42
クレイの発表はとても上手くいった、とメーラは思った。
蝶々が案内してくれた部屋の中には、24名の魔法使い達が待っていた。ジョルジュ先生を筆頭に、全員魔方陣の研究で名が知られている魔法使い達だ。彼らの前で話をしなければならないとなると、どんな魔法使いでも顔を青くして緊張するだろう。
クレイもそうだった。
ただ、クレイはメーラが心配するほど緊張はしていなかった。後ろに師匠とケビンがいるし、聴き手にはジョルジュ先生もいる。そのせいかと思ったが、それだけではない。
クレイは楽しみにしているのだ。
ずっとクレイが心配していた事案の結論がでるかもしれない。ここにいる研究者たちなら、クレイの欲する答えを知っているはずだ。
クレイの目にはその期待があった。
クレイ一人だけで鉛筆の効果について話したわけではない。師匠も話したし、ジョルジュ先生も援護してくれた。最後には師匠とジョルジュ先生とクレイで、鉛筆の下書きアリの魔方陣を描いてデモンストレーションまでやった。あれは面白かった。並みいる魔方陣研究の大御所達が、目を白黒させてその様子を見ていたのだ。半数が口を丸くしてクレイの手元を見ていたし、今にも逃げ出しそうに椅子から腰を浮かせていたじいちゃんもいた。比較的若い研究者たちは、興味をそそられたように体を前に傾けていた。彼らとは気が合いそうだ。
ただ、クレイが発した問いについての返答は、期待はずれだった。
(というより・・・そんなことを気にする必要ないって感じだったなあ)
メーラはホテルのレストランで食事をするクレイを見ながら思う。美味しい料理に感動してはいるが、心から喜べていないように見える。
(子供がそんなことを気にする必要は無いって言われたら・・・なんだかなあ・・・)
笑顔でそう言ったのは、魔方陣専門の魔法道具を製造販売している会社の創業者の女性だった。魔方陣研究のボス的な立場の人で、あの場の空気は彼女が握っていた。ジョルジュ先生もクレイの心配ごとについて口添えしてくれたのだが、それさえ「学生が考えることではない」と一刀両断された。クレイはそれに食い下がり、「気になります!俺はちゃんと考えたいんです」と声を上げた。「誰かを不幸にするくらいなら、俺はこの鉛筆の効果を魔界には出しません!」とまで言った。
「クレイ君、この世に絶対はありません」
その女性は静かな声でそう言った。
「世界の全てをコントロールするなど出来ないこことです。はっきり言います。その鉛筆を世に出せば、良い影響を受ける人と、悪い影響を受ける人がいます。必ず。それを見たくないと思うのならば、その鉛筆のことは忘れなさい。あなたがその鉛筆を私たちから隠しても、私たちはいずれその鉛筆と同じ効果のあるものを作り上げます。早いか遅いかの違いだけ」
女性はクレイをまっすぐ見て、そう言った。
「その鉛筆で助かる人が必ずいるからです。私たちを含めて」
「で、でも・・・」
「もちろん、悪い影響をできるだけ小さくします。しかし、それがあるとわかっていて、私たちは魔法道具の開発を行っています」
話しは以上で終わり、とでも言うように、女性は手に持っていた扇子で口許を隠した。
クレイにしてもメーラにしても、もうちょっと説明して欲しいと思ったが、その場の空気がそれ以上の発言を許さなかった。
ジョルジュ先生に「来てくれてありがとう」と言われ、退室した。
期待していた答えは帰っては来なかった。
「こんばんは、お食事中にすみません」
声をかけられて振り向くと、見覚えのある男性がいた。さっきの集会にいた内の一人だ。ファヴァーヴァル先生と似ている体つきをしているので、おそらくドワーフの人だろう。顔つきは若く、髭もない。長い黒髪を編み込みにしている。
「わたくし、ミャリテャークと申します、先ほどはご挨拶できませんでしたので、参りました」
「これはご丁寧に、ありがとうございます」
ケビンが立ち上がりかけたが、ミャリテャークさんは「どうぞ、そのまま」と穏やかな口調で言った。
「お食事を中断させて申しわけありません。ただ、どうしてもクレイくんとお話ししたいことがありまして、お食事の後にお時間をいただけないかと」
「あ、いや、しかし・・・」
ケビンは困ったように頬をかいた。
ミャリテャークさんの話というのは十中八九、鉛筆についてだろう。しかし、クレイの持つ特許を買いたいという交渉はステアを通して行われることが決まっている。クレイは学生であり、成人していないことがその理由であり、賄賂や懐柔などは絶対に行わないことをジョルジュ先生が強い口調で頼んでいた。もし、そのような行いが発覚した場合、ペナルティが生じるとも、あの場で決められていた。
今、ステアはこの場所にいない。
ジョルジュ先生や他の魔方陣の研究者たちと会食している最中だ。きっと、今夜にも金額の交渉がはじまるのだろうと、メーラは言っていた。
「ご安心ください。鉛筆の権利については、私は一切を放棄して参りました。もし、クレイくんが私の会社に権利を譲りたいと言ったとしても、それはできなくなっています。別のお話しをしたくてまいりました。クレイくんが心配していたことについて、私なりの考えがありまして・・・」
「本当ですか」
クレイは立ち上がった。
「はい、お食事が終わったら、談話室へいらしてください。お待ちしています」
ミャリテャークさんは、ペコリとお辞儀して去っていった。
クレイは猛然と食べ始めた。メーラは血液風味のトマトスープの入った皿を両手で掴んだが、ここがホテルのレストランであることを思い出したようで、一気飲みは諦め、スプーンを忙しく動かし始めた。
「・・・二人とも、デザートは?」
「いらない!」
ケビンの質問に、クレイとメーラは揃って答えた。
二人が行くのならば、ケビンも行かねばならない。
「・・・パイナップルのゼリーだよ?」
「ケビンにあげる」
「俺も」
「くう・・・」
実は楽しみにしていたデザートなのだが、ケビンは諦めた。




