72 『漆黒の守護者』と、三片の恋標(最終話)
春季休暇の最終日。
国民に向けて第三王子ルカ・アシュフォードとフェリシティ・ウォード公爵令嬢の婚約と、結婚と同時にルカが大公家を興し臣籍に下るという発表がなされて数日。
王城の中庭の東屋で、ルカが広げていた歴史書にふと、影が差した。
「やぁ、フェリシティ」
「少しお話してもよろしいでしょうか、殿下」
卒業パーティーでは近かった距離も、人目のない場所では遠い。
ルカが立ち上がり、フェリシティのために椅子を引いた。
フェリシティが腰を下ろし、ルカが席に着いたタイミングで、侍女がサービスカートに茶器を乗せて近寄って来た。
「本日の紅茶は『漆黒の守護者』ですわ」
「……中々個性的な名前だね」
「ええ、私たち三華の有り様を殿下に知っていただきたくて──」
ルカがルルの耳に“有らぬ情報”を入れた件について、フェリシティはルカに、暗に自身があの三名の守護者であり、余計な手出しは無用だと告げるだけにとどまった。
ルルとシエル、桜の木が見守る中での二人の出会いから一年。
フェリシティはルルとシエルが心を通わせる様をあの窓から見守っていた。
『三片の恋標』最後のヒロインであるルル・パックスの恋路を邪魔する者は、その物語を見守っている者からすれば、悪である。
だが、もし本当にルカがルルを好いており、陥れてでも手に入れたいと思っていたのであれば、彼にとってはフェリシティこそが悪なのである。
「──今回は強引に事を運び、殿下には申し訳ないことをしたと思っておりますわ。
でも、それでも、私はあの三人に他人に惑わされることなく自力で未来を選んで欲しかったのです。その為には、父の手を借り、こうするしかありませんでした。
幼い頃から嫌だとおっしゃっていらした高位貴族の妻、その私を娶ることによって得る、欲しくもない大公位……大変申し訳なく思っておりますわ」
それでも、フェリシティはルカの恋よりルルの恋を応援することを選んだ。
ルカは、目を伏せそう漏らすフェリシティから視線を逸らした。
「そんな昔のことを覚えていたのか……」
「私、幼い頃から殿下のことをお慕いしておりましたもの。殿下との思い出のすべてを覚えておりますわ」
「!」
その言葉に、ルカが反射的に顔を上げ、再びフェリシティを視界に入れる。
「ですから、殿下の憂いが少しでも無くなるよう、私が殿下をお支えすると約束いたしますから──」
フェリシティは、手にしていた扇をテーブルに置き、膝の上で震える手を握りしめた。
「──どうか、私で我慢してくださいませ……」
いつもは扇で隠されている、フェリシティの表情がみえた。
「──もしかして、六歳の時婚約を嫌がったのは……」
「殿下が政略を望まず、好きな方と添い遂げることを望んでおられることを存じ上げていたからですわ」
ルカは四歳の頃の自身の純真さを心から悔やんだ。
そして、信頼という言葉を隠れ蓑に、自身の気持ちをフェリシティに伝えていなかったことを──
「フェリシティ」
ルカの呼びかけにフェリシティが顔を上げ、瑠璃と翠玉が絡み合う。
「──フェリ、私は君に話していないことがある──」
*--*--*
「あれ? こんなところにこんな木、あったっけ?」
寮から校舎へ向かう途中、桜の木の前を通りかかるとチェルシーがふと立ち止まり、クラスメイトに尋ねた。
「本当。こんなに大きい木なのに今まで気にしたことがなかったわね」
「でも葉っぱも花もついてないわ。枯れているのかしら」
これまではヒロインだけのものだった思い出の場所──
「──この木の名前は桜って言うのよ。来年の今頃にはきっと可愛らしい、ピンク色の花が咲くわ」
ルルがクラスメイトの問いに、そう、答えた。
「ピンクだったら、ルルの髪の色と同じ感じかしら」
「そうなの? じゃぁ、来年が楽しみね」
そう言って再び校舎に向かって歩き出したクラスメイトの輪から外れ、ルルはひとり、桜の木を見上げた。
ちょうど一年前、シエルとここで最悪な出会い方をしたなと、想いを馳せる。
三片の恋標がエンディングを迎え、桜の花は散ってしまったけれど、これから先、きっとこの木は皆にとっての思い出の場所となるのだろう。
「ルルー! 早く来ないと置いていくわよー!」
「待ってー!」
そんな予感に「ふふっ」と微笑むと、ルルはクラスメイトを追いかけた。
桜下のベンチにかかる細い枝の先には、まだ誰からも気付かれていない、瑞々しい新芽が芽吹いていた。
(おしまい)
★本編は完結しましたが、おまけ話をもう1話、投稿します。
読んでいただけたら幸いです




