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授業が終わり、クレイたちは再びケビンの家にやってきた。
しかし、家の扉を開けて驚いた。
家の中いっぱいに蜂蜜の香りが満ちていたからだ。
「え?これって・・・うわあ!すごい!」
ケビンの家のテーブルの上に、妖精金貨が溢れていた。砂糖壺の中にぎっしり金貨が入っていて、入りきらなかった分がテーブルの上に落ちているのだ。
「・・・これ、返す?」
ジャムが手の中の一枚の金貨と、山となっている金貨を交互に見ながら言った。
「貰っとくか。これは、俺たちの駄賃だ」
「そうだね」
メーラとクレイの言葉に、ジャムは大喜びした。
「すごいなあ、これ。何枚あるんだ?」
「ケビンは大金持ちだね」
「いや、わかんねえぞ。妖精金貨はレアだから価値があるんだ。これをいっぺんにコレクターに売り出しても、値崩れするだけだ」
メーラの言葉に、クレイとジャムは「なるほどー」と感心する。
その時、目の端に何かがよぎった気がして、クレイは振り向いた。
テーブルの足に、何かが隠れた気がする。
「どうした?クレイ」
「うん、虫かな?」
「げ!クロムシじゃね?外に出しておかないと、増えるぞ!」
「クロムシじゃないわ!失礼ね!」
ジャムの言葉に怒ったように、姿を現したのは、金色の髪をした妖精だった。
トンボのような羽をぱたぱたと動かし、ジャムを睨み付けている。その手には妖精金貨を持っていた。
「う、わ・・・」
「おー!」
「わあお」
クレイたちは突然の妖精の出現に、言葉を失った。
妖精しばらくクレイたちを睨み付けていたが、すぐにハッとして慌てて逃げ出そうとしたが、手に金貨を持っていることに気づいたようにテーブルを振り返り、しかし、テーブルの近くにはクレイたちがいるから近づけず、困ったようにくるくると舞い飛び、天井の梁に落ち着いた。
「妖精だ・・・」
「初めて見たなあ・・・」
「なあなあ、降りてこいよ!」
ジャムが妖精を呼ぶが、妖精は「嫌よ!」と叫んだ。
「あんたたち魔法学生は嫌い!」
「どうして?」
クレイたちに心当たりはないが、もしかしたら、誰かが妖精を捕まえて、苛めたりしたのかもしれない。それは、問題だ。
「あんたたちは会うといつも、なんで?どうして?って聞いてくるじゃない。金貨は誰が作るの?とか、私たちはどんな魔法が使えるの?とか。知らないわよ、そんなこと!」
「・・・」
「ちっちゃい子供みたいに、質問ばっかりしないで!」
「わ、わかった、質問しないよ」
クレイがそう言うと、妖精が梁の上からそっと顔を覗かせた。
緑色の丸っこい瞳が煌めいている。クレイたちを警戒しているようではあるが、同時に興味も持っているようだった。
「本当?ナンデナンデって言わない?」
「うん、あ、でも、名前は教えて欲しいな。俺は、クレイ」
「俺はメーラ」
「オレ、ジャム」
妖精は少し迷った様子だったが、小さな羽を動かして降りてきた。
「私はコレットよ。あなたたち、ケビンの友達?」
「うん。君ってもしかして、ケビンに助けて貰った妖精じゃない?そのワンピース知ってる」
コレットが着ているワンピースは、ケビンに頼まれてクレイたちがここに届けたものだった。
「そうよ。あ!もしかして、このワンピースを直してくれた人間って、きみ?」
コレットは警戒心を忘れたように、クレイの鼻先まで近づいてきた。その目は期待にキラキラと輝いている。
「違うよ。それを直したのは、俺の友達のジェナ」
「ジェナ?ジェナってどこにいるの?このワンピース見て!あんなにひどい破れかたしてたのに、こんなに綺麗に直してくれたの!」
コレットがクレイの鼻先で、くるりと回る。黄色いワンピースの裾がふわりと広がった。
「ジェナはパッパース村にいるよ。人間の村」
「それって、魔界にある?」
クレイが「魔界じゃないよ」と言うと、コレットは残念そうに肩をおとした。
「そうよね・・・人間は魔界には滅多に来ないものね。来るのは刃物を持った乱暴者ばかり・・・ああもう!どうしてなの!」
コレットは突然、悲しみの声を上げ、両手に顔を埋めた。
「ど、どうしたの?」
「悲しいの!私たちはただ、きれいで可愛くてぴったりな新しい服を着たいだけなのに、それを作ってくれる人が側にいないんだもの!!」
「・・・?」
クレイはコレットの悲しむ理由がわからず、メーラとジャムを見る。しかし、魔界通の二人にも、その理由はわからなかったらしい。二人とも首をかしげている。
「ええと、ごめん、質問しないでって言われたけど、よくわかんない。服を作る人がいないの?」
「そうよ!」
「君は作れないの?」
「できないわ!自分の服の破れを繕うのだってできないんだもん!」
「ええと、それじゃあ、その服は誰が作ったの?」
クレイの質問に、コレットは顔を上げる。
キラキラとした満面の笑顔だった。
「これ?これはね、50年前の服なの。ちょっとデザインが古いけど、それも可愛いでしょう?その時は妖精専門の裁縫師さんがいてくれたのよ。クローゼットの奥で見つけたときは嬉しかったわ!私のサイズにぴったりだったの。一目見たとたん気に入ったのよ!素敵でしょう?」
そう言って、くるくると回って見せる。
また泣き出しそうになられては困るので、クレイたちは「うん、素敵だね」「似合っているよ」「君にぴったりだ」とコレットを褒めた。
「裁縫師さんは、今はいないの?」
「そうなの」
コレットは満面お笑顔から、一転、悲しげな表情になる。肩を落とし、背中の羽さえ傾いてしまう。
「なあ、妖精って、なんていうか、大袈裟だな」
「わかる」
ジャムとメーラがこそこそと話している。
感情表現がはっきりしているので、とてもわかりやすい、とクレイは思った。百面相とは、この事を言うのだろうか?
「それじゃあ、縫い物の練習をしたらいいんじゃない?俺も最初は下手だったけど、今は繕い物くらいなら自分でできるようになったよ」
クレイがそう言うと、コレットの目はわかりやすく泳いだ。
「わたし、その・・・苦手なの、お裁縫」
「でも、新しい服が着たいんでしょう?」
「うん、でもお・・・難しいし、時間がかかるし、手は痛くなるし・・・だからね!そのジェナって子に裁縫師になって欲しいなって思って!その子はマーリークサークルに来ないの?」
コレットが期待に満ちた目で、クレイたちを見る。
「それは・・・無理だとおもうよ。ジェナは魔法使いにはなりたくなさそうだし、今は裁縫の勉強をするためにお金を稼いでいるし」
「お裁縫の勉強?こんなに上手なのに?」
「もっと勉強して、お針子さんになるんだって」
クレイの言葉を聞いて、コレットがぱあっと笑顔になった。
「それなら、妖精のお針子さんになればいいのよ!私たちの服を作ってくれれば、ちゃんとお代は支払うわよ!ねえ!ジェナに話してよ!妖精金貨だって、珍しい薬草だってなんだってあげるわ!すっごく価値があるんだから!」
コレットの言葉に、メーラが「それは、良いなあ」と呟く。
「妖精金貨も、妖精が見つけてくる薬草も、すごく価値があるんだよ。なるほど、妖精のお針子か。ジェナにはぴったりじゃないか?」
メーラの言葉に、コレットは大喜びで「でしょう?そうでしょう?」と跳び跳ねている。
「で、でも、ジェナは魔界には来ないんじゃないかな?怖がってたよ」
「魔界にまで来ること無いよ。服を作るのはパッパース村で十分だろう。服ができたらフクロウ便使って配達して貰えば良い。配達料は妖精持ちで。フクロウ便の兄ちゃんたちも喜ぶぞ。妖精相手に商売できればぼろ儲けだ。荷物も軽いしね」
「そ、そうなんだ・・・」
メーラがぽんぽんと出すアイデアに、コレットは瞳を輝かせている。
「やったわ!50年ぶりに新しい裁縫師さんが見つかった!新しい服が着れるわー!」
コレットがそう叫びながら、外へと飛び出そうとした。それを見たメーラが慌ててコレットを捕まえる。
「ちょっと待てよ!ジェナがやるって決まった訳じゃない!勝手に話を進めるなよ!」
「ええ!?来てくれないの?あなた今言ったじゃない!皆、喜ぶって!」
「言ったけど、それはあくまで俺の意見だ!ジェナにちゃんと話をするまで決めつけるなよ!」
メーラの言葉に、コレットは頷いた。
「わかったわ。じゃあ、あなたたちがジェナに頼んでくれるのよね?」
期待に満ちた目でメーラとクレイとジャムを見上げてくる。
「まあ、お願いくらいなら・・・」
クレイがそう言うと、コレットは大喜びして帰っていった。
「・・・なんか、心配だな」
コレットを見送りながらメーラが呟いた。
「なにが?」
「あの妖精、他の妖精にジェナのこと喋るんじゃないか?」
「まあ、そうだろうなあ。スッゲー喜んでたし」
ジャムが頷く。
「正しく伝えてくれれば良いんだけど・・・」
「そうだねえ、はや合点して、後でやっぱりだめでしたって事になると、がっかりする妖精もいるだろうしね」
「そうなんだよなあ・・・それに・・・」
メーラはそう呟いた後、押し黙ってしまった。
それに・・・のあと、メーラが何を言おうとしていたのかを、クレイは次の日の夜、知ることになった。




