです。ミラーさんは新しい魔法石を売り出すと同時に、職を失ってしまう可能性のある人達の仕事を探す事業も始めました。魔法石で稼いだお金の一部を、仕事が見つからない人々を援助するお金として使ったり、ミラーさんの会社に優先的に雇いいれたりしてね」
「すごい!」
「はい、とても素晴らしい人です。ですが、ミラーさんのせいで愛する仕事を失ってしまったと恨む人も出たのです。私の祖父母も最初はそうだったそうです。父がミラーさんの会社に就職するのを嫌がりました。父は祖父母と時間をかけて話し合い、理解してもらったそうです。遺恨が全く無いとは言えませんが、父は今もミラーさんの会社の従業員として働いています」
「・・・そう、なんですね・・・そっか・・・」
クレイはミャリテャークさんの話を反芻する。
仕事が無くなっても、新しい仕事が見つかればそれで丸く収まると考えていた。しかし、そう簡単なことでは無いようだ。
愛しているものを失えば悲しくなる。
「技術の発展の裏にはこういう話はつきものです。どんな仕事にも。全ての人が納得するやり方を、私たちは探し続けていますが、まだ見つかっていないのです。あの部屋にいた会社経営を長くやっている方々は、それを身に染みて知っています。サリンジャーさん・・・あの銀髪の女性ですね・・・はクレイくんを子供だと思ってあしらった訳ではないのです。彼女もまた試行錯誤を続けている一人なのです」
サリンジャーとはクレイの話をぶったぎったあのボスの立ち位置ににいた女性のことだろう。
「そっか、まだ、誰も答を見つけられていないんですね」
クレイはそう呟いて、肩を落とした。
「だったら、そう言ってくれればいいのに」
メーラのぼやきにミャリテャークさんは苦笑する。
話が一段落ついたところで、ケビンがいつの間にか運ばれてきていた飲み物とゼリーを皆に配ってくれた。
クレイとメーラはミャリテャークさんに勧められるまま、ゼリーを口にする。
パイナップルの果肉が溢れそうなほどに入っているゼリーは、すごく美味しかった。




