48 淡桜、死す? 暴露の代償と灰青の咆哮
──ザバァッ!! ──ゴボッ、……ザブンッ!!
「っ、カハッ! ……あ、……はっ……!!」
辺りは不気味なほど静まり返っていた。
沢山の目はあるのに、あまりの光景に、声も、悲鳴も、息を飲む音さえもない。
完全な静寂。
そこに響くのは、バルトに制服の首元を掴まれたルルが、その上半身を噴水の中に沈められては引き上げられている執拗なまでに繰り返される水音。
そして、空気を求める彼女の、水気を帯びた息遣いのみだった。
「何故だ! なぜっ!!」
そして、いつの間にかルルの発する音は消え、代わって響くのはバルトの焦る声。
中庭は、「何故だ」と叫びながら、もはやルルの生死など気にする余裕すら無くし、幾度も彼女を沈めては引き上げるバルトの狂気と、ルルは死んでしまったのかもしれないという傍観者たちの恐怖で埋め尽くされていた。
「おいっ!!!! ブリジット・ドロワット!! 話が違うぞ!!」
ずぶぬれになり動かなくなったルルを地面に投げ捨てたバルトは、後ろを振り向き一人の令嬢を睨み付けた。
咳込むこともなく、ただ地面に倒れ伏すルルに恐怖し誰も動けずにいる中、一人の令嬢がルルに駆け寄った。
「そんなはずは無いわっ!!」
ルルの祖父である前子爵が、ルルの髪はパックス男爵と同じピンク色であると言っていた。
なぜかあれ以来ブリジットが尋ねても、怯えたような目をして首を振るだけでルルのことを教えてくれなくなったが、確かにそう、言っていたのだ。
それに図書館で水を掛けた時、シエルによってすぐに隠されてしまったが、ブリジットは確かにルルの髪がピンクに変化するのを目にしている。
ブリジットは何の反応もしないルルの頭を、足が露出するのも厭わずに自身の制服のスカートでこすり始めた。
「おかしい、おかしいわ……」
ルルの肩上で切り揃えられた髪は、確かにピンク色であったはずだ。
なのに、何故水につけたのに色が落ちない?
このままでは……まずい!
それでなくても後がないのだ。
狂い始めた計画に、ブリジットは必死にルルのブラウンの髪の中にピンクの色彩を探した。
ブリジットは、ルルが休養している間にバルトに近付いた。
ルルのような容姿を好むバルトならば、簡単に落とせる自信があったからだ。
しかしその自信はいとも簡単に打ち砕かれてしまった。
「なんだ? お前。馬鹿か、お前なんかが一般人と異なる色彩をもち、かつ華の一人であるルル・パックスの代わりになれるわけがないだろう」
自分はルルより上であるはずだ。
なのに、下であるはずのルルの代わりにすらなれないと断じられ、ブリジットは怒りと屈辱でおかしくなりそうだった。
いや、もうすでにおかしかったのかもしれない。
ルルのせいで三華サロン入会の夢を絶たれ、フェリシティからは不出来な令嬢として烙印を押されてしまった。
さらに憧れのシエルからは冷たい言葉を、ルカからは暗に不敬だと告げられ、学園からは罰を与えられた。
母親には泣かれ、父親には「貴族と婚姻を結ぶのは無理だ。卒業後は年老いた裕福な平民の男の元へ後妻に入るしか道は無い」とまで言われてしまい、たった今、最後の希望であったバルトにまで一蹴されてしまった──
そもそもブリジットはバルトの愛が欲しいわけではない。
使用人に傅かれた優雅な生活がしたいだけなのだ。
ブリジットは自分を冷たくあしらうバルトにしなだれかかった。
バルトも、ルルには届かないとはいえ、好みの範疇である女性からそのようにされ、満更でもない様子だ。
ブリジットはバルトに囁く。
ルルを手に入れる手伝いをすることを条件に、自分を正妻として迎え入れて欲しいと。
自分はルルの親戚であり、彼女の秘密を知っている。
その秘密を公衆の面前で暴露すれば、必ずルルは退学になるだろう。
学園を退学になった平民上がりの令嬢など何の価値はないため、パックス男爵は直ぐにでもルルを切り捨てるはずだ。
バルトはそこで、家から追い出されたルルを迎えればいい。
ルルを手に入れたあとは、愛人にでも妾にでもして好きに遊べばいいし、子が出来ればその子を跡継ぎに据えてもらっても構わない。
妻である自分は、仕える複数名の使用人と生活の保障さえしてくれれば、放置してくれて構わない──
バルトはルルを手に入れるため、その条件を、受け入れたのだ。
二人が何の目的でルルに危害を加えているのか分からない周囲の学生は、不機嫌なバルトと焦るブリジットの常軌を逸した行為に怯え、二歩三歩と後退っていった。
「っ!! ──お前たち! 何をしているんだっ!!!!!」
その場に、シエルの絶叫が響いた。
その場に立ち尽くす生徒たちを押しのけ、シエルはルルの方に真っ直ぐ進んで行く。
彼はブリジットを突き飛ばすと、ブラウンの髪から水滴を滴らせ、目を閉じたままのルルの横に跪いた。
そして、悲痛な表情でルルの冷え切った頬に軽く触れると、そのままルルの呼吸を確認しようとルルの口元に耳を寄せた──
その様子に舌打ちをし、立ち去ろうとするバルトの前にタイミングを計ったかのように、その場を収める者が悠然と歩み出た。
「バルト・ルメール。ルル・パックス男爵令嬢に接近しただけでなく、危害まで加えてしまったお前は、もう終わりだ」
呆然とするバルトに最後通告をしたのは、第三王子、ルカ・アシュフォードだった。




