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「オレ、絶対にルールを守る!もう、絶対にクズネルスの実を鼻につめて遊んだりしない!」
ジャムは暖かい談話室で、そう宣言した。
『魔法実験における危機管理』の授業は、生徒たちにとってインパクトが大きすぎた。授業が終わった後の夕食は、まるでお通夜のように静かなものだった。クレイたちの様子を見て、心配したオーベンさんがどうしたのか?と話しかけてきたくらいだ。
しかし、お腹がいっぱいになると、気分も上がってきた。今は、談話室のあちこちで、大昔の伝説的な大きな魔法実験の事故の話が話題になっている。
「鼻につめるのは止めた方がいいな。でも、それよりもっと気を付けることがあるだろう?」
メーラの言葉に、ジャムは首をかしげる。
「準備を省くなよ。先にこれとこれを準備しましょうって書かれているのに、お前、そんなのそのとき出せばいいじゃんって、すぐに実験に移ろうとするだろう」
「えー・・・だって、道具なんて、実験室のどこかにあるんだし・・・」
「そういうのが危ないんだよ。実験中は手を離せないことだってあるんだ。ソンソン先生も言っていただろう?下準備が何よりも大切だって」
「うん、そうだったな。わかった。ちゃんと準備する」
ジャムの言葉に、メーラは満足そうに頷いた。
談話室にいる生徒たちは、魔法事故についての話を真剣な顔でしている。中には、魔法の実験が怖くなってしまった子もいるようだ。他人事には思えない。クレイだって怖い。ビーンズ先生の左腕も、ソンソン先生の左目も、もう戻っては来ないのだから。
「事故って、多いんだよね、やっぱり」
「たぶんな。一ヶ月に一回は新聞に何かしら載るしなあ・・・」
「うちの母ちゃんと父ちゃんも、そういう話してる。そのたんびに、うちの村はこういう事故とは無縁だ、安全だって言ってる」
ジャムの言葉に、クレイは「そっか・・・魔法を使わなければ、事故は起きないもんね」と呟く。
「うん、でも、オレたち子供には魔法を勉強しろって言うんだよね。ちっちゃい頃はなんでだろう?って思っていたけど、この学校に来てちょっとわかったな。魔法は便利だ。危険と隣り合わせかもしれないけど、この便利さは使える」
そう言って、ジャムは魔法の杖をふって、小さな光の玉を出した。とても小さな、淡い光だ。
「年末に家に帰ってさ、オレ、褒められたよ。こんなちっちゃいけど、光の玉を出せるようになってすごい!って。オレんち、山のなかだから、夜はこういう魔法があると便利なんだよな」
そう言って、ジャムは得意そうに笑った。
「クレイのおかげだよ。お前が勉強に引っ張りこんでくれるおかげで、ちゃんと呪文を唱えられるようになった。弟と妹たちからも、兄ちゃんすげーって言われた。ありがとう」
「ジャムが頑張ったからだよ」
「えへへ、まあね。今日の授業聞いて、ちょっとビビっちゃったけど、でも、危険性はあっても魔法はあった方が良いって思った。だから、オレは二年生を目指す。本気で」
ジャムの言葉に、メーラとクレイは前のめりになった。
「決めたのか?」
「やるんだね?やったあ!三人で二年生に上がれる!」
クレイは大喜びしたが、ジャムは「早まるな!」と難しい顔をする。
「二年生に上がれる保証はないんだ」
「大丈夫だよ。ちゃんと課題もこなしているんだし、この間のテストも初日以外はちゃんとできてたじゃない」
「うん・・・面接もそれほど悪くなかったとは思うんだ。先生が両親に書いてくれた手紙にも、けっこう良いことが書かれていたみたいだし・・・」
そう言ってジャムはズボンのベルトに引っ掻けているお守りを手でいじる。学校からの手紙を読んだ両親が、その内容の良さに大喜びして、お祝いに買ってくれた物らしい。
それを見つめるジャムの顔には、誇らしげな輝きがあった。勉強は苦手だと入学初日からこぼしていたジャムだが、テストの結果や先生からの手紙を読んで、なにより両親や家族から褒められたことで自信がついたのかもしれない。
「絶対に二年生になれるって!一緒に勉強しよう!ね!」
クレイの強い言葉に引っ張られるように、ジャムは「うん!やる!」と言った。
魔法の事故の話はいくつもある。
被害の大きさも様々で、火傷や脳震盪で済むものもあれば、地面に巨大な穴があいたというものや、沢山の人が死んでしまったというものもある。
大昔、謎の魔法使い研究者集団が、とある山間にある集落を石化させてしまい、今もその一帯には草木が生えず、動物も魔物も寄り付かない、といった怪談まがいの伝説級の話もごろごろと出てくる。
人間の世界で育ったクレイにとっては、本当なのか嘘なのか判断のつかない話が多かった。
しかし、これらの話が一部分だけとはいえ真実だったとしたら・・・
「・・・魔法事故は、できるだけ少ない方がいいよね・・・」
クレイはぽつりと呟く。
クレイの頭のなかには、あの鉛筆の事があった。
ジョルジュ先生は、鉛筆の効果がとても良いものだと絶賛していた。それも当然だ。これまでずっと、魔方陣の失敗による事故は防げないものだと考えられてきたのだ。魔法事故の割合で一番多いのが魔方陣関係のものなのだ。
あの鉛筆は、できるだけ早く魔界に出回った方が良い。
クレイも、そう思った。
「どうすればいいかなあ?」
クレイは寮の自分の部屋でぽつりと漏らす。
聞いているのはコーテャーのキキだけだ。普段は耳をピクピクと動かすだけで、なにも答えてくれないキキだが、今回はちがった。
クレイの言葉を聞くと、ベッドの上で丸くなっていた体を起こし、クレイの膝に前足を乗せて、クレイの目をじっと見てきた。
そして、ぽんぽんとクレイの膝を二回叩くと、魔法を使って何処かへ行ってしまった。
なんとなく、「任せておけ」と言われた気がした。
「・・・あいつ、何する気だろう?」
クレイは、ちょっとだけ不安になった。




