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 クレイとメーラが鉛筆工場に来た理由。

 それは、ここに隠れ魔法使いがいて、魔法の鉛筆を作っているのではないか、と思ったからだった。

 「隠れ魔法使い?ボータンさん達がか?なんでまた?」

 ケビンは二人がそう思う理由がさっぱりわからず、首を傾げた。

 クレイたちは工場から出て、野原にシートを広げて、そこで話をしている。

 ジェナとジェナの両親は工場でボータン夫妻と話をしている。終われば合流して、お昼ごはんを食べてから帰宅する予定だ。

 今は、ジェナ達を待つ間にお茶でも飲もうと、焚き火を作り、ヤカンを火にかけ、お湯が沸くのを待っているところだ。

 「この鉛筆に魔法がかかってるの?」

 ジャックがお土産にと貰った鉛筆を手に、なにかを期待する目でクレイとメーラを見ている。

 「俺達はそう思ってたんだ。でも、どうやら、違うっぽい」

 メーラが鉛筆を手に、そう言った。

 「そうだな。この鉛筆からは魔力は感じられない。いたって普通の鉛筆だ」

 ステアは鉛筆を見てそう言い、クレイとメーラを見た。

 クレイとメーラはお互いの顔を見て、クレイが口を開いた。

 「あの、師匠、覚えていますか?俺が魔方陣で師匠に手紙を送ったこと」

 「もちろんだ。忘れるわけはない。あの魔方陣はそこそこ複雑な作りで、綺麗に描くのはとても苦労するのだ。それを完成させ、転送魔法を成功させたことを忘れるわけはない」

 「はい、あの・・・実はあの魔方陣を描いたとき、俺・・・ちょっとズルしちゃったみたいで・・・」

 「ずる?」

 「ズルじゃないよ。魔方陣を成功させるのに、ズルも何もない。失敗しない方法を見つけるのが一番なんだから。ね?師匠?」

 メーラが熱い口調でそう言い、ステアを見る。

 「そうだな。魔方陣はとても失敗例の多い魔法なのだ。お前達もジョルジュ先生に教えて貰ってわかっていると思うが、魔方陣は失敗しないこと、失敗するにしても、自分が対処できる範囲で失敗することが一番大切なのだ」

 「え?どういうこと?魔方陣って、図形を描くだけじゃん」

 ローワンが質問してきた。

 ミック、ジャック、ローワンの三人は、かつて、ステアへ手紙を送るための転送魔法を成功させるために、クレイと共に苦労した仲間だ。ケビンもよく覚えている。あの時は、齧ったばかりの魔法を成功させるために、三日ほど徹夜した。

 特にクレイは大変だった。件の魔方陣は細かい図形の集合体で、魔法の発動者であるクレイは、この図形を正確に描くために、何度も何度も練習していた。

 「まあ、あの魔方陣は大変だったけど・・・」

 「お手本があれば簡単じゃん」

 「呪文も必要ないし」

 ミック達の言葉にステアは難しい顔をして、首を横に振った。

 「いいや、そうではないぞ。魔方陣とは見かけほど簡単ではないのだ・・・この話をすると長くなるな。ひとまず、クレイの言うズルについて聞こう」 ステアがそう言うと、クレイはちょっとためらったあと、ちいさな声で呟いた。

 「・・・下書きしたんです。鉛筆で下書きしたあと、その上を魔法のインクでなぞりました」

 ひゅっと息を飲む音がした。

 クレイの言葉が終わって、きっかり三呼吸ぶん、ステアの息は止まった。

 「・・・ステア?大丈夫か?」

 ケビンが声をかけると、ステアはゆっくりとこちらに顔を向けた。その頬はひきつっており、瞬きひとつしなかった。

 「お前、あの時、クレイの側いにたな?今の話は本当か?」

 「ああ、本当だよ。あんな複雑な図形、フリーハンドで描けるはずないだろう?」

 ケビンの言葉を聞いて、驚くことが起きた。

 ステアの顔に恐怖の色がよぎったのだ。

 ミックたちですら、お茶を飲むのをやめて、身を固くした。クレイとメーラも、顔をひきつらせている。

 「おい、その顔やめろ。子供達が怯える」

 ケビン自身も、思わず剣に手を伸ばし描けるくらい、空恐ろしいものを感じたが、できるだけ感情を押さえてそう言った。

 「あ、あのさ、クレイの話を聞いて、俺も試してみたんだ。下書きして、上からなぞった。それで、成功した」

 「メーラ!!」

 ステアがメーラに怒声を浴びせた。

 感情的に怒るステアなど初めてだ。

 ステアがかつてない程、猛烈に腹を立てているのがわかった。

 「ご、ごめんなさい・・・でも、ちゃんとジョルジュ先生のいるところでやったんだ。場所だって、魔方陣学専用の教室で・・・」

 「先生に許可は取ったのか?」

 「・・・取ってない」

 「この大馬鹿者が!」

 ステアは立ち上がってメーラを叱りつけた。

 野原にステアの怒声が響き渡り、近くの木に留まっていた鳥が、一斉に羽ばたいて逃げ出した。

 「ち、違うんです、師匠。お、俺が最初にできるって言っちゃって・・・」

 クレイが慌てて、メーラを庇おうとするが、ステアは頭をふって、それを止めた。

 「クレイ、お前は魔法の世界に入り込んで、まだ、数年だ。しかし、メーラは生まれたときから魔法を知っている。だからこそ、メーラは魔方陣の危うさと言うものをお前よりも知っているのだ。」

 ステアはできるだけ怒りを抑えようとしているようだったが、その顔は子供達が正視できないほど真っ赤になり、怒りに染まっていた。

 「魔方陣は扱いを誤れば怪我ではすまない事になる。だから、魔方陣は特別な教室で、特別な資格を持った教師が教えるのだ。呪文も杖も使わず、正確な図形さえ描ければ魔法が使えるという利便さは、使い方を一歩間違えば厄災を引き起こすという危険も持ち合わせている。私がクレイに教えなかったのも、その危険性も含めてしっかりと勉強して欲しかったからだ」

 「ちょっと待てよ。魔方陣ってのはそんなに扱いが難しいものなのか?下手をしたら、死ぬ?」

 「そうだ」

 「そんな・・・そんなものを書いた魔法書を置いておくなよ!クレイや他の子がそれ見て、やってみたらどうすんだよ!っていうか、もう、やっちまったじゃねえか!」

 「それについては、悪かったと思っている。あの手紙を受け取った直後、私は血の気が引いたのだ。クレイが失敗していたら、何が起きていたのかと思うと、気が気じゃなかった。しかし、村に帰ってきてみれば、どこからも火があがっている様子はなく、竜巻が起きた様子もない。古城も無事だった。人が行方不明になったという知らせもなければ、キメラが現れたという騒ぎも起きてはいなかった」

 「ちょっと待て・・・そんなに危ないのか?魔方陣の失敗って・・・」

 「そうだ。その後すぐに、魔方陣について書かれてある本は隠して、クレイにも魔方陣を使うのは禁止と約束した。マーテルや他の子達にも、魔方陣は私がいるところ以外で扱わないことと念を押した。ついでに、村を魔法で囲んだ。この中で魔方陣を描こうとすれば、すぐに私か、メイヤー達が気づくようにしてある」

 「あ、そうなんだ・・・」

 ステアは厳しい目でメーラを見る。

 「メーラ、お前がここに来たのは、メイヤーとタロルと同じく、あの魔方陣を成功させたクレイに興味を持ったからだろう?まだ、未熟な魔法使いが、美しい魔方陣を描いてみせた。そう、誰だってあの魔方陣の書き手には興味をもつ。だが、その理由を知りたいからといって、やってはいけないことがある」

 「・・・はい」

 「魔方陣を描く上で、上書きは絶対に禁止されている。授業でも習ったはずだ。何度かクラスメイトの失敗も見ているだろう?」

 「・・・はい」

 そう、クレイとメーラは魔方陣が失敗した場合、何が起こるか知っている。

 既にそれを見ているのだ。

 「危険だってことは知ってた。でも、だからこそ知りたかったんだ。どうしてクレイの鉛筆だけ、上書きしても失敗しないのか」

 メーラはステアの目をまっすぐ見て、そう言った。

 「この鉛筆が?」

 ミックが手にした鉛筆に、注目が集まる。

 「そうなんだ!どうしてか、クレイの持ってる鉛筆で描くと・・・」

 「そこまでだ、メーラ!」

 ステアの怒りは、全く収まっていない。

 メーラはすぐに口を閉じて、「ごめんなさい」と謝った。

 「まだ、話は済んでいない。ケビン、私とメーラは先に帰る。メイヤーとタロルにこの事を知らせる、二人にも説教して貰わなければ・・・」

 ステアはそう言うと、コウモリの姿に化けた。メーラもステアに従うように、コウモリに化ける。

 「クレイ、村に帰ってから、鉛筆について話をしよう。いいな?」

 「はい、師匠。ごめんなさい」

 二匹のコウモリが、村へ向けて飛んでいった。

 クレイはしょんぼりと項垂れていた。

 あんな風にステアが怒る姿を見るのは初めてなのだから、仕方ない。

 しかし、ケビンはステアが必死に怒っているということを見抜いていた。

 そうでもしないと、鉛筆の謎の方に興味を持っていかれて、新人魔法使い二人への説教が疎かになってしまうからだ。

 メーラがクレイの鉛筆について話をしだしたときのステアの目は、おもちゃを見つけたときの子供のそれだった。

 (『師匠』も大変だなあ・・・)

 ケビンはこっそりと苦笑した。



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