26.『課題』
読む自己。
夏休みが始まってからあっという間に一週間が経過した。
やったことと言えば会話、夏休みの課題、食事、入浴、睡眠、うん、特別感がまるでない。
穂ちゃんだってお兄ちゃんに付きっきりで来てくれないので、菫しかここにはいないんだけど――
「菫、どっか行こうよー」
足を伸ばして読書をしていた彼女の上に座っておねだりをする。
「まだ本読んでいるから後にしてちょうだい」
「むぅ……」
そう、ずっとこの調子だ。
一応彼女が求めているというのにあくまで優先するのは本なんてやっていられない。
だから仕方なく夏休みの課題をやることにした。
テスト勉強をしている時に分かったけど、私は勉強をするのが好きだと気づいた。
単純な作業が好きなんだと思う、その証拠にもやしの数を数えるの好きだしね。
……実はずっとこの調子だったのでもうすぐ課題も終わってしまう!
「菫ー」
「…………」
「菫好き」
「…………うるさいわ」
「どっか行こうよー!」
無理やり黙らされて彼女の横に寝転ぶことになった。
天井をぼうと見上げて、この家はなんとなく涼しいなとか考えて。
読書を再開した彼女を見つめて、なんとなく手を伸ばして。
腕に触れるだけで、それ以上はできないままで。
「はぁ……夏休みがこんなんでいいのかな~」
なるほど、確かに相手されないことで課題が捗ったことは認めよう。
彼女が全然相手してくれないから、近所に住む猫と仲良くなったことはいいことだろう。
それでも少しくらいは特別感がほしい。
いつもこんなんだとしても今年は初めて恋人ができたんだから。
「穂ちゃんなにしてるのかな~」
今頃デートしていたりしてね。
お小遣いではなくお給料を貰っているから金銭的余裕もあるしブランドのバックとかアクセサリ――
「いや……穂ちゃんは食べ物か」
キラキラしていたりお洒落アイテムは彼女に合わないっ。
だけど幸せな時間を過ごしているはずだ、だってお兄ちゃんは甘々だし。
「穂ちゃんを好きになってたら変わってたのかな~」
インドア派ではないので一緒にスポーツをしたり探検をしたりしたのかもしれない。
……少なくともこの読書少女とよりかは楽しい夏休みが過ごせた気がする。
「はぁ、だったら穂のところに行ってくればいいじゃない」
「え……菫のばかっ」
飛びだ……すのは面倒くさいので反対を向いて寝転ぶ。
本を閉じる音が聞こえたと思ったらそのまま乗っかってきた。
「あのね、○○を好きになっていたら変わってたかななんて言われて気にならないわけないでしょう」
「ごめん……」
「こっち向きなさい」
彼女が下りてから振り返ると、またもやされて力が抜ける。
「そんなに構ってほしいならおねだりしなさい」
「……お、お願いします……」
……そう、やはりというかご主人さまは彼女の方だった。
私たちは馬鹿みたいに一時間くらいしてお互い汗だくになって。
「暑いわね」
と、他人事みたいに彼女が呟く。
違う、こういう特別を求めていたわけじゃない。
お昼からこんな淫らなことをしたかったわけじゃない。
純粋にプールとか商業施設とかそういうところに行ければ良かったのだ。
「菫……もぅいぃ」
「……どこか行く?」
「うん……プール行きたい」
スクール水着はあるし問題はなかった。
しかし、
「駄目よ、多分どんな水着であれ水着姿のあなたを見たら我慢ができなくなる」
……外でされても困るし……大人しく従うしかできなかった。
「お散歩しよ」
「多分人がいないところに着いたらキスしてしまうわ」
「だめじゃん……」
外で手を繋いで歩くということはまだできていない。
それはやっぱり女の子同士の恋愛=普通じゃないという偏見があるからだろうか。
なんの不満もない彼女だけど、悪く言われたり好奇の目で見られるのはメンタル的に無理で。
「ご飯を食べに行きましょうか」
「え、菫のでいいよ」
「たまにはいいでしょう?」
洗面所兼お風呂場で顔を洗ってるとまた彼女がしてきて無意味になる。
「もぅ……だめだょ」
「あなたはしたくならないの?」
「……いまはご飯」
「やっぱり私が作ろうかしら、作っている間もできるでしょう?」
「だからだめだってこんな生活……」
夏休み終了までずっと続いたら変態淫乱少女になってしまう。
破壊力というのは抜群で、大体は逆らえなくなっていつもなすがままになる。
自分から求めるということはしないけれど、とにかく上位なのは菫の方だった。
「飲食店行こ? ……夜とかだったらもう少しくらい……」
この思考がやばいということに気づいていないのはアホだけど、準備を済まして家を後にした。
「はぁ~美味しかった~」
「そうね、美味しかったわね」
ラーメンというのも中々悪くないかもしれない。
どちらかと言えばファミレスが好きな自分だけど、今回は菫に従って良かったと思う。
この一見クールそうな女の子がラーメン屋に通っていたというのは信じられないね、うん。
ゆっくりと歩いて家の近くの公園にやって来たとき、
「あ、杏ちゃん!」
「おぉ、晴君!」
なんともまあ可愛い男の子を見つけて抱きしめた。
「詩羽はどうしたの?」
「今日はお友だちとだけ遊んでるから」
「へ~ん? え、あの子は女の子だよね?」
「う、うん……」
「裏切られたぁ!? 告白してくれてたのにぃ……」
晴君が「えぇ!?」と慌てだしてしまったので「ごめんねっ」と謝る。
それにしても小さい晴君がひとりで外に出て女の子と遊んでいるのを見ると目から汗がっ。
「成長したんだねえ……よよよ」
「杏ちゃん泣かないで」
「うん、ながないよ~」
あ、女の子と大きい女の子に睨まれてると気づいた私は「それじゃあね!」と気さくな笑みを浮かべその場を後にし……できなかった。
いや、一応晴君たちから距離を作ることには成功している。
しかし、あの大きな少女が壁に押し付け無理やり奪ってきたのだ。
「……なに?」
「あんな小さな男の子に告白されて本気にしていたのね」
「ち、違うよっ、大人のジョーク――もう!」
彼らが気になってチェックしにくれば普通に確認できる場所だ。
それだけじゃなくて公園が人で賑わっていることは分かっている。
だというのにそのリスクよりも嫉妬心を優先するというのかこの子は。
「それにいましたら……ラーメン味になっちゃうし」
「ふふ、いいじゃない、美味しいでしょう?」
「常識がないって言ってるの!」
周りを見回したら小さな男の子がぼけっと私たちを眺めていた。
「お父さーん! 女の子と女の子がなんかやってたー!」
さすがに菫もまずいと思ったのかとろくさい私を抱き上げ公園周辺から退散した。
「はぁ……はぁ……つがれだわ……」
「お疲れさまー」
「……いいわ、あなたを独り占めできればそれで」
「ちょっ、だからすぐに下ろしてく――」
……まあこんなことはどうでもいいけど、夏休みらしい感じを味わいたいと思った。
「え、プール行くから水着買いにいくの?」
それから数日後、黒くなった穂ちゃんがやって来て言った。
「そうそう、杏も行かない?」
「あ~でもこの人がね~」
「本ばっかり読んで空気読めないね~菫」
「そうなんだよ~それで何度もしつこくすると……キ……穂ちゃんはできたの?」
「ううん、全然だめ! 至さんちょっとでも甘い雰囲気になると逃げちゃうんだよ~」
お兄ちゃんらしい。
それですぐに「エアガン触ってると落ち着くな~」とか言って話を逸らすんだよね。
恋人としては、あ、そう受け入れたんだけど、落ち着かないだろうな。
「じゃあ行こっか」
「うん!」
というわけで商業施設の2階へ移動。
「どういうのにするの?」
「ビキニがいいよね? それで至さんをドッキドキにさせるんだよ」
「いや、あまり過激だと逆効果だよ。寧ろサバゲー? の装備をしてあげたほうが喜ぶよ」
「夏なんだから水着!」
「ならシンプルな物にするべきだね、私はこっちのフリル付きで~」
「いいよね~相手が菫だし女の子だから、どうせ杏の水着姿ならなんでも喜ぶでしょ」
少しだけ顔が熱くなる。
もしこれを着て帰って家で脱いだらどんな反応を見せるだろうか。
目を見開いて「綺麗」とか言われたら、……いやそれは私が無理だ。
「菫のは選ばなくていいの?」
「プールとかは男の子もいるし見せたくない……」
「きゃ~! それを言うなら向こうも見せたくないだろうけどね杏のを」
「もし穂ちゃんがナンパされてもまたお兄ちゃんが助けてくれるよ~あ、それが狙いとか~?」
「うっ……い、いや、至さんにだけ見てもらえればいいんだけど……」
惚気けるなぁ……。
私はこれだと決めて会計を済ました。
使った額×十と言われているので、つまりまあ六十回となる。
「あんまりお腹見られても恥ずかしいからこれにしよ」
「もったいないと思うけど、それも可愛いしいいか!」
商業施設の外で別れて(プールに現地集合らしいので)、帰路に就く。
「よっ、大西」
「あ、瀧澤さん!」
この商業施設から出たときは彼女と出会うというのが決まりなのかもしれない。
「なにそれ?」
「水着だよ、家でも涼しい気持ちでいたいから」
「ふーん、ねえ大西、それ着てあたしに見せてくれない?」
「え……あ、でも、菫に一番最初に……」
「はっ、惚気てくれるねー」
「ごめん……」
試着しなかったのはそういう理由がある。
藤原家がある方向へと人混みと共に歩いていると瀧澤さんが手を握ってきた。
「どうしたの?」
「あんたが迷子にならないように」
「ありがとっ」
公園の近くまでやって来て前みたいに靴紐が解けてしゃがんだ。
そして前みたいに私の前に瀧澤さんが立って言う。
「大西……いや、杏、あたし本当はずっとあんたが好きだったんだ」
「えっ!?」
思わず飛び上がって「どうして?」と問おうとした私の唇を彼女が奪った。
「ん……なるほど、やっぱり好きな女とするのは違うね」
「えと……あ、でも、菫がっ……」
「分かってる、悪かったよ杏。ありがと、じゃーね」
暑い中ぼけっとしていても仕方ないので家に帰る。
「ただいま……」
「おかえりなさ……」
「うん?」
入り口のところに立っていて反応してくれたんだけど、途中で固まってしまった。
「あなた、他の子としたでしょう」
「えっ……あ、ごめんなさい」
唇が濡れていたとか? それとも鋭い女の子なら雰囲気だけで察することができるのかもしれない。
「最低ね、出ていくわ」
「あの……ここがあなたのお家なんですけども」
「……水着に何円使ったの?」
「ろ、六千円です……」
「そう、なら約束どおり六十回して上書きしてあげる。二度と他の子となんてしたくならないよう、忘れられないよう、いつでも求めたくなるよう、あなたを変えてあげるわ」
「水着着て見せるのでちゃらとかは……」
「なら早く着なさい」
いや待てっ、六十が百二十になりそうだから止めておこう。
大人しく罰を受けた……。
七月が終わって八月に突入した。
彼女は依然として読書を好むけど自分も好きなことを思い出したら苦ではなかった。
課題も終わっているし大好きな女の子と本を読むという時間も悪くない気がする。
「杏」
「ん~まだ読んでる~」
しかし、今度は逆になってしまい菫が甘えてくる番だった。
「あ、そうだ、お買い物行かない? お醤油終わりかけてたから」
「あ、そうね、そうしましょうか」
近くのスーパーに行くと涼しい空気が私たちを包む。
「今日なににする?」
「んー冷やし中華にしましょうか、食後にはシュークリームとかあってもいいわよね」
「じゅるり……シュークリーム選びは任せて!」
といっても私は庶民舌なので大体百円くらいので十分だ。
ふたつ持ってウロウロしていたら詩羽を発見して近づく。
「やっほー」
「あ、杏さん! お買い物ですか?」
「デザートを買いに来たの、晴君は?」
「……今日はお友達とお遊び中です」
「あ、前も見たよ~? 女の子と遊んでたの」
私も小学生の頃は男の子と遊んだりもしたけど、恋愛感情というのは一度も抱いたことがなかった。
あの女の子の様子を見るに、きっと晴君のことが気になっているんだと思う。
もし私が男の子と恋をしていたらどういう形になっていただろうか。
「あ、そろそろ会計済ませて帰りますね! また今度お願いします」
「うん、気をつけて帰ってねー!」
詩羽と別れて歩いているとキレイな女の子を見つけた。
誰だろうと気になりつつぼけっと歩いていたせいでその子にぶつかってしまう。
「す、すみませーん」
「はぁ、たまにあなたが恋人で本当にいいのかって悩むときがあるわ」
「ごめんってばー! はい、これでいいでしょ?」
「食べれればいいわよ、必要な物も買ったし戻りましょうか」
「うん」
会計を済まし外に出る。
大して重くもないのにお互いが片方ずつを持って帰宅した。
次で終わるから安心してほしい。
痛い作品を見なくて済むぜ。
あ、1点入れて。




