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 事態は急展開を迎えた。

 突然だった。いきなりのことに、クレイは緊張でお腹の具合が悪い。

 「なんで緊張するんだよ。お前の方が立場は上なんだぞ」

 メーラが椅子の座り心地を堪能しながらそう言った。妙に落ち着いている様子が羨ましくなる。

 クレイはさっきから緊張で何度も手汗を拭いているというのに。

 「そうだぞ、緊張することはない。今日で全てが決まるわけではないのだ。もしかしたら、何も進まないかもしれないからな」

 ステアもリラックスした様子で、そう言ってくる。不思議な匂いのするお茶を優雅な手つきで飲んでいる。

 「そうは言っても、ここは緊張するよ。すっげーな、このホテルの天井」

 ケビンがそう言って天井を見上げる。

 天井ではシャンデリアが踊っていた。どんな魔法を使っているのかわからないが、光の玉が音楽に合わせてくっついたり離れたり、ゆらゆらと揺れたりしているのだ。しかも、それがとても美しいのだ。洗練されていると感じる。踊る光が天井のステンドグラスに反射すると、光の粒が生まれる。キラキラと雪のように降ってくるかと思ったら、高い位置で消えてしまう。

 見ていると、頭がぼうっとなりそうなほど美しい。

 「クレイ、ジュース来たぜ」

 メーラの嬉しそうな声で、クレイは天井から視線を戻した。黒い制服を着たホテルの従業員が、笑顔でクレイの目の前のテーブルにグラスに入った飲み物を置いてくれた。

 「ありがとうございます」

 「ごゆっくり」

 従業員の男性は、おもわず見とれるほどの優雅な立ち居振舞いで去っていった。

 少し重いグラスには、暖かいオレンジジュースが入っていた。メーラも同じものがきているようだ。一口飲むと、オレンジの粒が舌の上で柔らかく弾ける。

 美味しくて暖かい飲み物のおかげで、クレイの肩に入っていた力が、少しだけ抜けた気がした。

 「何人くらい来るんだろうな?」

 「うむ・・・魔方陣を研究している人は多いからな。ジョルジュ先生が人数を絞ってくれたとは言え、20人は来るだろう」

 20人、この人数は多いのか少ないのか・・・

 クレイはオレンジジュースを飲みながら考える。

 今日、マーリークサークルから出て、ステアとケビンとメーラ、そしてジョルジュ先生と一緒にこのホテルへとやって来た。その目的は、あの鉛筆について、魔方陣の研究者達と話をするためだ。

 ジョルジュ先生に話をして数日後、先生から手紙が来た。それは、魔方陣の研究者達が集まる日があるので、そこであの鉛筆について話をしてみないか?というものだった。かなり急な日程だったため、クレイは迷うこともできず、行くことを決めた。

 「この会合は急に決まったの。私にもよくわからないんだけど、緊急招集がかけられて・・・」

 ジョルジュ先生もそう言って首を傾げていた。

 「ただ、そこに集まるのは魔方陣の研究者でも本当に重要な人達だから、この鉛筆についてクレイくんが心配していることについてアドバイスをくれると思うの。一応、特許の出願はしておいた方がいいわ。商品化して販売したいっていう人だらけだと思うから」

 ジョルジュ先生にそう言われ、メーラにもせっつかれていたので、クレイは特許の出願というものをした。今、出願中なので、まだ、正式にクレイのものとして決まったわけではないが、魔力を通さない鉛筆の流通権はクレイが握っていると言っても過言ではない状況だ。

 その時、黒い蝶々がクレイ達の前に現れた。魔法を纏っている。おそらく、誰かの使い魔だろうとおもっていたら、ジョルジュ先生の声が聞こえてきた。

 「こちらの準備ができました。5階の3号室へ入らしてください。みなさん、お待ちかねですよ」

 ジョルジュ先生の声は弾んでいた。

 ステアとケビンが立ち上がる。

 クレイもドキドキと跳ねはじめた心臓を押さえながら立ち上がった。


 「移動魔法ってすごいんだね!あんなの初めてだよ!」

 クレイはさっきまでの緊張が吹き飛んだように、目を輝かせて興奮していた。

 ホテルの喫茶店のあった一階から、ジョルジュ先生達の待つ5階へ行くのに、階段ではなく移動魔法を使ったのだ。これはホテルそのものに備え付けられている魔法で、魔法を通す材質の石板に、美しい魔方陣が彫られていた。そこへ魔力を通し、行きたい階を言うとそこへ連れていってくれるという優れものだ。このホテルの中なら、どの階へも行ける。ケビンも初めて経験した移動魔法だった。発動と同時に浮遊感を覚え、足が少しだけ浮いた。そして、瞬きの間に、オレたちは5階へと着いていた。

 5階は客室のようで、廊下には誰の姿もなく、いくつかの部屋の扉が等間隔に並んでいる。

 部屋番号が各扉にふってあるが、さて、目指す扉はどれだろう?

 ケビンがそう思っていると、黒い蝶々が現れ、先導しはじめた。

 「移動魔法って楽しいよな。でも、使いすぎると酔っちゃうこともあるんだぞ」

 「そうなの?馬車酔いみたいな?」

 「そうそう」

 クレイとメーラの話を聞きながら、オレたちは長い廊下を歩く。

 「部屋の前まで移動させてはくれないんだな」

 「できなくはないぞ。ただ、それをするにはジョルジュ先生並みに魔方陣を勉強する必要がある。あの石板に彫られていた魔方陣を理解し、さらに自分で魔法を使わねばならないからな」

 「それは・・・無理か・・・」

 ステアがこちらを見る。そして、興味深そうに微笑んだ。

 (できるかもって思ったことがばれたか・・・できるはずないって言わないってことは・・・)

 ケビンは自分の目に集中する。

 最近、自分の目の持つ力が少しだけわかってきた。茶太郎もそれに気づいているらしく、どんどん難しい魔法を使ってケビンを試してくる。茶太郎は言葉を使わない。なので、ケビンは自分の魔法に対する感覚がどんどん育てられていくのがわかった。ただ、せっかくなら言葉で表現して、わからない部分をステアに教えて欲しい。そう考えているのだが、どう伝えればいいのかわからない。

 (こいつも忙しそうだしなあ・・・時間とってくれってお願いしたらすぐにやってくれそうだけど・・・)

 もう少し、もう少しと先伸ばしにして、タイミングを失いかけている。最近のケビンの悩みだ。

 「ここだな」

 ひとつの扉の前で、蝶々が円を描くように舞い、光の粒になって消えた。

 クレイのお喋りがピタリと止む。

 「準備はいいか?」

 ステアの言葉に、クレイは一度深呼吸し、頷いた。

 「はい、師匠」

 「では、行こう」



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