59 おねだり
フェリシティは屋敷に帰ると、執事に父であるウォード公爵に時間をとって貰うよう依頼した。
執務室に在室している間、父は『公爵』である。
いくら娘であれど、許可のない入室は認められない。
しばらくして、父の執務室付きの侍女がフェリシティを迎えに来た。
フェリシティが入室すると、ちょうど父は休憩中のようで、執務室中央の応接セットのソファーに座り寛いでいるところだった。
「ふむ。フェリシティから面会、ということは、あの件か?
メイベル嬢には悪いが──お前がなんと言おうと、あの婚約話はこのまま進めさせてもらうよ」
フェリシティの姿を認めると、自身の向かいに掛けるように促し、公爵は顎を撫でながらそう言った。
「いいえ、お父様。本日は欲しいものがあって伺ったのですわ」
「フェリシティがおねだりとは珍しいな。ドレスか? 宝石か? 好きなものを買っていいぞ」
愛娘の言葉に機嫌よく応じた公爵に対し、フェリシティは首を振った。
「私が欲しいものは、金銭で買えるものではありません。
ですが、お父様にしか手に入れられないものですわ。
──そして、内密でことを進めていただきたいのです」
「……ほぅ?」
公爵が僅かに身を乗りだし、フェリシティの話に興味を示した。
フェリシティは扇を広げると公爵に耳打ちをする。
「──いいだろう。お前がそれでいいのなら……私に任せておきなさい」
「では、よろしくお願いいたしますわ」
フェリシティは父の了承を得ると、悪役令嬢を彷彿とさせる微笑みで、満足げに冷笑を浮かべた。
*--*--*
「やあ、きっとルルに会えると思っていたよ。──っと、元気がないね……どうしたの?」
ルルが一人桜下のベンチで昼食を摂っていると、ルカがやって来た。
『──悪役令嬢、フェリシティ・ウォードとして』
あの日、そう宣言されてからルルはフェリシティに会っていない。
ルルが『ヒロイン』の物語が終わったことで、『悪役令嬢』もその役割を終えたはずだった。
そのフェリシティを、ルルは『悪役令嬢』にしてしまった。
「──『幸せ』に、なって欲しかっただけなのに……」
きっと、ルカに話しかけたわけではないのだろう。
しかし、思わず口をついて出た、というようなその呟きにルカは答えた。
「──事情は分からないが、何を『幸せ』と思うかは人それぞれだ」
ルルがお弁当から視線を上げ、隣に座るルカを見た。
「私は君を『泣かせることはしない』と誓ったが、君を『幸せにする』とは誓っていない。
それを誓っても、それは多分、『私が考える君の幸せ』であって、『君自身の幸せ』ではないからだよ」
ルカのその言葉で、ルルは目が覚めた思いがした。
(だから、フェリシティ様はヒロインが『望む未来を掴み取ることができるように……』って、そう言っていたんだ──)
『ヒロインを幸せにする』では、ヒロインの『幸せ』ではなくなってしまうから。
フェリシティは、どこまでも、どこまでもルルたち『ヒロイン』の幸せを考えてくれている。
そのフェリシティが『悪役令嬢』としてどう動くつもりなのかは分からないけれど、ルルがフェリシティに幸せになってほしいと思う気持ちは変わらない。
(私もフェリシティ様に望む未来を掴みとってほしい……)
「君の役に立てたようで光栄だよ。──お礼にこれをいただくとしよう」
ルルの表情が明るくなったのを見たルカが、フッと微笑みルルのお弁当の中にある“卵焼き”に手を伸ばす。
「変わった料理だね。──でも、温かい味がするよ……」
知っていたシエルと知らなかったルカ。
その二人の反応の違いが胃に僅かな違和感をもたらすが、ルルは気付かない。
──『三片の恋標』第三話の卒業式は、あと一週間に迫っていた。
この日からルルは、ルカにもフェリシティにも……そしてシエルにも会うことはなかった──




