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12.『方向』

読む自己。

「今日は青椒肉絲食べたいから作って!」


 朝、穂ちゃんが部活動に行く前に菫ちゃんにぶつけた言葉だ。

 お肉はあってもピーマンとタケノコがないということで「それなら私が行くよ!」と申しでて。

 そして無事近くのスーパーで買えたんだけど……。


「うぅ……どうしよぉ……」


 ショーウインドウに顔を近づけ悩んでいた。

 現在持っているお金は菫ちゃんの余ったお金220円と、自分のお小遣いである600円だ。

 基本的なケーキひとつが420円。……頼まれた物だけを帰って帰るのも常識ないと思われるかもしれないし、私だってたまにはふたりになにかをしたかった。

 でも……仮に菫ちゃんのお金を貰ったとしてもひとつしか買えない。必然的に菫ちゃんにあげることになるしそうなると穂ちゃんにはないわけで、……それに私だって食べたいしっ。


「大西さん?」

「うわぁ!?」


 大声をだしてしまったことお店の人とか周りに人に謝罪して慌ててスーパーから出る。


「ま、待ってくださいっ」

「あ……飯島さん……」


 話しかけてきてくれたのはどうやら飯島さんみたいだ。


「ケーキ買わなくて良かったんですか?」

「あ、うん……お、お金が足りなくて」


 喧嘩になるくらいならそもそも買わない方がいい気がする。


「……あのっ、実は昨日作ったんですけど、持って帰りませんか!?」

「えっ、いいのっ!? 貰いに行く!」


 家を知られるのは恥ずかしいからということで近くの公園で待っていると、飯島さんが少し大きめのタッパーを持ってやって来た。


「ど、どうぞっ」

「ありがとうっ! ……ふふふふ、ひとつここで食べさせてもらってもいい?」

「は、はいっ」


 手で掴むとふわふわしていて食べさせてもらってもふわふわしていた。甘すぎず、かと言ってなにも味がしないというわけではない。美味しい、沢山くれてて良かったと心から思う。


「すごい美味しいよっ、菫ちゃんと穂ちゃんにあげたくないくらい!」

「あ、ありがとうございます!」


 ……全て食べてやろうっと思ったのはなかったことにしてほしい。

 丁寧に蓋を閉じて「洗って月曜日に持っていくね!」と言った。


「あの……」

「うん?」

「名前で呼んでください!」

「え、うん、詩羽さん」

「ありがとうございました!」


 あ……そんなに急いで帰らなくてもいいのに……。もうここにいても仕方ないので私も家に帰る。


「ただいま~」

「おかえりなさい」


 余ったお金と袋を渡してリビングの机にタッパーを置いた。


「なにそれ?」

「詩羽さんが作ってくれたシフォンケーキだよっ、すごい美味しいから食べてっ?」

「へぇ、ひとついただこうかしら……あむ……………………ふぅん、美味しいじゃない」

「でしょっ!? すごいなあって」


 自分では作れないから本当に憧れる。私がいまもし作れたのなら、菫ちゃんと穂ちゃんを餌付けして虜にさせて、私がいないと生きていけない体に――なんてねっ。


「杏……」

「えっ……もうなんですぐ抱きつくのっ?」

「いまならふたりだけだから、確かに飯島さんのこれは美味しいけど私だけを見て」


 もしかしてもう虜にしてしまっているのではと考えて思考を捨てる。

 あとなんか良くない方向へと変化してしまっているような気がした。


「よしよし」

「……もっと強く」

「ねぇ、いいのかなこんなことしてて」

「む、嫌なのっ?」

「嫌じゃないけど……あなたを好きな子はいっぱいいるんだよ? こんなのことされていると知ったら悲しいんじゃないかな」


 教室でだって結構視線突き刺してくるし意外と怖い。

 もちろん、穂ちゃんを狙っている子もいるから全員がとは言わないけど。

 私はどうかって? ……いませんっ。


「あなたが嫌じゃなければそれでいいのよっ」

「そうなのかなあ……」


 彼女の茶色い髪の毛をすくってこぼして。

 こうして触りたい子だっているのに、私がこうしてしまうのは違う気がする。

 なんというか本当に好きな相手のみに触らせるべきだと思うのだ。


「ねえ菫、こういうことはもうやめようよ」

「嫌よっ、言うこと聞いてくれないとあなただけお肉なくすわよっ?」

「それじゃあピーマンとタケノコ炒め……分かったよ、……触れたくないわけじゃないし」


 意思が弱い……。

 でも仕方ない、このサラサラした髪とか柔らかい体とか……胸とか、そういうのに触れていたいと思うのはなにもおかしなことではないだろう。


「杏は言うこと聞いておけばいいの、そうしたらお世話してあげるんだから」

「……その割にはすぐに抱きついてくるけど」

「ご飯とかお風呂とかどれく――」

「わ、分かりました分かりましたっ、私程度のこれで我慢していただけるなら光栄ですっ」


 誘ってきたのは彼女でも好意に甘えているのは私も同じ。

 本当にこれくらいで満足してくれるのならいくらでも構わないと思った。


「菫、もう6月だね」

「そうね、6月が終わったらもう夏ね」

「暑いのは好き?」

「どちらでもないわ、好きでも嫌いでも生きなければいけないじゃない」

「身も蓋もない……そうだけどさ」


 私は汗をかくのが好きなので夏は好きだ。

 冬も同じくらい好きなので、まあつまり嫌いな季節はないということになる。

 いま菫が言ったようにどちらにしても生きなければいけないわけだから、好きの方がいいだろう。

 抱きしめつつ考える。

 夏になったら暑くなるし甘えてこなくなるのだろうかと。

 それが普通なのに少し寂しく感じるのは、私も依存しすぎてしまっている証拠だろうか。


「少し力強くしてどうしたの?」

「うん……暑くなったらこうして甘えてくれなくなるのかなって、そしたら寂しいなって」


 隠してもどうせすぐにバレるので言う。

 そしたら彼女もこちらを少しだけ力強く抱きしめてくれて「雨でも暑くても寒くても暖かくてもするわ」と笑ってくれた。


「ねえ杏、私と穂、どっちが大切?」


 それは以前私がまだ彼女に対して敬語を使っていたときに聞かれたこと。

 あのときの私は「穂ちゃんですけど」と即答した。

 それでも今回は即答できなくて困ってしまう。

 穂ちゃんが大切なのはいまでも同じことだ。

 だけど……。


「ごめん……分からない、分からなくなっちゃった」


 いまでは菫も大切で大好きになってしまっている。

 こうして触れたいって考えてしまっている。

 このごめんは穂ちゃんに対してなのかな、……それも分からないや。


「ごめんね……自分のことなのに分からなくて」

「私は……穂と即答されなかったことがすごい嬉しい」


 彼女は抱きつくのをやめ少し距離を作る。

 こちらを見るその顔は赤くて、目尻には涙がにじんでいた。

 また、だ……ギュッと少し胸が痛くなる感じ。

 慌てて指で彼女の涙を拭って抱きしめるか声をかけるべきかと頭を悩ませる。


「そんな顔しちゃだめだよ」

「ええ……」


 抱きしめるのはやめた。

 恥ずかしすぎて無理だったのだ。


「ぐすっ……杏、それでも本当に好きな子と……」

「うん、分からないけどねそれは」


 私だって考えていることだった。

 薄情と言われても自分が本当に好きな女の子といてほしいと願った。

 その結果、どちらかを泣かせてしまうのだとしても、私と彼女たちのために。

 同情で好きになったって相手に失礼だし傷しか与えないから。


「だけど……ふたりだけのいまだけは!」

「うん、菫が求めるなら」

「違うわよ……杏にも甘えてきてほしい……私ばっかり不平等じゃない」

「菫――」

「たっだいま~!」

「「あ」」

「え?」


 私たちはみんなで固まった。

 それでもやましいことがなにもない穂ちゃんが1番早く動いて「なにしてるの!」と怒る。

 言い訳をするつもりはないし言い訳できない状況だから「ごめんなさい……」と謝っておいた。

会話しかしてねえな。

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