10.『期間』
読む自己。
瀧澤さんと別れて藤原家の玄関前に居座っていた。
私が背を預けている扉を開けて中に入れば終わりだというのにできなくて。
彼女に出てこられても困るので体操座りをして封鎖しているというわけだ。
「ん? なーにやってるの?」
「穂ちゃんを待ってたの、べつになにもないよ」
穂ちゃんが入るのを邪魔をしたくないので立ち上がった。
スカートの汚れを払いつつ、「中に入ったらいいよ」と言って横にどく。
「ふぅん、ま、いまの家はここだし入るけどっ。でも、あなたは違うみたい」
「ふふ、少し外で時間をつぶすのも悪くないかなって」
彼女だけ入ってしまったら恐らくそのまま入れないで終わる。
だというのに私には入るという選択肢を選ぶことができなかった。
……運悪くそこで菫ちゃんが出てきてしまったから。
「……帰ってこないと思ったらこんなところにいたのね」
私服にすら着替えていないんだからおかしな話だよね。
しかも鞄も持って逃げるように出てしまったわけだから。
「菫、また杏になにかしたの?」
「え? 今回はなにもしていないけれど」
「その割にはこの子、入り口の前で体操座りをしていたんだよ」
喧嘩になるくらいなら、そう判断しての行動だった。
あのときみたいに泣かせたくないので逃げてたんだけど、いまはそれだけじゃない。
彼女に遠回りであったとしても“迷惑”だと言われたことを気にしているのだ。
だから穂ちゃんが帰ってきても入る気にはなれなくて……。
「きょ、今日は帰るよ!」
「「は?」」
「た、たまにはお母さんの様子みたいな~って!」
心配なのは本当だから嘘はついていない。
たまにくらいあまり役に立たなくても娘の顔を見たいものだろう親なら、うん。
「……なら今日は泊まりに行くわ」
「それなら私も泊まろうかな」
「あーいや-そのーたまにはひとりがいいのでっ」
私服に着替えていなかったことが功を奏した形となる。
鞄を持っていたことも幸いして私はふたりに「じゃあね!」と言って歩きだした。
だって菫ちゃんを見たくないから仕方がないのだこれは。
サブキーは持っているので自宅の扉の鍵を開けて中に入る。
「おかえりなさい」
「ただいま! えっとお母さん……」
「大丈夫、なにもされなかったから」
「良かった! 私は今日リビングで寝るからよろしくねっ」
流石に横の部屋で寝る自信は私にはない。
数時間して帰ってきた父にもきちんと挨拶をして夕食を食べた。
その間にもふたりからメッセージがきていたけど「大丈夫」とだけ返してそれ以上は送らず。
大好きなお風呂に入ってからソファに寝転んでいると――
「杏……」
兄がやって来てリビングから逃げようとしたものの腕を掴まれてしまいぺたりと座り込んでしまった。
母はお風呂で父はもう入浴を済まし自室にいるため助けは求められない。
「なんで逃げようとするんだよ、俺らは家族だろ?」
「そ、……うだけど」
「おい」
「ひっ!?」
冷たい声音に体を強張らせる。
それがまたむかついたのかミシミシと音を立てるくらいの強さで腕を握られてしまい、
「な、なんでもしますから……」
あまりの怖さにそう言うしかできなくて。
「……だったら普通に接してくれ、頼む」
「え?」
「……悪かったよ前は」
「あ、うん」
また作戦かと少し構えたら、……兄は泣いていた。
……それはそうだろう、あの狭い空間にしか自分の居場所がなくて、自分の家族にすら味方が誰もいなかったら悲しくもなるはずだ。
しかも、菫ちゃんみたいに直接ではなく遠回しにされれば誰だって傷つく。
何度も言うけど直接言われたほうが気が楽なんだ。
「……不器用すぎだよ、私はもともと味方しようと思ってたのに。叩かれたら……怖いじゃん」
……逃げたけどその前は本当に仲良くしたいと思っていたわけだし嘘は言っていない。
「悪い! で、杏が家を空けている間に面接受けに行ったんだよ、バイトだけど」
「え、どうだったのっ?」
「……実は一昨日くらいから受かって働いててな、久しぶりで大変だけど……楽しいよ」
「良かったね! お兄ちゃんが笑っているの好き!」
現金な性格だと言われても構わない。
それでも兄は引きこもるまでずっと優しい人で、誰よりも私たちのために動いてくれていたんだ。
怖かったし微妙なのは本当だけど、こうして笑ってくれているのならそれで良かった。
「お、おい……抱きつくなよ」
「あ、最近は癖になってて」
片方の子には迷惑と言われちゃったけど。
「とにかく悪かったな」
「あ……お兄ちゃんに頭撫でてもらうのも好き」
「……初給料貰ったらどっか食べに行くか」
「行くっ!」
兄は2階へと戻っていった。
あ……でもこれで菫ちゃんの家に住む必要もなくなったわけか。
いや、これが正しいし迷惑だったんだから普通のことなんだ。
特殊な事情がない限りは普通のこと。
「あ……バック……」
仕方ないので穂ちゃんに持ってきてと頼んだら電話が掛かってくる。
「もしもし?」
「……私よ、菫」
「あ……どうしたの?」
「……どうして荷物を持ってくるよう言ったの?」
「お兄ちゃんと仲直りしてそっちに住む必要なくなったから」
いちいち引っかかっていることを言ったりしない。
当たり前のことをしているだけ、最後に彼女に迷惑をかける必要はない。
「ありがとう、あんまり長い期間ではなかったけどさ」
学校に行けば会えるし家に泊まっていなければ問題はないわけで。
逆にあのまま家に住んでいたら遠慮から距離ができて口喧嘩になって終わっていた。
「……いまから行くわ」
「え? 知らないでしょ?」
「穂に案内させる」
「あ、危ないよ、荷物だって明日持ってきてもらうつもりだったし」
「なら明日っ、放課後私の家に寄って!」
「あ……そうだね、自分で取りに行くよ」
電話を切って私も部屋に戻る。
気まずいなあ……。
私は藤原家の前に立っていた。
図書室に寄ってからここに来たため菫ちゃんと帰ってきたわけじゃない私は、ずっとそこでインターホンを鳴らせずにいる、というわけだった。
穂ちゃんもいない、できることなら荷物を持って早く帰りたい。
だからインターホンを鳴らさずノックをすることにした、……鉄製の扉なので恐らく少しくらいは響いてくれると思う。
「杏ーなにやってるのー?」
「うっ……穂ちゃん……」
菫ちゃんに気づかれない内に穂ちゃんが帰ってきてしまった。
それにあれだ、もしこんな怪しいノック音が聞こえてきて出てくるようだったら、綺麗なのに防犯意識がなさすぎるし危ないから正しい。
「……荷物持って帰るの?」
「うん、仲直りできたからっ、穂ちゃんもありがとね」
「……じゃあ私が菫を貰っちゃおうかな」
「どうぞどうぞ、綺麗と可愛い同士よく似合うと思うよ!」
案外、菫ちゃんは恥ずかしがり屋だったり寂しがり屋なので多分受けだ。
穂ちゃんが基本的に攻めてたまに交代、というところかなと想像してみる。
私はもともとおまけだしそこに入れる器ではなかった。
「……荷物取ってくる」
「うん、よろしくね!」
菫ちゃんが家に寄るよう言ったのはそれくらいは自分でしろと伝えたかったんだろう。
それか自分の好きな穂ちゃんを使うな! と言いたかったのかもしれない。
でも私はこうして来た、穂ちゃんが荷物を持ってきてくれることになった。
となれば、仮に彼女が出てきたとしても責められる謂れはないはずだ。
「……どうしてインターホンを鳴らしてくれないの? それが無理でも連絡してくれればいいじゃない」
「いま押そうとしてたんだ、そうしたら菫ちゃんが先に出てきちゃって」
「嘘つき、穂に聞いたんだから分かっているに決まっているじゃない」
「あーははは……まあ……持って帰るから、これでもう迷惑って言われることはなくなるよね」
「な、なんの話?」
「ん? あ、こっちの話だから気にしないでよ」
穂ちゃんが荷物を渡してくれたので「ありがとっ」と言って受け取った。
「それじゃあ、本当にありがとう」
ただ家で住むことがなくなるだけ。
なにも気にする必要はないだろう。
軽度の暴力でも普通は無理になりそうだけどね。




