54 『星屑の残響』と雪原に散った蝶
「わぁ。素敵なお店ね」
ルルが友人に連れられて入ったお店は、いかにも貴族が利用しそうなパティスリー・カフェだった。
前世で言うところのテーマパークの中にあるホテルのラウンジのようで、高い天井から吊るされたシャンデリアがショーケースの中に鎮座する存在感のあるケーキをキラキラと照らしていた。
ルルたちはそのまま席へ案内され、メニューを渡された。
メニューを開くとそこには繊細かつ写実的なタッチでケーキ各種のイラストと説明書きが丁寧に描かれていた。
「私はこの『レイヤード・ヴェール』にするわ。サクサクのパイ生地が何層にも重なったスイーツなんてドレスみたいで素敵ね」
「ノワール・スクエアかな、私、チョコレートに目が無いの」
「アイボリー・フロマージュ! 同じく、チーズが好きだから」
友人が次々注文していく。こんなにたくさんあるのに、よく即決できるものだと感心する。
「じゃぁ、わたしは『トリニティ・グラス』にしようっと。ホワイトとラベンダー、そしてアイスブルーの三層のパフェなんて、まるで三華のお姉さま方を表しているみたいね」
三華──
「ルルは何にするの?」
「スノー・クラウンにしようかな?」
店内に入るときに見たショーウィンドウでルルが惹かれたケーキだ。
装飾は絞られた生クリームがメインで、純白の『王冠』に見立てられているという説明が書いてあった。そしてその王冠の頂きには、透き通るようなアッシュブルー──バタフライピーで作られた二匹の蝶の飴細工が美しく舞っていたのだ。
しかし、メニューに描かれたスノー・クラウンは当然ながらカットされたものであり、その蝶は一匹だった。
「──……ホールで」
「「「「え?」」」」
友人たちの前に色とりどりのスイーツが置かれる中、このテーブルの担当となった給仕は、顔色一つ変えず 「お待たせしました」 と笑顔でルルの前に巨大な王冠を運んできた。
さすがこういった店で雇われているだけはある。
それとも意外とケーキをホールで注文する人は多かったりするのだろうか……
ルルはチラリとそんなことを考えた後、楽しそうに雪原で舞うような二匹の蝶に見とれた。
「綺麗な飴細工ね」
隣に座っていたチェルシーが、そう言ってルルに声をかけた時、友人が焦ったようにテーブルを二度叩いた。
「ねぇ、向かいのお店! あそこ、あの二階の窓際にいらっしゃるのって、ブルーベル様とウォード様ではない?」
「本当だわ。やはりあの噂は本当だったのね!」
その声に誘われ、ルルの視線も自然と向かいのお店の二階に向かった。
貴族の男女が二人きりで個室で過ごすことは「スキャンダル」になりかねないが、今回のように「衆人環視の中での清廉な密会」であればがマナーを遵守しているとして逆に評価される。
完全に気配を消しているが、奥にはルルがサロンでお世話になった侍女の姿も見える。
ふとフェリシティが笑い、遅れてシエルの口角が上がるのが見えた。
その細かな表情は見えないが、確かに微笑みあったのだ。
「……フェリシティ様が幸せになれたらいいなぁ」
ルルがぽつりと呟く。
「ブルーベル様は素敵な方だもの。きっと幸せにおなりになるわ」
「ルルもやっと雑事から解放されたのだもの。あなたも幸せにならなくてはね」
「さぁ、紅茶も揃ったことだし、こちらも楽しみましょう」
ルルが頼んだ紅茶は星屑の残響。
爽やかな香りと心地よい渋みで、甘いスイーツに合う、緋色の聖域の次に好きになった紅茶だ。
皆が思い思いに紅茶を飲み、スイーツに最初のひと匙を入れる中、ルルは徐にフォークを逆手に持つと、二匹の蝶めがけて突き立てた。
「ル、ルル……?」
チェルシーがギョッとしたような目でルルの手元を凝視している。
「こうするとね、生クリームにバタフライピーに使われている柑橘系のフレーバーが満遍なくいきわたって、美味しくいただけるの」
「そ、そう、なのね?」
ルルの手元で粉々になったアッシュブルーの飴細工は、キラキラとシャンデリアの光を反射している。
あまりにも平然と、当たり前のことのように答えるルルに、チェルシーは自分が知らないだけでそんなものなのだと、取りあえず納得した。
甘いスイーツにぴったりのはずの星屑の残響が、今日のルルにはいつもより渋く感じた。




