62 婚約発表
「ルル!どういうことなの?今聞いたのだけれど、第三王子殿下とウォード公爵令嬢の婚約が決まったって……!」
チェルシーがそう言いながらルルに駆け寄ってきた時、ちょうどフェリシティが会場の入り口に現れた。
先程までルルと話していたルカがフェリシティに歩み寄り、左腕を差し出すのが見えた。
「ウォード公爵令嬢、私に美しいあなたをエスコートする光栄を授けていただけますか?」
「──もちろんですわ。但し、そのよそよそしい呼び名を以前のものに変えていただければ、ですが」
「……フェリ、冗談ばかり言ってないで、手を──」
フェリシティは、クスリと微笑むと、自身の右手をルカの左腕に滑り込ませ、深く絡めた。
そして──遠くからその様子を見ていたルルに視線を移すと、美しく艶やかで、それでいて冷たい笑みを浮かべた。
──『悪役令嬢、フェリシティ・ウォードとして』
ルルの脳裏に、あの日のフェリシティの宣戦布告がよみがえる。
「皆に伝えたいことがある。私ルカ・アシュフォードとフェリシティ・ウォード公爵令嬢の婚約が締結された」
ルカの宣言で、二人の婚約が会場中に周知された。
金髪瑠璃眼の第三王子と銀髪翠眼の公爵令嬢──二人が並ぶその美しい光景を皆が時を忘れたように見守っている。
その優雅で洗練された様子は、二人が纏っているものが制服だとは思えないほどだ。
皆に祝われ、いつもと変わらぬ様子で微笑むフェリシティから目を逸らすように、ルルは踵を返して会場を飛び出した。
ルルの足は自然と桜の木へと向かった。
ルルの胸を占めるのは、ルカとの果たされなかった約束ではない。
(フェリシティ様の幸せは、そこにあるの?)
ただ、その想いだけだった。
「──やっぱりここにいたのね……」
どれくらいの時間が経っただろう。
ベンチで桜の花を見上げていたルルの背後から、声が掛けられた。
ルルは膝の上で俯き握りしめた両手に視線を落とした──ルルのよく知るその声は、今、聞きたいけれど、聞きたくない人のものだったから……
「ずっと避けていたから知らなかったけど、こんな風になっていたのか」
メイベルが植え込みをかき分け現れ、ルルの左隣に腰掛けた。
「わたくしはよくここで昼食を摂っていましたから、懐かしいですわね」
植え込みを回り込んで来たマノンが、右隣に腰掛ける。
そしてフェリシティは、ルルの正面に立つとパンッと勢いよく扇を開いた。
「ルル・パックス男爵令嬢! 悪役令嬢の私があなたの婚約者候補の男性を奪い取って差し上げましたわ! おーーっほっほっほ…………──悪役令嬢って、こんな感じで良かったかしら」
「まぁ、いいんじゃないか? フィズらしくって」
「──ない」
フェリシティと、メイベルのいつもと変わらぬやり取りに、ルルは涙にぬれた顔を上げた。
「良くない!」
フェリシティが扇を閉じ、「何故?」とルルに尋ねる。
「フェリシティ様はまた、自分のことを差し置いて──私の幸せのために自分を犠牲にしたんじゃないですか!?」
ルルは求婚してくれた人がいるとフェリシティに打ち明けたが、それがルカだとは言っていない。
フェリシティがどのような手を使ってルカの婚約者になったのか、ルルには全く分からないけれど、悪役令嬢として奪ったのだというのなら、それはフェリシティの気持ちが無視されている可能性が高い。
「はーい。それに関しては私もルルに賛成!!」
「申し訳ありません、フェリシティ様。わたくしもメイベル様とルルと同意見ですわ」
メイベルが勢いよく右手を上げ、マノンが申し訳なさそうにフェリシティを見た。
三人のヒロインに咎められるような、見守るような、懇願するような視線を向けられ、フェリシティは扇を持った手を降ろし、諦めたような顔をした。
「仕方ないですわ。エンディングですもの。ここで悪役令嬢のモノローグが入るのも悪くないかもしれないわね……」
フェリシティが、傾いてきた陽に染まる桜を見上げ、静かに呟いた……




