60 果たされぬ約束、卒業の鐘に響く瑠璃の謝罪
「ルル! あなた昨日第三王子殿下と一緒にいたって本当?」
翌日、ルルは教室に入った途端クラスメイトに囲まれた。
「そういえば図書室でドロワット子爵令嬢に水をかけられたときも一緒にいたし、ルメール公爵令息の魔の手から護ってくれたのも殿下だったものね」
「一時期は二人がルルを取り合っているって噂もあったもの。
あの時から二人は愛を育んでいて、殿下の卒業が近くなった今、二人の関係を解禁した、とか?」
「そうよね~、あんな素敵な方に卒業間近になっても婚約者候補すらいないなんて、おかしいと思っていたのよ」
「え、いや……」
プロポーズはされたが、まだ口約束であることは変わらない。
時間がかかるとは言っていたが、第三王子が男爵家へ婿入りするなどという話が簡単に認められるとは思えなかった。
それに、たとえ相手が自分だとしても、王族の婚約話など、ルルが気軽に話していい問題でもない気がする。
きっとルカや両親に迷惑をかけてしまうだろう。
「ほーら、みんな、始業ベルが鳴るよ!」
「あら本当。もうこんな時間だわ」
ルルがどう弁解したものかと戸惑っていると、チェルシーがやって来てクラスメイトを蹴散らしてくれた。
「ごきげんよう、ルル。──みんな他人の恋バナに飢えているのよ。許してあげて」
クラスメイトが自席に戻ったのを確認すると、チェルシーはそう言って自身の席に座った。
「……チェルシーは何も聞かないの?」
思わずそう問いかけたルルに、チェルシーは頬を膨らませて言う。
「ルルの様子が明らかにおかしいのに、その心にも沿えないようならあなたの親友は務まらないわ。
今も、何かを我慢しているのでしょう?」
「が、我慢なんか、してないっ」
思わずルルは感情的になり、そう反論してしまった。
「わかった、わかった。ルルは何の我慢もしていないわ──」
チェルシーはそんなルルを、両手を上げて制すると、悪戯っぽい笑みを浮かべて言った。
「だって欲望のまま、ケーキをホールで注文できるくらいだものね」
誰にも何も話してもらえないつらさと同じくらい、何も話せないこともつらいのだとルルは知った。
*—*—*
卒業式当日。
ルルは落ち着かなくて、早い時間から桜下のベンチに来ていた。
卒業式の後、学園のホールで自由参加型のパーティーが催される。
卒業する先輩方との最後の交流。
よくある物語のイベントとは違い、ドレスコードが“制服”なのは、実家から離れて寮住まいをしている令息令嬢に配慮してのことだという。
──結局あれから、ルルはサロンに顔を出さないままこの日を迎えた。
『ルル・パックス男爵令嬢』の物語だけじゃない、三片の恋標という世界と三華サロン……その全てが終了するこの日を。
卒業式では、王族をはじめとする高位貴族や成績優秀者が代表して証書を受け取った。
ルカ、フェリシティ、そしてシエルが壇上に登場したときは、歓声が上がり、同時に涙をすする声が会場に響いた。
久しぶりに見たフェリシティは変わらない様子であったが、ルカの表情がどこか硬いような気がした。
王族特有の輝く金髪と、見つめられると引き込まれそうになる瑠璃眼。
ルルの前では少し意地悪な表情を見せることの多いルカだが、最近は優しい微笑みを向けてくれる。
軽薄そうなのに、意外と真面目な顔をしてルルを導いてくれることもある……
しかし、どんな時でも余裕であるというスタンスを崩さない彼が、珍しい──なにか、あったのだろうか。
卒業式が終わると、休憩を挟んでそのままパーティーがはじまる。
ルルが友人とパーティー会場に入ると、青い顔のルカがやってきて「少しパックス男爵令嬢を借りてもいいかな」と皆に微笑んだ。
「「「キャー」」」
「は、はいっ! ど、どうぞっ!」
男爵令嬢が第三王子殿下に直接声を掛けられることなど、通常の学園生活ではないに等しい。
チェルシーですら、背筋が伸び、声が上ずっている。
ルカは声が漏れぬように、人気のない柱の陰にルルを誘導した。
そんなに離れてはいないはずなのに、会場の喧騒が遠く聞こえる。
ルカを見上げるルルの胸に一抹の不安がよぎる。
卒業を祝うためにやって来たはずなのに「おめでとうございます」という言葉さえ掛けられない。
ルカはそんな彼女を見下ろすと眉根を下げ、小さな声で囁いた。
「申し訳ない。急な横槍が入り、君との約束が果たせなくなってしまった」




