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今日は特別授業が行われた。
水曜日の4時間目。いつもなら授業が入っていないその時間、クレイ達は初めての教室に入った。
そこは実験室のようで、座学で使う教室とは造りが全然違っていた。実験器具らしきものがあちこちに置かれている。
「『魔法実験における危機管理について』って、どういう授業?」
「さあ?説明読んでもよくわからなかった」
「難しそうだなあ・・・」
ジャムが気後れしたような顔つきで、椅子に腰かける。
授業の時間が近づき、前の扉から入ってきたのは初めて見る先生だった。二人いる。
一緒にイゴー先生も入ってきた。
「皆さん、この授業の先生をご紹介します。こちらはビーンズ先生、こちらはソンソン先生です。この授業のために来てくださった学外の先生です。ご挨拶しましょう。よろしくお願いします」
クレイ達はイゴー先生に習って、よろしくお願いしますと挨拶した。
ビーンズ先生もソンソン先生も、微笑みを浮かべて挨拶を返してくれた。
ビーンズ先生は耳が長いのでおそらくエルフ、ソンソン先生はたぶん吸血鬼だと思う。二人とも、黒いローブを着ており、フードまで被っている。ビーンズ先生は左目に眼帯をしていた。
「皆さん、とても遅くなりましたが、マーリークサークルに入学おめでとうございます。学校の授業は楽しいですか?」
前の方の席にいた生徒が元気よく「はい!」と返事した。
「それは良いことです。初めに皆さんに謝っておかなければいけません。今日のこの授業では、皆さんのその楽しいという気持ちを、削いでしまうかもしれません」
ビーンズ先生の言葉に、一瞬教室がざわめく。
「どういうこと?」
ジャムが警戒するように呟いた。
「魔法実験の事故、という言葉を聞いた事がある人は多いと思います。今日はその事故についてお話しします。中には怖い内容も含まれています。しかし、魔法を勉強する上でこの授業は欠かせません。皆さんが安全にできるだけ怪我をせずに魔法と付き合うためにも」
そう言って、ビーンズ先生は長袖をめくりあげて左腕を見せてくれた。
左腕は腕ではなかった。後々知ったのだが、義肢と呼ばれるものがそこにあった。
「魔法は使いようによっては、皆さんの体を傷つけてしまいます」
ソンソン先生が静かな口調でそう言った。
「ここを皆さんにお見せすることはありませんが、私の左目の眼球はありません。とある事故で摘出することになりました」
ソンソン先生はそう言って、左目を隠している眼帯に触れた。
生徒は静かだった。教室の空気は少しだけ張りつめているような気がした。
クレイは気づかぬうちに、自分の左手を握りしめていた。
魔法実験の事故については、ジャムやメーラから聞いたことがあった。しかし、それを自分の身にふりかかることとして考えたことはなかった。
「この中に、怪我をしたい人はいないと思います。では、怪我をしないためにどうすればいいかを知っている人はいますか?」
何人かが手をあげた。
「教科書に書かれている注意事項を守ることです」
「そうですね。では、あの注意事項は誰が、どのように決めたか知っていますか?」
「それは・・・教科書を作った人が・・・?」
「そうです。教科書の後ろの方のページに、教科書の編纂に関わった人の名前が書かれています。この授業のあとに、その人たちについて図書館で調べてみてください。その中には私とソンソン先生も含まれています。私たちは自分の経験をもとに注意事項を書き込みました。私が左腕を失ったのは転移魔法の実験をしていたときでした。転移魔法はまだまだ研究が進んでいない魔法です。とても使い勝手が悪いので、なんとか簡単にできないかと沢山の魔法使いが研究を進めています。私もその一人でした。しかし、物体を近くから遠くへ移動させるという魔法は、言葉で表すほど簡単なものではないのです。難しい話は省きますが、きちんと下準備をしないと、こうやって一部が何処かに飛んでいってしまったりします」
ビーンズ先生は冗談めかした口調でそう言ったが、内容はとても笑えるものではない。
教室中の目が、ビーンズ先生の左腕に吸い寄せられている。
「教科書に書かれている注意事項は、その実験で手痛い失敗をした人が考えたものです。経験に基づいたものであり、とても大切なことです。今日はその大切さをわかって貰うために集まって貰いました」
ビーンズ先生とソンソン先生は、いくつかの魔法実験の事故について話をしてくれた。その事故が起きたことでできたルールや禁止事項は、クレイがこれまで教えて貰ったものばかりだった。
(こんな理由があって、このルールができたんだ・・・知らなかった・・・)
これまでクレイは、ただルールを守るだけで、それ以上のことは考えもしなかった。しかし、このルールが出来上がった経緯には、誰かの手痛い犠牲が教訓になっているのだとわかった。
「魔法の実験にはたくさんのルールがあります。私たち教師は皆さんに、それを守るようにと伝えます。しかし、皆さんの判断で守るか守らないかは決めて良いのです。ただ、守らなかった場合どうなるかをきちんと知った上で判断してください」
ソンソン先生のその言葉で、授業は締め括られた。




