58 悪役令嬢、フェリシティ・ウォード
ルルは学園で囁かれている噂を信じ、シエルとのことを誤解しているのだと、フェリシティも分かっている。
それも、ティー・ハウスでフェリシティとシエルが密会──と、言えなくもない──をしているところを目撃してしまえば仕方がないことなのかもしれない。
フェリシティの考えは当たっている。
しかし、それは、全てでもなかった。
フェリシティは、ルルがメイベルとマノンの会話の一部を聞いていたことを知らない。
フェリシティは、ルルがルカからバルトからの強引な求婚の可能性を聞き、怯えていることを知らない。
フェリシティは、シエルがルルの友人からの祝いの言葉に返せなかったことを知らない。
フェリシティは、ルルが家族と同じくらい自身のことを好きでいてくれていることを、知らなかったのだ。
たとえ相手がルルであっても、誤解を解くためにここで断りもなく貴族家の情報を漏らす訳にはいかない。
しかもそれを話すということは、たとえフェリシティが確信していたとしても、シエルの心の内を憶測で話すことと同義になってしまうからだ。
ルルが望む未来を手に入れるためには、今回の件が落ち着くまでの間、なんとか思い止まらせ、彼女を手元に置いておく必要がある。
それは、シエルとのことだけではない。
ルルの『三華サロン途中退会の噂』が立てば、事実はどうであれ、ルルは三華に見捨てられたとみなされ、その将来に悪影響を及ぼすことになるからだ。
フェリシティがしたいのは幸せの押し売りではない。あくまでも、手助けであり、導きだ。
しかし、そうなると分かっていて手を離すことは出来ない。
──なのに、ルルはフェリシティが、懸命に守ろうとしている未来への選択肢を諦めるというのだ。
自分で選んだわけではない、他人から与えられた幸せは、所詮他人の思う幸せでしかない。
父ウォード公爵がフェリシティのためを思って進めている今回の婚約話がそうだ。
あれは“父親の思う娘の幸せ”であって、“娘自身が思う幸せ”ではない。
「それに、私は、私のために生きることを望んでいません。家族やフェリシティ様が幸せでいてくれたら、それでいいんです。それが私の幸せですから」
そう。
ルルは、諦めて逃げて、フェリシティの信念を真っ向から否定したのだ。
パンッと、音を立ててフェリシティは扇を開いた。
その行為の意味するところは『拒絶』。
「私の、幸せ?」
フェリシティは開いた扇を口元に当てると静かにルルに尋ねた。
(──貴女は他者の『幸せ』を勝手に決め、それを与えることで満足なのでしょう。けれど、本当にその選択が私やご家族の幸せに繋がると本当に思っているのかしら──)
「……はい。先日仲睦まじくお二人でいらっしゃるところを拝見しました。友人も言っていましたよ。とてもお似合いだって。
それに彼なら、フェリシティ様をきっと幸せにしてくれるでしょうから……」
(メイベルと、同じことを言うのね。奪ってまでとは思えないのがヒロイン気質かしら……)
自分で言っておきながら俯くルルを見て、フェリシティが呆れたように小さなため息をつく。
( ──奪う……? )
「そう……貴女は私が三華サロンに託した想いを否定するというのね……」
( ──そうね…… )
「──そう、あなたがそのつもりであるのなら構いません。
但し、さっきも話した通り、卒業式まであとわずかとなった今、貴女を退会させるわけにはいかないわ。──そうね、護りは強固な方が良い、そう思って諦めてちょうだい」
「はい……」
何かを決心したように告げるフェリシティに、ルルは俯き、そう返事をせざるを得なかった。
「その上で、貴女がそこまでして私の矜持と信念を否定するというのであれば、受けて立ちましょう……」
フェリシティは持っていた扇を閉じると、その扇先を自身の宣言に驚いて顔を上げたルルへと向け、宣戦布告とばかりに告げた。
「──悪役令嬢、フェリシティ・ウォードとして」




