71 『比翼の祝祭』と秘密の宝物
春季休暇中、シエルはパックス男爵家に通い、出来る範囲でダニエルの執務の手伝いすることになった。
キアラには、
「ルルちゃん!頼りがいのあるお婿さんを捕まえてきてくれてありがとう!」
とお礼を言われてしまった。
今日の紅茶は比翼の祝祭。
ルルの婚約祝いにとマノンから贈られてきた、婚約を祝う席で好んで振舞われる紅茶で、花嫁に見立てたオレンジの花の香りが隠し味の、華やかなフレーバーティーだ。
ルルはシエルとの出会いを聞きたがるキアラに、まさか「嘔吐いているところを介抱されたのが出会いです」などとはいえず、さりげなくハンカチの“逸話”へと話を振った。
「ハンカチの逸話は、私たちが学生の頃に流行っていたおまじないみたいなものでね。婚約したり、想いが通じ合ったりした方々は、皆ハンカチを交換していたの。
──もちろん、ルルちゃんのお母様とお父様もね」
それを聞いて、ルルは何故母セシルが父ダニエルのハンカチを大切に持っていたのかを知った。
今、ルルの手元にあるハンカチは、父と母の叶えられなかった約束の証なのだ。
「ルルちゃんはダニエルが机の引き出しに仕舞っている『秘密の宝物』のことを知っているかしら」
キアラの問いかけにルルは黙って頷いた。
ルルはダニエルがその引き出しに”何か”をしまうところを何度か目撃し、それが『秘密の宝物』であると、ダニエル本人から聞いているからだ。
「『秘密の宝物』の正体はね、ルルちゃんのお母様のハンカチなの。
彼は自分たちが成し得なかった約束を、シエルさんとルルちゃんに託したかったのだと思うわ。
──だから、ハンカチを見て、ルルちゃんに確認することもなく婚約を決めてしまったお父様のことを、許してあげて頂戴ね」
言外に、未だにダニエルはルルの母セシルを想っているのだと話すキアラは、切なそうに目を伏せた。
ダニエルは決してキアラを愛していないわけではない。
それはルルにもわかる。
ただ、ダニエルの中にある亡くなったセシルとの美しい思い出は決して消えることは無い。
その思い出を否定することなくまるごと、包み込みダニエルを愛するキアラのことが、ルルはこれまで以上に好きになった。
ルルは、ダニエルとキアラ──それぞれが胸に秘めた美しくも切ない想いを昇華できないだろうかと考え、シエルに相談することにした。
──現在、セシルとダニエルのハンカチは揃って宝箱に収まり、美しき過去の思い出として共に保管されている────
*--*--*
卒業生の社交界デビューも終わり、春季休暇も半ばに差し掛かった頃、ルルたち元三華サロンの四人は貴族街のティー・ハウスに集まっていた。
普段ルルが利用することのない高級そうな店構えに、ルルは大きく深呼吸をして緊張した面持ちで入店した。
ルルを見た瞬間「パックス男爵家のルル様ですね。ご案内します──」と言われ、(何で見ただけでわかるのぉー!)と心の中で悲鳴を上げるルルに、マノンが『公爵家から予約が入った段階で、同伴する貴族の外見がスタッフ一同に共有され、貴族が店員──こういう場所では准貴族になれなかった下位貴族の子女が働いているケースが多い──に名乗る必要がないように配慮されているのだ』と教えてくれた。
「髪色、戻したんだな」
淡い桜色の髪と瞳。
本来の姿に戻ったルルを見て、先に到着していたメイベルが声を掛けた。
ルルは学園では目立たないように髪を染めていた。
しかし──
ブルーベル公爵家の次男であり、准貴族となるのだと思われていた優良物件筆頭のシエルが、公爵家を捨てて男爵令嬢と婚約し、男爵家の婿養子になることに決まった。
しかもそのお相手は大公妃となるフェリシティが在学中に期間限定で設立した幻のサロン──三華サロンの四人目の華。
そして、第三王子をはじめとする見目麗しい男性が取り合ったと噂されるルル・パックスである。
──そんな噂が流れてしまえば、何をしようと目立ってしまうため、髪が茶色であろうが桜色であろうが、もう関係ないのだ。
しかし一番の理由はそれではない。
春季休暇の間だけはと、髪色を桜色に戻したルルを見たシエルが、茶色に戻すことに難色を示したのだ。
それに対してルルが 「今更髪色を戻せば、学園に戻った途端に退学になっちゃう! 私、学園を卒業して男爵家を継ぐのが目標なの!」 と反論。
その翌日、シエルが出掛け、夕方に鼻歌を歌いながら帰って来たと思っていたら、学園から校則変更の通知が届いたのだ。
どうやらそのような校則があるせいで、ルルが二度も危険な目に遭ってしまった。
その校則が不適切であると認めたうえで削除するようにと、ブルーベル公爵家から圧力を掛けたらしい。
「君のためなら、使えるものは何だって使うさ」
当然、過去の違反も無効だから安心して──
そう言って黒く、しかし灰青の瞳にはどこまでも甘い色を浮かべ微笑むシエルに、ルルは何も言い返すことができなかった。
おまけにその“圧力”には、ウォード公爵家も一枚噛んでいたとか、いないとか……




