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27.『幸福』

読む自己。


 私は水面に足先をつけて思わず「冷たっ」と声をだしてしまった。

 現在の場所は家近くにあるプール施設だ。

 平日に来たものの沢山の人が利用していてあまり意味はなかった。

 入場料は千円……あとで十回されるのはこの時点で確定済みだと言える。

 私はあのとき買った白色の水着を着て水面に体を沈めた。


「菫ー来ないのー?」

「行くわよ……」


 その割には逡巡していて来る気配が感じられない。

 監視員さんもいるので引きずり込むことはできないし、なにより危険な目に合わせたくない。

 だから際に寄って手を差し伸べることにした。

 私の手を掴んでゆっくりと入ってくる菫。

 基本的に水の流れができるので周りの人たちに合わせて歩いていく。


「水着じゃなくて良かったの?」


 できればあんまり見られたくないけど、見れないのは残念だ。


「いいわよべつに」

「むぅ、どうして今日はそんな素っ気ないの?」

「あまり好きじゃないのよ水が」

「あ、ごめんね?」

「いいわ、あなたが手を繋いでくれていれば問題はないから」


 あ、そういえば人前で手を繋ぐのは初めてだ。

 好奇な目で見られているかとチェックすれば、全く私たちのことなんて誰も見ていなかった。

 それどころか浮き輪をぶつけてきたりするし、間を通り抜けようとする子たちもいる。

 彼女に触れられると嫌なので密着したら彼女が余計に静かになってしまった。

 少しぎこちないながらも休憩時間まで歩いてプールから上がる。


「ねえ、本当に大丈夫?」

「大丈夫よ、できればパラソルの下で本でも読んでいたいけれど」

「そうしててもいいよ? 持ってきたんだよね? ……菫に無理してほしくない」


 腕を抱くようにして気持ちを伝える。

 近くにいた男の子たちの集団がなんかコソコソしているけど、恥ずかしいことではない。


「……少し座りましょうか」

「うん」


 やっぱりおかしなことなのかな……女の子同士でこういうことするのは。

 椅子に座っても落ち着くことができなかった。

 笑われるんじゃないかって考えたら体が震える。


「杏、余計なこと考えなくていいのよ」

「でもさ……やっぱりおかし――」

「あなたは私と付き合っていることをおかしいと思うの?」

「そんなわけない! 私は菫が大好きだもん」

「だったら周りの意見や態度、雰囲気なんてどうでもいいのよ。あなたは優しくできる女の子じゃない、そんな子が自分の彼女で私は嬉しいわよ」


 あ……少しでもおかしいと考えた自分が恥ずかしくて仕方がない。

 そうだよ、好きで付き合ったのは私なんだから気にする必要はない。

 あーただまあ、あまりこういうところでやると他のお客さんに迷惑なので自重はしよう。


 


 少しだけ長い休憩がやってきてみんなご飯を食べ始めていた。

 私たちもロッカーからお金を持ってきて売店を見て回ることにする。


「牛丼とかどうかな?」

「あれに五百円も出すなら自分で作るわ」

「焼きそばとかは?」

「袋麺買ったほうがお得ね」

「むぅ、じゃあブタ○ンでも買う?」

「それくらいならいいわ」


 お菓子売り場に並んでいる人たちはいないので簡単に買うことができたし、お湯も横でいれられた。

 近くの椅子に座って出来上がるのを待つ。


「ちょっと冷えるね」

「そうね、そういえばさっき初めて人前で手を繋いだわね」

「うん……思ったよりもみんな見ないよね」

「けれど私はふたりだけのときだけできれば十分だわ、そのままキスできるもの」


 スルーして蓋を開ける。

 その瞬間にいい匂いがしてお腹がきゅ~と鳴った。

 恥ずかしくなった私はずぞぞぞぞと一気に食べてしまう。


「お、美味しいっ」

「お腹が鳴ったくらいで恥ずかしくないわよ」

「き、聞こえてたんだ……」


 しっかり豚骨スープも飲み干して容器をゴミ箱に捨てた。

 しかしあれだ、人間なにかを食べると物足りなさを感じるの常というもの、私は硬貨を握りしめて並ぼうかと悩んでしまう。

 いや、お上品に小さいラーメンをすする彼女をぼけっと眺めてしまい――


「食べたいの?」

「いや……菫のだし」

「いいわよ、食べなさい」


 渡されてしまい……食べさせてもらう。

 ただ……彼女が直前に食べていたという物を食べているだけで、どうしてこうも気恥ずかしいんだろう。


「ご、ごめんね?」

「いいわよ、お腹も大して空いてなかったし、あなたが喜んでくれるならそれで」


 ああもう、今日は優しすぎて私の方から抱きしめたくなる。

 あまり外というのが好きじゃないのかもしれない。

 いまだって水着を着ていなくてもジロジロ見られているし、水云々とかよりも人の視線が苦手なのかも。

 それは空気の読めないことをしてしまった。

 恋人なのに全く考えず自分の都合だけを優先してしまったことを私は後悔する。


「ごちそうさまでした……菫、もう帰ろっか」

「え、あなた……そんな悲しそうな顔するんじゃないわよ。でも、あなたが言うならそうしましょうか」


 これ以上自分勝手に楽しむなんて私にはできない。

 ロッカールームに戻って水着から私服に着替える。

 なんかキスとかじゃなくて違うので埋め合わせをしたいと思った。




 家に着いてからすぐに、どうしたら喜んでくれるのかということを本人に聞いた。


「キス」

「違う、そういう淫らなことじゃなくて、純粋に喜んでくれること」


 キスして満足してもらうのは簡単だけど、それがなければなにも返せないってことだ。

 それが私には耐えられない。

 いつもお世話をしてくれる彼女に、なにかを返していきたい。


「膝枕かしら」

「それでいいの? って、健全?」

「健全よ、早くしなさい」

「はーい」


 太ももに彼女の重さが加わった。

 サラサラした感触がくすぐったいような雰囲気全体がむず痒いようなそんな感じがする。

 ひとつ明確に言えるのは、なんとも言えない気恥ずかしさがそこにあること。


「ねえ、十日のお祭り行こうよ」


 菫の頭を撫でつつ誘ってみる。

 浴衣とかはないから無理だけど、彼女とお祭り、それはいいだろう。


「いいわよ」

「やったっ!」


 鼻歌交じりに菫の頭を撫でているとすーすーと彼女が寝息を立て始めた。

 最初はこの子とこんな関係になるとは思わなかったけど、この信用してくれているところが愛おしい。

 足が少し痛くなってきても続けて、決して起こすことはしない。

 そしていまなら……いつもはできないことをできる気がした。

 体勢が少し厳しいけれど彼女の唇に優しく自分のを重ねる。


「……寝ているときは駄目よ」

「あ、ごめん……恥ずかしいから」


 起こすことはしないと言ってキスするとか矛盾しているね……。


「ねえ杏、もし私がいなかったら穂はあなたを選んでいたのかしら」

「どうだろうね……」


 六月の半ばから穂ちゃんから聞かされるまで実はほとんど関わっていなかった。

 それは私が菫に決めたんだなと雰囲気で勘付いたからだろうか。

 お兄ちゃんが高校一年生の頃、助けられて~と言っていたし元々あったのだろうか。

 それでも嫉妬して抱きしめを求めてきたりキスもしてきたので、なかったわけではないだろうけども。


「でも、もうあなたがいない生活を考えたくない、だからそんなこと言わないで……」

「ごめんなさい……いまでもたまに不安になるのよ。穂の方があなたを幸せにできたのではないかって」


 確かに仲は長いしいつも大切に扱ってくれていた。

 私も信頼を寄せていたし、期間的に見ればそうかもしれないけど。


「そんなことないよ、菫だって優しくしてくれるし、菫といるだけで幸せだもん」

「ありがとう杏……少し涙がでてきたわ」

「だめだよ泣いちゃ、菫に涙は似合わないよ」

「あなたもね」


 お互いに涙を拭く。

 冷たい感情からくるものではない、だから幸せだけがそこにあった。




 八月十日、お祭りの日。

 私たちは夕方頃家から出て少し離れた会場へと向かった。

 そこそこ人気なのか沢山の人が同じように向かっている。

 会場に着いて早速屋台を見ることにしたんだけど……。


「焼きそばに五百円とか高いわ」

「たこ焼きに六百円とかおかしいでしょう」

「綿あめに七百円とか有りえないわよ」


 などなど、菫からすれば“ボッタクリ”価格らしい。

 まあ確かに高いけどこの雰囲気で食べるからこそ美味しいと思うんだけどなあ。


「おっすふたりとも!」

「やっほ~」


 苦笑しつつ歩いているとリア充に見つかってしまった。


「なにも食べてないのか? だったら焼きそばやるからふたりで食えよ!」

「あ、至さん……それはあとでふたりで食べようと……」

「また買えばいいだろ? それじゃあ楽しめよー」


 あ、一緒に周るということはしないつもりらしい。

 焼きそばをもらえたので少し静かなところで食べることにした。


「菫、あーん」

「あむ……高いけど美味しいじゃない」

「あむ……うん、美味しいっ」


 箸が一本しかないから仕方のないことだこれは。

 少し裏手側というかメインを楽しんでいる人からは見えにくい場所だった。

 お金に余裕があるというわけではないので、花火の時間までここでつぶすのもいいかもしれない。


「杏、食べさせなさい」

「はーい」


 結局そのほとんどを菫にあげて、空の容器を袋の中に入れる。


「菫は花火好き?」

「ええ、綺麗で好きよ」

「……菫も綺麗だけど」

「ふふ、無理しないの」


 漫画でよく出てくるような主人公とヒロインみたいな感じにはならなかった。


「あ。青のりついているわよ頬に、取ってあげる」

「ありが――」


 ……手じゃなくて舌でだった……もぅ。


「ふふふ」

「まだだめ」

「まだっていつならいいの?」

「花火が上がって万が一がなくなってからなら」


 花火の下でするキスというのも悪くないかもしれない。

 これから先あるかも分からないので、この機会にやってみようと来る前から決めていた。


「そう、なら花火の時間が早くきてくれることを願うわ」

「うん」


 それから十分くらいして――


「よ、ふたりとも」

「火蓮さん、なんか久しぶりね」


 瀧澤さんがやって来た。

 彼女が持っている袋の中に沢山食べ物があることに気づいて苦笑。


「まーね、杏ーあたしともキスしよー」

「で、できるわけ……ないでしょっ」

「ふっ、まあ分かってるけどさ。邪魔をしないよ、だからいくらでもすればいい、じゃーね」


 いくらでもって……そんな何回もしたらふやけちゃうよ。


「杏さーん」

「杏ちゃん」

「あ、飯島姉弟! 晴君、おいでー?」

「やめてください! あはは、また二学期に会いましょう」

「うん、晴君、ちゃんと言うこと聞くんだぞ~?」

「うんっ、杏ちゃんじゃーね!」


 くっ……可愛いじゃねえかよ。


「最低ね」

「拗ねないでよ、一番はあなただし」

「ふん」


 花火の時間まで口を利いてくれなかった。

 そして始まってから数分した後、みんなが上空の綺麗な光景に目を奪われているとき――


「杏好きよ」


 私たちだけは互いにとって目の前の子だけに意識を向けていた。

 私も好きだと返しつつ一切止まらず私らしからぬ積極さをもって。

 申し訳ないけど花火なんておまけでしかなかった。


「はぁ……ふぅ、あはは、ちょっとやりすぎたね」

「ええ……疲れたわ」

「でも、やっぱり菫といるとすごい幸せだよ!」

「ふふ、私だって同じよ、あなたといると幸せだわ」


 手を繋いで会場を後にする。

 やっぱり、いつまでも私たちの間には幸せだけが残っていた。

最後は少しマシに書けたかな。

キスは童貞だからしゃあない。


読んでくれてありがとう。

1点よろしく!

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