13
清水を湛えた器を月の光にさらし、フワンフールがあるという場所に置いた。
すると、本当に微かに魔力を感じた。
「あ!ある!」
「本当だ!なんかある!」
クレイとメーラは同時に叫ぶ。
月の光に煌めくように、白い靄が立ち昇っているのが見えた。一瞬のことですぐに消えてしまったが、何かがそこにあるのはわかった。
「なにがあるの?」
「何も見えない」
子供達には見えないが、魔法を勉強しているクレイ達にははっきりと感じることができた。
「ケビンはそのマガンってやつで、フワンフールが見えているの?」
ジェナの質問に、メイヤーが興奮した顔で頷いた。
「そうよ!私もこのメガネでやっとフワンフールを視認できたの。このメガネは私たちの目では確認できないものを見るためのものなの。念のために持ってきておいて良かったわ!メガネの魔力数値は0.0004!こんなの普通の人じゃ見えないし感じない数値よ。これが見えるのは魔眼の持ち主だけ!」
「0.0004!それはかなりの数字だな」
「私たちに見えないわけだ。しかし、魔眼の持ち主ならば・・・そうか!ケビン君が倒れたのは・・・」
「そうよ!それが原因なの!」
ステア、メイヤー、タロルはなにやら興奮して話をしているが、クレイ達にはさっぱりわからない。ケビンも同じくわかっていない顔だ。
「マガンってなに?」
「たぶん、ケビンの目が特殊って話だな」
「へえ、なんか違うの?」
「違うんだろうなあ、よくわかんないけど」
「あ、月の水できたぜ。アカーリア、種入れてみる?」
ステア達は「魔法の元素」とか「特殊魔法」とか難しい言葉を使って議論に入ってしまった。もう、なにを話しているのかクレイにはさっぱりわからない。
(あとで師匠がわかりやすく説明してくれるだろうし・・・)
クレイは月の水のほうに興味が出た。
「月の水って、ただの水じゃない」
「でも、待って。水なのに土っぽい匂いがする」
「本当だ。それになんか、トロトロしてない?」
「そうなの、これが月の水よ。触ってみる?」
アカーリアにそう言われて、子供達が我先にと手を突っ込む。少しだけトロリとした水になっていた。
アカーリアがポシェットから種を取り出し、水の中に入れる。
「しばらく浸してから、土に埋めるの。ここに埋めるわ。フワンフールの傍だと育ちがいいの」
「へえ。ねえ、この種も入れていい?十日草の種よ」
マーテルがワクワクした顔でそう言った。
「良いわよ」
「明日になったら咲いてるの?」
「赤ユリの方は夜に咲くわ。十日草は朝咲くから、明後日の朝ね」
「一日半で咲くなんて・・・それ、かなり良いわね。出荷スピードが上がるわ」
マーテルが商人の顔になっていた。
「あー・・・月の水を使うと、咲くのも早いけど、枯れるのも早いんだよ」
メーラが頬をかきながら言った。
「赤ユリは食用だから、育てたらすぐ食べるからいいけど、十日草は観賞用だろう?たぶん、一日も持たないんじゃないかな」
「え!?そうなの!?」
マーテルがショックを受けたように叫ぶ。
「それに、十日草の種は春まで寝かせる必要がある。これ、今年採れた種じゃねえ?」
「そうよ、良くわかったわね」
「小さかったからね。ってことはたぶん、咲いてもかなり小さいか、色が薄いか・・・」
メーラの言葉に、マーテルは「やっぱりそう上手くはいかないかあ・・・」と夜空を仰ぐ。
「もうすぐ、去年の種が尽きそうだから、なんとかできないかなって思ってたんだけど・・・そうよね、無理よね・・・」
十日草は今、パッパース村の花農家の一番の稼ぎ頭となっているのだ。しかし、それも、種が尽きれば終わってしまう。マーテルはそれを何とかしたかったようだ。
「ま、しょうがないか。でも、どんなふうに咲くのかは楽しみだわ。明後日の朝ね」
すぐに立ち直って、マーテルはにっこり微笑んだ。
フワンフワールも見つかったことで、その夜はお開きになった。
しかし、吸血鬼の大人三人は興奮が収まらない様子だった。
「こんな近くに魔眼の持ち主がいただなんて!」
「滅多にお目にかかれないからなあ」
「ケビン、ちょっと目を良く見せてくれ」
三人の吸血鬼は、キラキラした瞳でケビンの目を見つめていた。
「・・・頼むから、くりぬいて標本にしたいなんて言うなよ」
ケビンは若干身を引きながら、そう言った。
「そんなことをしたら、魔眼が死んでしまう。すでに先人が確認済みだ」
「確認済みなのか・・・」
ケビンがげんなりした声を出す。
目玉をくりぬくという言葉に、クレイとアカーリアはびっくりしてしまった。メーラは顔にこそ出さなかったが、一瞬、身を固くしていた。
「あ、ああ、すまない、お前たち。けして、嫌がる人から無理やり奪ったとか、そういう話ではないのだ。ただ、その・・・ある実験的なできごとで・・・」
ステアが慌てて口を挟むが、どんな状況だろうと、恐ろしいできごとには違いない。
「ステア、子供達には刺激が強すぎる。やめとけ。さあ、体が冷えただろう。お茶でも飲もう。あ、このお茶アカーリアのご両親が送ってくれたんだ」
ケビンがそう言って、戸棚から赤い箱を取り出した。アカーリアの表情が明るくなる。
「私の大好きなお茶です。寝る前に飲むと、ぐっすり眠れるのよ」
「ジャスミンのお茶ね。では、お湯を沸かしましょう」
魔眼の話から離れ、皆で暖かいお茶を飲む。体が暖まってくると、クレイとアカーリア、メーラは大きくあくびをした。
「それじゃあ、そろそろ寝なさい」
「はい、おやすみなさい」
「おやすみなさい」
「おやすみ。明日、魔眼について話してよね」
メーラが両親に釘を刺してから、部屋へと向かう。
子供達がいなくなると、メイヤーは本を、ステアは拡大鏡を、タロルは水晶玉を魔法で出した。
「魔眼について書かれている本はとっても貴重なの。うふふふ、手に入れておいて良かったわ」
「さあ、こっちを向け。よく見せてみろ」
「たしか、ヴァンスールさんが魔眼保持者について詳しかったはずだ。連絡を取ってみる」
お茶の効果もなく、三人の吸血鬼達は爛々としており、眠る気配も見せない。
(まあ、オレも自分の目については知りたいし、調べてくれるならありがたいけど・・・長くなりそうだな・・・)
「なあ、オレみたいに魔眼を持つ人ってのは、どれくらいいるんだ?少ないみたいだけど」
気になっていたことを聞いてみた。
たくさんいるとしたら、この三人がこんなにも興奮することはないはずだ。
「私の知る限り、この100年で3人ほどだな。お前を含めるとやっと4人だ」
「え!?そんなもん?」
「でも、はっきりとした数はわからないのよねえ。ケビン君みたいに、誰にも気づかれずに過ごしている人もいるだろうし。あ、ほら、554年前に魔眼保持者と確認されたエルフのフェーメルさんなんて、145歳の時にわかったそうよ。それまではなんにも気づかなかったって」
メイヤーが本を読みながら教えてくれた。
「・・・エルフで145歳って、人間でいうといくつだ?」
「20歳くらいかな?」
「もっと若いんじゃないか?」
「そんなに、気づきにくいものなのか?145歳になるまで・・・その人、魔法は使えなかったとか?」
「ええと・・・そうじゃないわね。とっても腕のいい魔法使いだったみたい。抜粋するわ『自分の目が他の人と違うという実感は幼い頃からありました。ただ、ほんの少し見え方が違うだけで、魔眼を持っているなんて思いもしなかったの。魔法も、他の皆と同じように使えていたし、この事実を知った時はただただ驚きました』」
「見え方が違う?」
ケビンはメイヤーの言葉を反芻する。
「オレも違うのか?皆とは違うものが見えてる?」
「そのはずだ。少なくとも、お前は見えるはずがない極小さな魔法を見ることができた。他にも、我々が見えないものを見ている可能性は高い・・・おお、あったぞ。魔眼の星だ」
ステアが震えるような声でそう言った。彼はずっとケビンの目を拡大鏡で覗き込んでいた。
「なに?星?オレの目に?」
「そうよ、魔眼保持者は、その目に星を持っているの。見せて」
メイヤーがステアと交代して、ケビンの目を覗き込んでくる。タロルがその後ろで待っている。
「初めて見るわ・・・ああ、これが星なのね」
メイヤーの声も、興奮で震えている。
「ケビン君、これだよ」
タロルがメイヤーがみていた本の一ページを見せてくれた。そこには、イラストが一枚載せられていた。
フェーメルさんの瞳を描いたものであるようだ。黒目の中に、白く光る点のようなものが描かれており、その拡大図もあった。
星っぽい形ではある。
その時、タロルの水晶玉が緑色に光った。
「ああ、連絡が取れたようだ。先方が会いたいと言ってくれている。会うかい?ケビン君」
「先方って?」
「魔眼保持者の一人だよ」
「・・・」
「今回、君が何故あんなに寝込むほどになったのかを、説明してくれるだろう。それに、これからのことも相談できると思う」
「相談って・・・オレは、なにか変わるのか?」
「きっと変わる。君は今まで魔法を知らずにいた。だから、魔眼保持者であっても、問題なく暮らしていたんだ。茶太郎というコーテャーもくっついてしまったことだし、もう、魔法を知らない頃には戻れないよ」
「魔法の深みに入り込めば、私たちには手助けできないことがきっと出てくるわ。魔眼保持者は私たちとは全く違う方法で魔法を使っているから」
タロルとメイヤーの言葉に、ケビンは心が小さく泡立つのを感じた。
それは小さな小さな不安だった。
自分の身に、なにやら起こっている。自分でコントロールできないことが起ころうとしている。
ケビンは急に怖くなって、思わず止めていた息を吐いた。




