49 瑠璃の背景、計算された恋敵の排除
ルカが幼い頃、八つ年上の第一王子が立太子と同時に婚約した。
幼いながらも『婚約』の意味を理解していたルカは、兄王子の元に急いで駆けつけた。
「あにうえ! どういうことですか!?」
「? ──どうしたんだい、ルカ?」
「だって!だってあにうえの好きな人は……」
泣きそうになるのを必死に堪えるルカに、兄王子は笑いながら言った。
「あはははっ! そうか、ルカは私が『好きな人』以外の女性と婚約したから心配して駆けつけてくれたのか」
兄王子は目を細め、愛しそうにルカの頭を撫でると、
「ルカ、私には好いた女性の存在など、さほど必要なものではないんだよ。
彼女が別の誰かと生涯幸せであるように願うほどには大切に思っているけどね。
しかし私は王族であり、将来この国の王になるのだ。私にとって必要な女性は、後ろを笑顔でついてくる女性ではない。横に並び立ち、同じ目線で民とこの国について語り合うことができる女性なんだよ」
大好きな兄王子の言葉は難しすぎて、当時四歳だったルカには理解することができなかった。
ただ、“王族は好きな人と結婚することが出来ない”という事実だけが、幼いルカに重くのし掛かった。
ルカには信頼のおける友人がいた。
ある日、ルカはその『心の内』と考えた『計画』をその友人に話して聞かせた。
「王族は好きな人と結婚できないってあにうえが言うんだ。
だから僕は大きくなったら“王位けいしょうけん”を放棄して“シンセキ降下”するんだ。そしたら王族ではなくなるでしょう? きっと、好きな人と結婚できると思うんだ」
しかしその友人はルカに現実を伝えた。
『高位貴族であっても自由に伴侶を決めることが出来ないことなど往々にしてある』のだと。
その事実はルカに再び衝撃を与えた。
「な、ならば僕は将来“シンセキ降下”したら、下位貴族になるよ!」
しかし、それも『王族が臣籍降下した場合、与えられる爵位は大公位である』という事実を伝えられたことによって、実現不可能であると知る。
「じ、じゃぁ、僕が下位貴族に婿入りすれば問題ないってことだよね?」
ルカの中で、好きな人と結婚するための計画が、いつの間にか下位貴族との結婚に擦り替わってしまっていた。
ルカはこの時の発言が、将来自分の首を絞めることになることを、このときはまだ、知らなかった。
*――*――*
三華サロンは銀髪翠眼の気高きフェリシティ・ウォード公爵令嬢が主を務める期間限定のサロンである。
サロンを引き継ぐことはせず、自らの卒業と共に幕を引く。
設立当初からそう宣言されたそのサロンは、どんな権力者から入会を懇願されようとも受け入れず、少数精鋭を貫き通している。
そのブレることのない意志がまた彼女の地位を不動のものとし、今、社交界でも一目置かれている噂のサロンである。
その三華サロンが活動期限も一年を切ったある日、三学年に進学したばかりのルカは不思議な体験をした。
学園の敷地内に淡いピンク色の小花を咲かせる大木があることに、突然気付いたのだ。
植込みに隠れるように、ベンチまで設置されており、そこに座るとちょうど頭上に垂れた花弁を楽しめるようになっていた。
何故、このように存在感のある大木に今まで気付かなかったのか。
否、何故今さら気付いたのか。
この美しい光景に目もくれず通り過ぎていく人の流れを不思議に思いながらも、長年追い求めてきたものを手に入れたかのような心地よい高揚感に襲われた。
そんなルカの耳に、三華サロンへ四人目の華が加わったという噂が届いた。
「へぇ。三華サロンに男爵令嬢? ──ちょうど良いじゃないか」
男爵令嬢である彼女の価値は、三華サロン入会によってできたウォード公爵家との縁により、今や高位貴族が伴侶に望んでも何の憂いもないというところまで、はね上がっていた。
──第三王子であるルカが、ただの男爵令嬢に婿入りするよりは、容易に婚約を認めさせることができる程度には……
しかし、ルカの思うように事を運ぶには、障害となる男たちがいた。
何故か彼らもピンク色の小花を咲かせる大木を認知しているようなのだ。
一人目は、バルト・ルメール。
彼は領地を経営していくのに必要な行動力とその頭脳を評価され、次期公爵という肩書きを持ってはいるが、その実、欲望に忠実で浅慮だ。
そんな彼がルル・パックスに興味を抱いた。
いや、興味、というような生易しいものではない。
余裕をなくし、なりふり構わず彼女を手に入れようとしているのが見て取れ、ルカは邪魔なバルトを排除することに決めた。
──と言ってもルカは何もする必要はない。
ルル・パックスが極限状態に陥るまで待ち、バルトが彼女に危害を加えようとするところを、体を張って助けるだけだ。
こうしてバルトを窮地に追い込み、ルル・パックスの守護者という立ち位置を手に入れたルカは、その次の一手でバルトを排除することに成功した。
二人目は、シエル・ブルーベル。
彼はバルトのようにはいかない。
彼のあからさまな態度とルルの反応、そして彼の置かれている状況がルカの計画を妨げるのだ。
「っ!! ──お前たち!何をしているんだっ!!!!!」
──思ったより到着が早かったな。
自分が駆け寄る予定だったのだが、まぁいいか。
ルルを抱き上げ立ち去るシエルの背中を見送り、ルカはとりあえず目の前の恋敵を舞台から消すことに専念することにした。




