53 淡桜は去り、翠玉の幸せを祈る
「え? メイベル様が?」
「ええ、今朝見かけたわよ」
三華サロンのメンバーは公爵令嬢と伯爵令嬢、そして子爵令嬢とはいえ大手商会の嫡子であるため、寮を利用している者はルル以外いない。
ルカとの邂逅の翌日、クラスメイトからメイベルを見かけたと聞いたルルは、放課後いそいそとサロンへ向かった。
たとえ断りがたい相手からの縁談とはいえ、父ダニエルが、何も告げずにルルの婚約を決めるとは思えない。
何の連絡もないということは、未だルメール公爵家からそのような話は来ていないということだろうが、それがいつ、どのようなタイミングで訪れるか分からないのも事実。
しかし、だからといって王族であるルカとの婚約など考えられない。
これは好き嫌い以前の問題で、そのような感情の対象にするのも烏滸がましいと思ってしまう。
こんな話、何も知らない両親に相談すれば、今度こそダニエルが倒れてしまうと思い、ルルは先にメイベルとマノンに相談しようと考えたのだ。
それに、フェリシティのことを愛称でと呼ぶメイベルからであれば、何かしら婚約に関する話を聞くことが出来るのではないかとも思った。
──しかし、扉越しに聞こえてきた話し声に、ルルはサロンの扉を開けようとした手を……触れる直前に、引いた。
「──シエル・ブルーベル公爵令息とフェリシティ様の婚約……」
そんな声が聞こえて来たから──
寮に戻る気にもなれず、ルルは、桜の木の方に向かって一人、歩いていた。
「……准貴族としてブルーベル公爵家を支える。フィズとの婚約……彼との婚約を進めるために奔走している最中……」
「だがこれはブルーベル公爵家の事情であると同時にウォード公爵家、……我々が勝手にその話をするわけにはいかない……」
「フィズもそろそろ自分の幸せを考えてくれるといいんだが──」
「そうですわね……」
全部が聞き取れたわけではない。
シエルとフェリシティが婚約し、卒業後はブルーベル公爵家の准貴族となる──
だが、ルルの胸に深く刺さっているのはそんな言葉ではなかった。
二人が最後に話していた言葉──
「フィズもそろそろ自分の幸せを考えてくれるといいんだが──」
「そうですわね……」
ルルは初めてこの学園に足を踏み入れ、自身が物語のヒロインなのではないかという憶測で、不安に押しつぶされそうになっていた。
それを救ってくれたのがフェリシティをはじめとした三華サロンのメンバーだ。
「淑女としての品格を保ちつつ、不義や悪意を弾き飛ばして、最後はみんな幸せになろうぜ!ってことだよ」
三華サロンの信条である『立てば白百合、座れば菫、歩く姿は百合車』。
この言葉の意味を、はじめて三華のメンバーと会った時にメイベルはそう言って説明してくれた。
「このサロンはね、──知識と権力、そして財力で、ヒロインが小説に左右されないよう、そして自分の意志で望む人生をつかみ取る手助けをするために設立したものなんだ」
三人のヒロインが揃う中で、ただ一人の『悪役令嬢』であったフェリシティ。
彼女が思うみんなの中に、フェリシティ自身は入っていたのだろうか。
「──うん、私もフェリシティ様には幸せになってもらいたい」
その相手がシエルであれば大丈夫だ。
それはルルが保証する。
ルルは扉を開けることなく、その場から立ち去った。
「あれ?ルルじゃない? 今日はサロンに行かないの?」
向こうからそう言ってチェルシーが駆け寄ってくる。
「うん、なんだか甘いものが食べたい気分だなーって思って」
「え、やめてよ。そんなこと言われたら私も食べたくなってきちゃうじゃない」
「え? 何々? 二人で甘いもの食べて女子会ですか?」
「あ、はい! 私も行く! ちょうど行きたいお店があるの」
ルルは急遽、クラスメイトと共にお出かけすることになった。
(そうか、これまでは色々あったけれど、これからの学園生活はこんな感じで平穏に過ぎていくんだ──)
ルルは友人とそのまま馬車止めに向かって歩き始めた。
気が付けば、桜の木の前を通り過ぎていた。




