7 母の矜持と縦ロールの暴挙
「安心なさい。あたくしとあなたは曾々おじい様が同じ──つまり三従姉妹なのです。
ですからあたくしと貴女は立派な親戚。行動を共にしても全くおかしくありませんわ!!
それに、あなたにとってあたくしは本家の娘で、立場も上ということになるの。そんなあたくしの役に立てるのですから、とても光栄なことでしょう?」
“二従姉妹”なら聞いたことがあるが三従姉妹……ルルは初めて耳にしたその言葉に、頭の中で突っ込みを入れずにはいられなかった。
(曾々祖父って、ひぃひぃおじいちゃんってことでしょ?
いや、それはもう『遠い親戚』なんじゃ……それとも貴族はどんなに遠縁であろうとも血縁関係を重要視する感じなの?)
それに──
「ドロワット子爵令嬢。“本家”の意味、分かってらっしゃいますか?」
この人はどこかオカシイ人なのだろうか。
男爵と子爵。
身分差はあるが、つい口をついて出てしまった。
本人が言うには親戚らしいので、少しくらい失礼があっても大丈夫だろうか。
「当然でしょう? あなた、あたくしを馬鹿にしているの?」
「でしたらなぜ、パックス男爵家があなたの家の分家になるのですか?」
生みの両親が結婚していたならともかく、そもそもパックス男爵家とドロワット子爵家は何の関係もないのだ。
ルルがそう尋ねると、ブリジットは『何を言っているのかしら』と言わんばかりに目を細め、ルルを諭すように口を開いた。
「だってパックス男爵はただの養父。あなたとは何の関係もないのでしょう?」と。
「は?」
「無責任にもあなたの母親が姿を消した後、当時ドロワット子爵の側近であった、あたくしのお父様がその才能を認められて次期当主に指名されたのです。
亡くなった方を悪く言いたくはないですが、貴女の母親がどこの誰ともわからぬ男の子供を宿して除籍になった人間であろうとも、その娘のあなたに流れる血はドロワット子爵家のモノですもの。
本家と言うのは言葉の綾。
貴女がドロワット子爵家の正当な血筋となったあたくしのことを敬い尽くすのは、当然の務め。
それなのにあたくしを差し置いて三華サロンの招待状を受け取るなんて──本来なら辞退してあたくしに譲るべきところを、同伴だけで赦してあげることにしたのですわ。
感謝されてもいいくらいですのに……全く……身の程知らずとはこのことですわね」
最初、何を言われているのか分からなかった。
しかし、その言葉の意味がゆっくりと頭の中に入ってきた途端、ルルの中に怒りが込み上げてきた。
──どこの誰ともわからぬ男の子供を宿して除籍になった。
除籍に関しては分からないが、彼女の言っていることは事実ではない。
ルルは正真正銘、母セシルと父ダニエルの間に生まれた子だ。
なのになぜ、なにも知らない初対面の人間にそんなことを言われなければならないのか。
胃が痛い。
気分が悪い──
でも、それでも、今の家族を守るため、我慢しなければならない──
彼女の中でそれが真実である以上、ルルが何を言っても届かないだろう。
ルルの目に悔し涙が滲んだ。
ルルはこの数ヵ月で家族を護るために貴族のルールを学んだ。
不確かな情報──噂や思い込み──に手を出していいのはそれを利用できる高位貴族のみ。
ルルやブリジットのような下位貴族がそんな不確かな情報を口にするということは、信用を無くし、自ら評価を下げ、無能であると言っているのと同義。
それは令嬢としての死に直結するため、十分に裏をとってから口にするようにと義母のキアラから教わったのだ。
当然感情的になり、そのような者を相手にすることも評価を下げる一因となるのだとも。
(落ち着け、落ち着け私!)
今、感情に身を任せるわけにはいかない。
それは確実に両親に迷惑を掛けることになるのだから。
ルルは手の震えを抑え、深呼吸をして懸命に気持ちを落ち着かせると、ブリジットを見つめ返した。
しかし彼女はそれがお気に召さなかったらしい。
「何なの、その目は!? 生意気ね! 身の程を分からせてあげるわ!!」
ブリジットはそう叫ぶと、なんの予備動作もなく右手を振り上げた。
──ぶたれる!
その瞬間、ルルはそう思った。
ルルにはブリジットの動きがスローモーションに見えたが、体は動かず、避けることはできない。
ルルは衝撃に備え、顔を背けて目をギュッと閉じた。




