11.『普通』
読む自己。
「よっ」
「あ、瀧澤さん!」
たまには教室以外でも食べてみようとということで中庭で食べていると瀧澤さんが来てくれた。
私が座っているベンチに同じよう腰掛け、「そろそろ6月だねー」と呟く。
「瀧澤さん、菫ちゃんたちのところに行かなくていいんですか?」
「ん? んーいーかなー」
「よく分かりませんねあなたも」
私と友達になればあのふたりに近づけるという噂を聞いて来たのに、全然次へと動こうとしない。
人間なにごとも素直になったほうがいいと思う。
だって素直にならないと手に入るはずだったものや、チャンスを犠牲にしてしまうからだ。
「あんたこそ藤原とかといなくていーの?」
「私と違ってあのふたりにはたくさんのお友達がいますからね」
会話はできているしなにも問題はない。
いつだってずっと一緒にいればいるほど仲が深まるというわけでもないから。
「敬語やめろ」
「……よく分からないよ瀧澤さんは」
「あたしにはよっぽどあんたの方が分からないよ」
「どういうこと?」
あくまで普通に生活しているつもりだけど。
「寧ろさ、向こうの方があんたといたいと思っているのに、あんたときたら距離作ってこうしてひとりで食べて、馬鹿なの?」
いや違う、瀧澤さんだって菫ちゃんの言葉を聞いていたわけなんだし分かってくれそうなのに……。
「瀧澤さんだってひとりでしょ」
「あたしには友達100人いるけど、あんたを見つけたから来てあげたんだよ」
「嘘つき、お友達が100人いるなら菫ちゃんに怖がったりしないよ」
あれ以外は本当に優しい女の子だ。
それを必要以上に恐れて、それこそ馬鹿なの、って言いたくなる。
綺麗でも可愛いでも所詮同じ人間だ、平等に扱わないほうが失礼というものではないだろうか。
「……あんただって怖いと思ったから、距離を作ろうとしているんでしょ」
「……私が弱っちいから優しくしてくれているだけだよ。問題が解決すれば……いや、問題が解決していなくても、本当はじゃまだったんじゃないかな。逃げるしかできなかった私を、心の奥底では悪く思っていたんだよ。それにいいんだ、彼女が穂ちゃんと仲良くしてくれればそれで」
強がりでもなんでもない。
私たちはあくまで同じ学年及びクラスの仲間、友達でしかない。
そして菫ちゃんと穂ちゃんの仲が良くなっている、となればどちらとも友達で自分が感じるのは喜びだけでしかないわけで、……距離を作ろうとしているのは本当かもしれないけど、それだけだ。
「だからこれが自然な流れでしかない……ねえ、菫ちゃん」
瀧澤さんに言ったことではなかった。
だって彼女がこれを聞かされても、え? なにこのマイナス思考少女は? となって終わるだけ。
菫ちゃんは頑なに教室でご飯を食べようとしない私を、探しに来てくれるくらいには優しい、と。
「あなたそんなにマイナスな考え方をする子だったかしら」
「分からないだけだよ、だって私とあなたはまだ全然時間を過ごしていないから」
相手は穂ちゃんではなく今年同じクラスになった綺麗な女の子、というだけで。
「一応聞いておくけれど、瀧澤さんは関係ないのよね?」
「うん、瀧澤さんは一切関係ないよ、私が考えて動いているだけだよ」
嘘をついたことはともかくとして、彼女はわざわざ外まで来てくれた優しい子だ。
今回はどうやら怖がっているわけではないようで、隣に座って彼女を眺めているだけだった。
「ちなみに、どうして私があなたのことを邪魔だと思ってるという思考になるの?」
「え? だって偉そうに言うなって怒ったでしょ?」
「え? ……そ、それってもしかして「ここに逃げてきたのに他人の心配なんてしている場合ではないでしょう」と言ったから?」
「瀧澤さんを口実にして私に迷惑だって言いたかった、そうでしょ?」
彼女が意味不明にも凄く綺麗な笑みを浮かべて私に近づいてくる。
できる限り笑顔でいようと私も頑張る。
そして、彼女は横に立ってから――
「このお馬鹿!」
「痛いぃ!?」
私の皮膚をつねって「お馬鹿ー!」と重ねていた。
「なんでそれが迷惑ってことになるのよ! 瀧澤さんのせいよ!」
「えっ!?」
「杏が連れてきたのは確かだけどホイホイ付いてきたのはあなたでしょうっ?」
「あ、あたしが悪いの……?」
私が腕を掴んでいたから逃れられなかったと庇ったら、彼女はますます怒って強くつねる。
「瀧澤さん、私はこのお馬鹿と喋りたいからいまは帰ってくれるかしら?」
「あ……はい……」
あぁ……唯一の仲間がぁ……。
「ふぅ、横に座るわよ」
「はい……」
緊張していたのに彼女のいい匂いを嗅いだ瞬間に落ち着く自分に苦笑。
「もう……あなたっていつもそうよね、すぐに関係を終わらせようとしたりっ」
「むぅ、これでも菫ちゃんのためにって動いているのにっ」
「逆効果よ馬鹿!」
「いっぱいばかって言わなくていいでしょー! あ……ここ学校だよ? 抱きしめてたら誰かに見られちゃうかもしれないよ?」
「べつにいいわよ、学校には女の子しかいないんだし」
そういう問題ではない気がする。
というのも、彼女を特別な意味で狙っている子がいることも分かっているからだ。
だというのにその対象が他の子を抱きしめていたら落ち着かないだろう。
それが例えどんな理由からであったとしても、好きな子からしたら「どうして?」としかならないから。
「ちょっと……恥ずかしいよ」
「こうしないと……あなたがまたどこかにいってしまうから」
「……なんで抱きしめたらいかないって思うの?」
「……少なくとも私があなたを迷惑だと思っていないって伝わるから」
ここは素直にそうだと捉えて抱き返してみせよう。
私だって進んで離れたいわけじゃないんだと伝わればそれでいい。
「なんでそんなに寂しがり屋なの?」
「あなたこそ本当は弱いのに強がっていたじゃない」
「弱いって……そうかもしれないけどさ」
だから守ろうと動いていたんだ。
それを単なる強がりだと思われるのは複雑だった。
「杏……」
「うん?」
「……戻ってきて」
「お家に? でもお兄ちゃんとも仲直りできたから」
「そんなのどうでもいい……戻ってきて、いや、戻ってきなさい」
……綺麗な子に抱きしめられながら命令されるのも悪くない、かもしれない。
「戻るって言うまで離さない」
「と言っても、もうお昼休み終わっちゃうよ?」
「関係ないわ、欠席になっても放課後、夜、日をまたいでも、やめるつもりはないわ」
おぅ……菫ちゃんだったら実際にやりかねなさそうだ。
私がこうして距離を作っても毎回追ってきてくれたわけだし、折れておいたほうがいいかなー。
「ももぉ」
「あーもう、どれだけ甘えたがりなの?」
「もうやだぁ……離れるの」
「あの……あなた本当に菫ちゃんなの?」
確かに甘えたがりだったけどここまでではなかった気がする。
……これは離れれば離れるほど甘えん坊になっていくのでは? それって可愛いのではないだろうか。
「行かないっ」
「いやぁ!」
ゾクゾク再び!
それでも泣いちゃったら嫌だしやめよう。
「分かったよ、菫」
「……遅いのよっ!」
「えぇ!?」
「はぁっ、恥ずかしいんだからあれ!」
「頼んでないけど……」
この普段クールそうな彼女が照れるからグッとくるのだ。
私は全然分かっていなかった、これからは同じ失敗をしないぞっ。
「杏」
「うん?」
「戻りましょう?」
「そうだね、戻ろっか!」
抱きしめるのをやめてふたりで歩きだす。
意図的ではないにしても横を歩く彼女の手に手が触れてしまい「ごめん」と笑ったら、彼女は穏やかな笑みを浮かべて手をギュッと握ってくれた。
……べつにわざとではない、というか寧ろ彼女が近すぎただけだ。
あぁ……なのにどうして握られただけでドキドキしているんだろうか。
私にとっては手を繋ぐ>抱きしめる、ということだろうか。
「菫、もう教室だよ?」
「逃げてしまうでしょう?」
「逃げないよ……だってどうせ放課後はあなたの家に……」
「ふふ、そうだったわね、それじゃあ離しましょうか」
彼女の好きなところで嫌いなところは、こうしてすぐに“普通”に戻ってしまうこと。
こっちはそれでドキドキしていたというのに、彼女にとっては全然違うことだろう。
クールな彼女が照れるのをグッとくると言ったけど、普段は全く照れる感じがしないんだよね。
「どうしたのよ?」
「……菫のばかっ」
「ん!?……こほん、それは家で聞くわ」
家なら私が絶対に甘えるって確信しているのかもしれない。
それとも本当は少し恥ずかしいのかもしれない、……どうかな。
教室に入って席に座る。
そこで穂ちゃんがやって来て言った。
「杏、家に戻ってきて、言うこと聞かないとここで抱きしめる」
やっぱり似ているなあと思いつつ、「寂しがり屋さんのせいでそうなったよ」と説明しておいた。
本当に会話しかしてない。




