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14.『絶対』

読む自己。

「うん、今日は穂ちゃんの家に泊まっていくね、うん、ごめん、じゃあまた明日」


 私は通話を切って机の上にスマホを置いた。

 それから彼女が寝転んでいるベットの上に転んで天井を眺める。

 豆電球にしてあるので眩しくはないけど、なんとなく手を伸ばしたらその手を彼女に握られて。


「寝てたんじゃなかったの?」

「……電話したの?」


 ちらりと見たら穂ちゃんはこちらを見てはいなかった。


「うん、今日は泊まっていくって言っといた、朝からいなくてごめんねとも」

「いいのかな……」

「大丈夫だよ、だってずっとやってきたし」


 菫ちゃんと出会う前は高頻度でどちらかの家に泊まりあうということをしていたわけだし、そも優しい菫ちゃんが責めるようなことはしてこないと思う。

 問題なのは彼女が寂しくて明日とかにひどくなること、かな。


「ごめんね、キスさせて……」

「なんで? 私が無理やりしたんだし、穂ちゃんが謝る必要はないよ」


 それに後悔はしていないし。

 キスしてから私の心にあったのは彼女が本当は嫌なんじゃなかったのかということだった。

 怒られたこともそれに拍車をかけて「嫌なわけないでしょ!」と言われて安心できたくらいだ。

 キス――過去に彼女がしてきたことがあったけど、自分からしたのは初めてで。

 私が知らない間に彼女が他の子としていたら悲しいなって思う。


「あはは、でも明日、菫ちゃんに謝らないと入れてもらえないかもね」


 制服も鞄も藤原家に置きっぱなしだし、割と早起きして寄っていかなければならない。


「私が謝るよ……だって悪いのは杏じゃないもん」

「そんなことないよ、一緒に謝ろ?」

「うん……あ、ねえ、杏!」

「うん?」


 彼女はそこで手を握る力をあげた。

 なにか大事なことを言おうとしているということだろうか。


「キス……菫としてほしくない」


 求めてくるのかも分からないけどホイホイできることじゃない。

 大丈夫とは無根拠で言えないので、「少なくとも私からはしないよ」と答えておいた。


「綺麗には勝てないのかな……」

「……綺麗と可愛いでなにかが違うの?」


 こちらからしたらいつも敗北しっぱなしだ。

 ……分かってる彼女が言いたいことは、そういう話ではないのだということを。


「確かに菫ちゃんは綺麗で中身も同じかもしれないけどさ、これまでずっと支えてきてくれたのは穂ちゃんなんだよ? って、私のせいで不安な気持ちにさせちゃってるから偉そうには言えないけど、即答できなかったってことはさ、同じくらい大切ってことだよ」

「……昔だったら、私がって即答してくれてたのに」

「うん……でも本当に菫ちゃんも甘えてくれて可愛いからさ」


 だって普段はみんなを引っ張ってくれるような存在が私の前では可愛い姿を見せてくれているんだから。

 猫みたいに自分の匂いを擦りつけるみたいに甘えてくれるんだ、なにも思わないはずがない。


「というか、どうして私達が甘えてばっかりなの? たまには杏も甘えてきてよ」

「ふふふ、なんでだろうね、気づいたらこうなってたよ」


 少し前までならすぐに不安になって穂ちゃんの手を握りしめていた。

 あれかな、菫ちゃんや詩羽さん、瀧澤さんと関わるようになったからなのかもしれない。

 ……それとも穂ちゃんが離れていかないと分かったから? それだったら彼女も安心してくれるかも。


「穂~」

「わっ、……菫にもするの?」

「ねえ穂、なんで積極的に菫ちゃんの名前だすの? ふたりだけのときは私だけを見てよ」

「っ、わ、分かったっ」


 ま、真似してみたけどかなり恥ずかしいっ。

 は、早く寝よう……。




 翌朝、しっかりと謝ってから家に入れてもらって制服に着替えて学校へ向かった。

 それで午前の授業を受けてたら分かったことがあるんだけど――


「穂ちゃん、こっち見すぎだよ」


 昼休みになったので彼女の前に行って言った。

 他にもこっちには可愛い子がいるし自意識過剰かもしれない。

 しかし、それにしたって落ち着いてなくてこちらを見すぎだ。


「み、見てないよっ、そっちには友達だっているし!」

「ふーん、見てないんだ」

「どうすればいいのっ?」

「あははっ、あ、お友達が来たから席に戻るね」

「え……い、いればいいのに……」


 友達の友達はただの知り合いなので気まずい。

 席に戻って行きにコンビニで買っておいたサンドイッチを食べようとしたら菫ちゃんがやって来た。


「仲良さそうね」

「あはは、まあ、ね」

「少し移動しない?」

「いいよ」


 連れて行かれた場所は講堂の前だった。

 ベンチに座って今度こそサンドイッチを食べようとしたら彼女が抱きしめてくる。


「……ずるいわよ、ひとりで寂しかったんだから」

「ごめんね、でもそうしていたら食べられないでしょ菫ちゃんが」

「ご飯なんてどうでもいいのよ、完全に取られてしまう前に味わっておきたい……」


 頭を撫でようとしてできなくて。

 だってどっちにも甘くしたら思わせぶりだし失礼な気がするから。


「昨日……なにしてたの?」

「えっ、……一緒に寝たかな」

「……それだけじゃないわよね」

「抱きしめた」

「本当にそれだけ?」


 私は黙ることしかできなくて、彼女がこちらの顔を見ていないことが救いだった。

 キスをした、なんて言うべきだろうか。

 でも言ってどうするの? べつにそれで菫ちゃんにしてあげようなんて考えていないし。

 だったら最初からなにも言わず、無難に返事をして乗り越えた方がいい気がする。


「あとは穂ちゃんに甘えたかな」

「甘え……、私にはしてくれないの?」

「……サンドイッチ食べていい?」

「駄目……」


 私の方が駄目だよ。

 甘えられてなにもしないということが早くもできなくなりかけていた。

 ……穂ちゃんと彼女のためを思えばしないのが一番正しいんだ。

 なのに……。


「……菫、あなたが作った卵焼きがまた食べたい」


 あーあ……どっちにも笑ってほしいと思うのは間違ってないと思うけど、……いいのかなこれって。


「卵焼き? 分かったわ」


 彼女は持ってきていたお弁当箱の蓋を開けて、箸箱から取り出した箸で掴んで差しだしてくれる。

 それを味わってすぐに「美味しい!」と笑ってみせた。

 やっぱり彼女の作る卵焼きというかご飯が好きだ。

 自分が作ったご飯にも不満はないけど、人が作ってくれた物を味わうのはまた違った良さがある。

 彼女もお腹が空いていたのかおかずを食べ始めた。

 私も自分のサンドイッチを頬張りつつ、なんとなく校門や空を眺めていろいろなものを味わうことに。


「あ……雨だね」


 梅雨だから仕方ないにしても、少しだけ雨は好きじゃないかも。

 理由は単純に物寂しくなるから。隣の彼女はどうなのかなとこれまた少し気になった。


「ねえ菫、菫は雨好き?」

「そうね、そもそも嫌ったって意味はないでしょう? それに降ってくれないと水が困るわけだし」

「またそういう言いかた……」


 彼女は「本当のことでしょう?」と言って笑う。

 足音が変わる。ざあざあと音が響く。灰色の世界をなんとなく眺めてぼうと歩く。たまにわざと水たまりを踏んだりして子どもみたいにはしゃぐ。楽しみ方はいろいろあるのかもしれない。

 なんに対しても気の持ちようと言いたいんだろうな菫は。


「ふぁぁ……ご飯食べたら眠くなってきちゃった」


 この雨の音は好きだと胸を張って言える。

 けれど、こうして眠くなってきちゃうのが難点で。


「ごちそうさまでした。それなら教室に戻りましょうか――って、な、なに?」

「ううん……まだもう少しこうしていようよ」


 雨だし出てくる人はいない。

 校門前までいちいちやって来る人もいないので、この寂しがり屋さんを少しだけ満足させてあげたい。

 私は彼女の肩に寄りかかって目を閉じた。

 もし彼女からもキスを求められたら……私はするのだろうか?

 あの赤く蕩けた顔を何回も見て、その度にやばくなって視線を逸らした。

 やばいってなんだろう。

 もっと赤くさせてやりたいってことなんだろうか。

 私の言動で、行動で、綺麗な子を好き勝手できるという楽しさ?

 ……それっていいことなのかな、悪いことなのかな。

 甘えてくれる彼女に応えるのは普通じゃないのかな。


「杏」

「ん~?」

「実は……キスしたこと知っているのよ」


 ドキリとしてなにも言えなくて。

 フェアじゃないと考えて穂ちゃんがこっそり連絡していたのかも。

 律儀というかスポーツが好きだから正々堂々正面から勝負したい、と。

 私にはできなさそうだと苦笑する。

 だって言わなければ一歩相手よりも前に進めていたのに。


「……本当のことだったのね」

「あっ……」


 違う、私が試されていたんだ。

 体に触れているから少しの動揺で伝わってしまう。

 ……ずるい、こんなの卑怯じゃんか。

 上手く演技できるような能力はない。

 つまり、私は彼女に隠し事はできないということの証明だ。


「あなたならこう言いそうよね、仮に求められても自分からはできないって」


 バレバレだった。

 いや、穂ちゃんにしたのがなかったら、それは合っているようで正しくない。

 相手のためなら、求めてきてそれが良い結果に繋がるなら、私はできる。

 でも、穂ちゃんには笑ってもらえなかった、それどころか怒らせて悲しそうな顔をさせてしまった。


「だったら私が奪えば問題ないわよね」


 質問ではない、自分に言い聞かせるように彼女は呟く。

 離れなきゃ駄目なのに私は未だに彼女へと体重を預けているままで。


「嫌なのよ、あの子とそうでなくても差があるのに、これ以上離れることが」

「それでもだめだよ、自分を大切にしなきゃ!」

「……穂としたときはどちらからしたの?」

「私……」

「……だったら尚更よ、これは確かに自己満足であなたことを全く考えていないかもしれない。でも友達なら、……受け入れてくれるわよね? 友達なのに私のだけ拒んだりしないわよね?」


 よく考えてみなくても本来は友達同士でも気軽にすることではない。

 もっと言ってしまえば、普通は男の子とする行為なんだよ菫ちゃん。

 

「ごめん……だめだよやっぱり」

「……させてくれないなら、もう関わるのをやめましょう」

「ど、どうしてそうなるのっ? 極端だよ考え方がっ」

「じゃあ穂と私の違いってなんなのよっ、どうしてあの子にはして私にはさせてもくれないの……。あなたからしてって言っているわけじゃないでしょっ、私がする、したいって言っているのよ!?」


 どうせ寂しがり屋の彼女が距離を置くなんてできるわけがないっ。

 だけど、私は彼女の頑固なところを知っている。

 仮に内側がどれだけ寂しくてもやれる強さがあることも知っていて。

 彼女だって大切なんだ。

 ……関係が終わるくらいなら、彼女がしたい、しただけだったなら。

 もう話せなくなることよりは、マシな結果に終わりそうな気がした。

 今度は確信を持って穂ちゃんに謝って体を離す。

 恥ずかしいから目を瞑って「……分かった」と小声で呟いて。

 どれくらい経ってからかな、柔らかい感触が伝わってきた。

 目を開けると案の定、顔を赤くして目を潤ませている彼女の姿があって。

 サンドイッチの袋をくしゃりと丸めて「先に戻ってるから!」と雨の中を走りだした。

 いいのかこれで……あの子は本当に後悔しないだろうか。

 穂ちゃんを泣かせないだろうか。


「杏」

「えっ?」


 運が悪かった、のかな。

 まだ後ろを振り向けば菫ちゃんが見えるという場所で。

 私はずぶ濡れ姿の穂ちゃんと遭遇する。

 自分も同じように濡れているけれどそんなことはどうでもいい。

 この暗い顔は、……恐らく雨だけが理由じゃない。

 どう言い訳すればいいかと考えた自分が汚くて仕方がない。

 結局のところ許可をしたのは自分で、どちらにしても言い訳しようがない。

 だから私は「風邪引いちゃうよ」とだけ言って、横を通り抜けた。

 まだ午後の授業だってある、びしょ濡れでやって来たら先生がぎょっとするだろう。

 自分も同じだけど、これは自業自得、そうなって当然の流れ。

 靴から上履きに履き替え廊下を歩く。

 濡れてしまうことを謝りつつ教室へ。

 席に座ると瀧澤さんがやって来た。


「……あんた、学校でああいうことするんじゃないわよ。私だったから良かったものの、他の子、例えばあの子を好きな人間に見られていたらどうなっていたか分からないわよ?」

「み、見られてたんだ……」


 私はともかくとして、彼女に変な噂がでてしまうのは避けたいところだ。


「……萩原にもしたの?」

「え……あはは」

「ふぅん、あんたってそういうことしないと思っていたけど、人は見かけによらないんだなー」

「最悪だよね、まあ私が悪く言われてもそれは当たり前なことだから」


 あとから自分で“最悪”とか言うくらいならするなって話だろうけど。


「……あんたを好きな人間だっているのにさ」

「え? あはは、いないよ、そんな人」


 関係を切られたら寂しいからってキスを許す女なんかに。

 そこで話を終わらせてタオルで髪の毛を拭く。

 いるわけない、彼女たちのそれだって『私を好きな私が好き』というやつだ絶対に。

キス必ずでてくる。

童貞だから仕方ない。

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