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三日後、校長先生は魔界へ帰っていった。
「新学期にまた会おう。といっても、もう、明後日だが」
そう言って微笑み、暖かな空気を纏いながら、空の向こうへ消えていった。
この三日というもの、校長先生はクレイとメーラにたっぷりと付き合ってくれた。
クレイは沢山の質問をした。
鉛筆が魔界の人々に及ぼす影響を少しでも知りたいと、思い付くことを質問したが、質問すればするほど、クレイは魔界の事を全く知らないということがわかった。メーラも色々と教えてくれたが、魔界で暮らしてきたメーラや校長先生の価値観と、自分の価値観にズレがあることを感じた。
それを感じるにつれて、自分が魔界で仕事を得ることが、ものすごく難しいことと感じてしまった。ましてや、鉛筆の特許をとって、利益を得るなど人間の自分がやって良いこととは思えなかった。
クレイがその気持ちをポツリと漏らすと、メーラは怒ったように反論した。
「そんなわけあるか!お前は魔法使いで、魔界に有益な情報を持っているんだ。人間だからってやっちゃいけないわけはない!」
校長先生もメーラに同意した。
「なにも知らないと恐れることはない。君は十分に魔界を理解しようとしてくれているよ。この鉛筆の事は急ぐ必要はないんだ。もっと時間をかけて考えてみなさい。なんならこれを卒業研究にしてもいい」
そう言って微笑んだ。
この三日で、魔界について沢山の情報を頭に詰め込んだ。答えの糸口さえつかめない三日間だった。魔法の勉強の方が楽だと思った。
「ちょっと休憩するか。なんか、すぐに答えがでる問題じゃないみたいだし」
校長先生を見送りながら、メーラは達観した顔でそんなことを言った。
正直、クレイはもう、考えるのも嫌になっていて、特許の権利など放棄して傍観者に回りたいと思っていた。
「・・・メーラはどうしてそんなにしてくれるの?どうせなら、メーラが特許とった方がいいんじゃない?お金も稼げるし」
「お前が金を稼げなきゃ意味ないんだよ」
「なんで?」
メーラは少し迷った末、答えてくれた。
「俺は野球がやりたいんだ。マーリークサークルで」
「・・・うん、言ってたね」
メーラは本当にサークルを立ち上げた。今は道具がないので、フットボールベースしかできないが、メーラは野球をやることを目標にしている。ゲーム参加者には全員、野球が面白いことを話し、道具が揃ったら一緒に遊ぼうと誘っている。
クレイも何度か参加した。ルールを一番知っているのはメーラとクレイなので、自然とチームのリーダー的立場にいる。
「お前も、野球チームに入って欲しい。だから、お前の金銭問題が解決してくれると、とても助かる」
「・・・え、でも・・・俺も参加はするつもりだったよ?今までみたいに・・・」
「でも、三年生になったらバイトするだろう?バイトと野球いっぺんにはできないと思う。何人か、バイトしてる先輩の話聞いたけど、かなり大変そうだった。野球と勉強とバイト、どれに一番時間を使うかっていったら、当然勉強だろう?」
「・・・うん、まあ・・・でも、メーラもそうでしょう?三年生より上の学年に行ったら、勉強頑張るんじゃないの?」
メーラは首を横にふった。
「俺がマーリークサークルに居続けるのは、野球をやるためだ。学校なら、簡単に人が集まるからな」
「え!?」
「一年や二年生で学校を辞める奴も、野球なら続けてくれるかもしれない。そうすれば、卒業前に学校の外にチームが作れるかもしれない」
「え?え?魔法の勉強は?」
「魔法の勉強はやる。嫌いじゃないからな。でも、俺は魔界で野球チームを作りたいんだ。人間の国みたいに、野球を人気のあるものにしたい。そしたら、ずっと野球していられる!」
メーラの目はきらきらと輝いていた。
「野球が仕事になれば、なお良い!」
クレイは、驚きのあまり口をポカンと開けてしまった。
なんと、メーラはジャーマン君と同じ夢を抱いていた。しかも、メーラはゼロから作り出さなければならない夢だ。
「そ、それって・・・難しいと思う」
「そんなのわかってる。でも、良いんだよ。俺には時間があるからな。っていうか、それが問題とも言えるんだが・・・」
「?」
「俺がクレイたちと寿命が同じなら、人間の世界で野球をやれば良い話なんだ。変身魔法を磨いて、人間になりきれば良い。でも、それはできない。お前らは、俺より先に年取って死んじまう」
「・・・・・・」
「俺が野球をやりたいなら、魔界でチームを作る必要があるんだ。仲間を作らないと。野球は一人じゃできないからな」
そう言うメーラの顔は、ちょっと寂しそうだった。
そうだ。クレイはメーラよりも先に死んでしまう。きっと、クレイたちと野球ができる期間は、メーラの一生の時間の中で、とても短い間だけだろう。
パッパース村にある野球チームのメンバーも、野球のコーチのゴメスさんも、いつかはいなくなる。
野球のチームが無くなることはないと思うが、メーラは年の取り方が、人間とは違うのだ。
魔法が禁止されているこの土地で、魔族との交流が普通ではない世界で、メーラが野球を続けていられる保証はない。
「あ、言っとくけど無理に入れって言っているんじゃないからな。クレイにはクレイのやりたいことがあるんだろうし。でも、ちょっとだけ俺の手伝いもして欲しいんだ。だから、まずは、お前のバイトの時間を減らせるようにしてみようと思ってさ」
「・・・メーラはすごいね。なんで、そんなに先の事まで考えられるの?」
クレイは、呆然と呟いた。
メーラが人生の先の事まで考えていることを知って、ひたすら驚いたのだ。
クレイは、そんな先の事まで考えたことなど無い。今を生きることで精一杯な気がする。マーリークサークルで学ぶ魔法や、魔界の生活を知っていくのが面白くてしかたない。
時々、ちょっかいをかけてくるコーテャーの相手をしたり、突発的に降り注ぐキノコや虫の毒に対処したり、友達と勉強したり遊んだり。それ以上の事など、考えたこともなかった。
「やりたいことをやるために、知恵を絞るのは普通だろう?お前もやってるじゃないか。今回の特許のことだって、他の人の事なんか考えなくても良いのに、考え出すし。俺は、そっちの方がすごいと思ったね」
「そ、そう?」
「そうだよ。そんなの俺には関係ないって、金だけ取ることだってできるんだ。そっちの方が楽だよ」
メーラの言う通りだと思った。でも、それはしたくない。
「お前はすごいよ。俺はそんな考え持ったこともなかった」
メーラはそう言って、楽しそうに微笑んだ。




