67 ハンカチの逸話と灰青の王手
「しかし、君たち若い世代が学園で昔から語り継がれている“逸話”を知っているとは思わなかったよ」
「とりあえず掛けたら?」とキアラに促され、ダニエルはキアラの隣に、既にシエル主導で彼と婚約関係にあるらしいルルは、シエルの隣に掛けることになった──というより、シエルが隣に座れと言わんばかりに黒い笑顔を保ったまま、右にずれたのだ……
「あぁ、わたくしも聞いたことがありますわ。物語でよくある騎士と令嬢の“愛の誓い”になぞらえて、『学生同士が愛の証としてハンカチを交換すると、必ず結ばれる』という逸話ですわね」
「もちろん、我々の年代でも一部の学生の間では今も語り継がれていますよ──」
ルルに向けるそれとは違い、爽やかな笑顔で両親に相槌を打つシエルに、ルルはまた、(……あれ?)と、思う。
「ルルも彼のハンカチを持ち歩いているのだろう?」
混乱の中にいるルルに、パックス男爵が満面の笑みで話を振る。
「え。あ、はい。(いつでも返すことが出来るように)鞄に入れて持ち歩いています……けど──」
瞬間、シエルの笑みが深まった。
「私も、こうして肌身離さず彼女のハンカチを持ち歩いていますよ」
そう言って、シエルはジャケットの胸ポケットから、入学式の日にすり替えたルルのハンカチを取り出した。
シエルは、バルトならばやりかねないと思った公爵家の権力を使った強引な婚約でも、ダニエルを欺いて婚約を結んでいたわけでもなかった。
両親の年代ならば必ず知っている、学園の“逸話”を上手く利用していたのだ。
*--*--*
「ようこそ三華サロンへ」
あれはシエルが中庭でバルトに襲われ気絶した(ふりの)ルルを、三華サロンに運び込んだ時のことだ。
サロンを立ち去ろうとしたシエルは、 「入学式から何度もルルを助けてくれている貴方を、このまま何のおもてなしもせずに返せとおっしゃるの?」 と、フェリシティに凄まれ、仕方なくそのお茶会に参加することになった。
窓の外を見ると『桜の木』。
それを見たシエルは、自身の言動、そして気持ちまでもがフェリシティに見透かされているのだと悟った。
「ところでハンカチと言えば、学園にこのような逸話があるのをご存じかしら……」
そこで突然話題に上った“ハンカチの逸話”という情報。
フェリシティがどういうつもりでその逸話を口にしたのかは分からない。
しかしあの時の話は今、ルルと初めて会ったあの日、彼女との縁が切れることを恐れて咄嗟にすり替えてしまったハンカチと共に、シエルにとって起死回生の一手を生み出す──『最強のカード』となってこの手にある。
ルルには申し訳ないが、シエルが選ぶべき情報を違えず、最も効果的なタイミングで手持ちのカードを提示した結果なのだ。
三華サロンでルルが必死に学ぼうとしていたその極意を、シエルは完璧な形で実行してみせたのだ。




