20
その日の夜は雲ひとつなく、空には月が出ていた。
子供達が眠りにつき、ステアは外に出た。
中庭のクレイの畑の前に、一人の女性が立っていた。
「やあ、また来たのか。君は意外と心配性なのだなあ」
ステアが声をかけると、女性は振り向いた。
夜に溶けてしまいそうな黒髪をもつ吸血鬼だった。切れ長の双方が月の光に反射して、キラリと光る。
ハタハタと比翼の音があちこちから聞こえる。コウモリが飛び回っているのだ。
二匹のコウモリが女性の外套にしがみつく。
「別に心配はしていない。あの子は賢い。心配することなど一つもない」
落ち着いた声で、女性は返した。
そして、懐にてを伸ばし、外套の下から卵の入った籠を取り出す。
「イチョウタンの卵だ。アカーリアが大好きなものだ。食べさせてやってくれ」
「ありがとう、クレイとメーラも喜ぶだろう。君も一緒にどうだ?もう、明後日には帰るのだし、君も少しだけ人間の村を見学していっては?」
ステアは卵を受けとりながら、アカーリアの家庭教師であるスージーに聞いた。
スージーは少しだけ迷うように瞳を揺らしたが、すぐに首を横にふった。
「私がいてはあの子の頑張りに水を差す。明後日、両親と共に迎えに来る」
スージーはそう言うと、くるりと背を向けた。
周りで羽ばたいていたコウモリ達が、一斉に高い空へと舞い上がる。
「アカーリアはお茶を喜んでいたよ」
ステアが空に向かってそう言うと、「そうだろう」という静かな声が降ってきた。
コウモリ達がいなくなると、ケビンが顔を出した。
「最近妙にコウモリが多いと思ったのは、彼女のせいか」
「ああ、彼女のお供だ」
「ちょっと怖そうな人だな」
「ちょっと、な。でも、熱心な先生なのだ」
ステアは黒と白の斑柄の卵を見ながら、微笑んだ。
ケビンは「そうか」と呟き、中庭にあるベンチに腰を下ろす。
「・・・どうした?戻らないのか?ここは寒いだろう」
「クレイが、もう大丈夫だってさ」
ケビンは呟くように言った。
「?なんの事だ?」
「マーリークサークル。一人でも大丈夫だってさ。だから、オレが無理して先生することないって」
ステアは3度まばたきを繰り返し、ようやく理解し「ああ・・・」と呟いた。
「いつ?」
「オレが起きれるようになった時に言われた。一人で大丈夫だから、オレはパッパース村で前のように暮らしてくれ、って。どう思う?」
ケビンは困った顔でステアを見る。
ステアはしばし考え、「一人で大丈夫というのは、本当だろう・・・」と呟いた。
「そんなことはわかってる。オレが言いたいのは、クレイが今回のことに責任感じてるんじゃないかってことだ」
「それくらい、私もわかっている。ああ、そうだ。このタイミングでそんなこと言い出すとしたら、それしかない。それで?お前は何と言ったのだ?」
「・・・ちょっと考えてみるって・・・」
ステアは目を丸くしてケビンを見る。
「迷っているのか?マーリークサークルに戻るのを。何故?」
「・・・ビビったからだよ。今回のことで、ちょっと怖くなった」
ケビンの言葉が、静かな夜の空気に驚くほど良く響いた。
「怖い?」
「こんな経験は初めてだ。三日も寝続けるほど疲れるなんて・・・魔法を使えるようになって、なにかが変わるかもとは思っていたが、これは予想以上だった。しかも、魔眼を持ってるって?この歳になって、いきなりそんなことを言われるとは・・・」
ケビンはため息をつく。
「ほお・・・ほうほう・・・」
ステアはケビンの傍に立ち、興味深そうにその顔を覗き込んだ。
「なんだよ、フクロウかお前は?」
「いやいや、興味深いと思ってな。なるほど、お前ほどの強者でも、恐怖を感じてしまうのか」
「強者って・・・それは昔の話だ。もう昔のような無茶はできない。冒険者みたいに危険に立ち向かうような真似は無理だ。ただ単に魔法を使うだけなら良かったんだが、使いすぎで倒れて三日も動けなくなるなんて想定外だ。いくら安全な学校とはいえ・・・そう安全でもないけど・・・魔界で暮らすというのは・・・」
ケビンはしばらくためらった後「不安だ」と呟いた。
ステアはそんなケビンを見つめ、口を開く。
「この、嘘つきめ」
「あ!?」
ケビンは驚いて顔をあげる。
「お前は嘘をついている。いや、嘘ではないのか?不安なことは本当のようだ・・・」
ステアはそう呟きながら、首をかしげる。
「嘘なんかつくか!人が恥を忍んで恐怖を打ち明けてみれば、この野郎!」
ケビンは顔を赤くして立ち上がる。
「それが嘘だ。恐怖なんかお前は感じてない。お前が感じているのは、もっとこう、ワクワクするものだろう」
「わくわく!?何言ってんだ、お前は!?」
「だって、お前は若返っている」
「っ!?・・・なに?」
ケビンは鳩が豆鉄砲を食ったような顔でステアを見る。
「一年と少し前、お前と再会した時、私は人間の寿命の早さを目の当たりにした。私と四度も刃を交えたお前に衰えを感じたからだ。魔界で出会ったときの生命の輝きがお前からは失われていた」
「そ、そりゃあ、まあ、年食ったし・・・」
「しかし、今のお前は一年前とは違う。絶対に若返っている。目の輝きが違う。肉体の躍動感が違う。なにかを諦めているような顔をしていない」
「・・・・・・」
「楽しいのだろう?自分の新しい可能性を見つけて。血が沸き立っているのではないのか?命の輝きが戻るほどに」
ケビンは、2、3度口をパクパクと開閉させた後、顔を赤くした。
「え?そ、そんなに?」
「ああ!お前は、お前自身の未来に期待しているはずだ。まあ、確かに少しは恐怖もあるのだろう。しかし、それは先が見えない不安から来るものだ。これまで魔法を知らずにいたのだから仕方ない。安心しろ。魔眼には私も大変興味がある。お前に何があっても、私がサポートしよう。メイヤーだってタロルだってそう言うだろう。ああ、そうだな、お前の不安が小さくなるまでここで過ごすのもいいだろう。魔眼保持者と話をして、対策を立てると良い。学校にはそれから戻れ。事情が事情だ。学校もわかってくれる」
「お・・・あ、う・・・で、でも・・・」
「魔法については恐れることはない。私もいる。他の教師もいる。なによりコーテャーがついている。早々に隠居などと諦めず、新しい世界に飛び込んで来い。魔法の世界も楽しいぞ。私が保証する」
柔らかな風が駆け抜け、ケビンとステアの髪を揺らした。
ケビンはステアの腕を掴む。
「・・・本当だろうな?その台詞、後で忘れたとか言うなよ。オレはお前の助けを期待するぞ」
ケビンは真剣な眼差しで、ステアを見る。
ステアはにっこりと微笑む。
「当然だ。私も散々助けてもらったからな」
二日後、アカーリアの家族が村にやってきた。
アカーリアの父親と母親、それにアカーリアの姉のアマンダ、そして、家庭教師のスージー先生。
彼らは朝日が昇る前に、コウモリの群れを率いてやってきた。
パッパース村の村人たちには、既にお客が来ることは話してあったので、騒ぎになることはなかった。
「お父さん、お母さん、お姉ちゃん!スージー先生!」
「アーリー!元気そうね」
「やあやあ、楽しかったか?」
アカーリアは嬉しそうに両親に抱きついた。
「スージー先生も来てれたんですね。お久しぶりです」
「久しぶりです、アカーリア。元気そうね。なんだか、少し太ったかしら?」
最初は冷たい印象だったスージー先生だが、アカーリアと話す彼女の顔は、とても優しかった。
アカーリアがこの村に来た時、スージー先生には本当の理由を言いたくないと言っていたのを聞いて、どんな先生なのだろうとちょっと緊張していたクレイたちだったが、心配は杞憂だったことを悟る。
アカーリアの滞在中、美味しいお茶や卵を差し入れてくれていたのは、彼女だった。
「ねえ、私、人間の村を見たいわ。見に行っても良い?」
アカーリアの姉のアマンダが、そう聞いてきた。
アマンダとアカーリアは顔立ちは似ているのだが、雰囲気はまるで違う。一言で言うと、アマンダは勝ち気。歩き方も喋り方も、アカーリアとは正反対だ。
クレイはアマンダをマーリークサークルで見かけたことあった。確か、三年生だったはずだ。
村の人々はまだ寝ているからと、ステアが引き留め、まずはお茶を飲むことにした。
久しぶりに家族と会ったアカーリアはお母さんとお父さんにべったりだった。いつも大人しく、同年代の子供達の中では大人びた印象のある彼女が、両親に素直に甘えている姿は、なんだか新鮮に見えた。
アカーリアはお茶を飲み終わると、家族に村の中を案内した。
新しい吸血鬼一家の来訪は既に村中に知れわたっており、たくさんの人が家から出てきて歓迎してくれた。
村の大人達は、口々にアカーリアの気立ての良さを褒め、アカーリアの両親を喜ばせた。
しかし、テッドがアカーリアを連れて帰らないでと、裾をつかんで大泣きしたのには困りはてていた。
「たくさんのお友だちができたようですね、アカーリア」
スージー先生が、村の様子を見ながらアカーリアに話しかけた。
「はい。みんな、すごく良い人たちです」
「そうですか。家に帰ったらたくさん話を聞きたいですね。マーリークサークルのことも。ここであったことも。人間の先生が不思議な授業をしたと、今、魔界では噂が広まっています」
「あ、ケビン先生の授業ですか?」
「ええ、ステア先生もその教え方に、新しい発見をしたと言っていました。私も是非知りたいです。アマンダも教えてくれましたが、あなたからも話を聞きたいわ」
アカーリアはぱあっと笑い、頷いた。
「はい!すごく面白い勉強法方なんです。ただ、ちょっとお腹が空くんですけど・・・」
嬉しそうに話すアカーリアを見て、スージー先生もその目元を綻ばせた。
夕方、アカーリアは家族と一緒に帰っていった。
テッドは、大泣きしたあとは涙を堪えてアカーリアを見送った。
「クレイ兄ちゃん、魔界の学校に行ったら、アカーリアに会える?」
テッドはクレイの袖を掴んで聞いてきた。
「うん、毎日会えるよ」
その言葉を聞き、テッドの顔は輝いた。
「僕、マーリークサークルに行く!母ちゃんから魔法を教えてもらう!」
テッドのはそう言って、早速母親に魔法を教えてくれるようにせがみだした。
テッドの両親は、ケビンがこの村の護衛のために来てもらっている元冒険者だ。母親は魔法使いで、人間の世界にある魔法学校で学んだことがある人だ。
テッドにも魔法使いの素質は十分にある。
「え、本当?テッド、マーリークサークルに来る?」
クレイは嬉しくなった。いつか欲しいと思っていた後輩ができるかもしれない。
テッドは真剣な顔で「行く!」と言った。




