47 瑠璃の陰謀?淡桜の隘路と背水の琥珀
「流石に殿下にはしないといけないからな、お礼」
そう言ってメイベルは、皿に盛られたクッキーを一つ摘まんで口に運んだ。
それはルルが試食用に持参した手作りクッキーで、その半数は既に彼女の胃袋の中にある。
平民出身のルルは、食事ならともかく嗜好品であるクッキーなど数えるほどしか作った経験がない。
当然貴族が口にするようなフルーツやチョコを乗せたクッキーを作る技術は持ち合わせていないし、型抜きや絞りクッキーを作る器具なども持っていない。
入れるのは砕いたナッツが精いっぱいだし、形だって、ただ生地を丸めて潰しただけの歪なものだ。
本人が望んだとはいえ、このようなものを王族であるルカに渡していいものかと、ルルは悩んでいた。
「で、これって殿下に食べさせていいものですかね?」
ひとつ、またひとつとクッキーを口に運ぶメイベルにルルが尋ねたが、さすがの彼女も食べ物を頬張ったまま話すようなマナー違反はしないらしい。
無言で小花柄の皿にクッキーを取り分けているマノンの方に視線を送ると、彼女をついと指さした。
「そうね、殿下は温かい味のする手作りクッキーを望まれたのでしょう? であれば、これで十分だと思うわ。
これ以上こだわれば、殿下の望む温かみが無くなってしまうと思うもの」
味も素朴で美味しいわ。
と、メイベルの視線に気づいたマノンが、にっこり笑って言う。
流石に王族に渡そうとしているモノにお世辞なんて言わないだろうけれど、マノンは優しいから……
ルルがそんなことを思っていると、フェリシティが穏やかな笑みでルルに声を掛けた。
「大丈夫よ、ルル。
学園内とはいえ、殿下もきちんと手順を踏んで召し上がるでしょうし、確か殿下はナッツがお好きだったはずよ。
それにメイベルの食べっぷりを見れば、不安など吹き飛ぶのではなくて?」
フェリシティにもそう言われ、ルルは自信をもってクッキーをルカに渡すことにした。
ルカに指定された待ち合わせ場所は桜下のベンチ──ではなく、学園の中庭の噴水の前だった。
ルルは第三王子であるルカとの待ち合わせに、このような人目のある場所を選んで構わないのかと思ったが、人目のない場所でコソコソするより、後ろめたいことなどないのだと堂々と示した方が良いのかもしれないと、思い直すことにした。
一方その頃、ルカはまだ教室にいた。
「ブルーベル公爵令息。再三すまないが、生徒会長への言伝を頼まれてくれないか?」
シエルがルカにそう頼まれるのは三度目だった。
生徒会役員であるシエルは、確かに昼休憩や放課後を生徒会室で過ごすことが多い。
生徒会室は基本一般生徒の立ち入りを禁じているため、生徒会役員への言伝を頼まれることはたまにあるが、王族であるルカであればその範疇ではないはずだ。
しかし、だからといって王族に対して、自ら足を運べなどと言えるはずもない……
今日は生徒会室で過ごす予定はなく、天気が良いため学内の見回りにでも行こうかと思っていたところだったから、生徒会室に寄ること自体は構わないのだが──
(……)
シエルの胸に言いようのない不安が広がった。
何故ならこれまでにシエルがルカに生徒会関連の言伝を頼まれた日には、必ずルルが危機に見舞われているからだ。
一度目はギリギリ救うことが出来たが、二度目はその役目をルカに奪われてしまった。
ならば三度目は──
「いつもすまないね。その書類は急ぎなのだが、私は中庭で待ち合わせをしているんだ。実は既に少し遅れてしまっていてね。
だから生徒会室に持って行けそうにないんだ。──……頼んだよ」
シエルは、すれ違いざまにシエルの肩を叩き意味深な笑みを浮かべて教室を出ていくルカを見送ると、生徒会室へ急いだ。
中庭であれば生徒会室からも近い。
シエルは焦る気持ちを抑え、今にも走り出しそうなスピードで、廊下を歩んだ。
「ひっ!」
ルルの視界に、遠くから、自身の方へ向かってくる人影が入り込んだ。
中庭には、他にもたくさんの学生がいるというのに、その人影はルルに用があるのだと、見覚えのあるシルエットと、次第に痛みを増していく胃が教えてくれる。
(大丈夫……ここには大勢の人がいるし、すぐに殿下も来てくれるはず──)
それに彼はルルに接触すれば、例え領地で過ごすことは変わらずとも、『次期公爵』という地位と未来を棒に振ることになるのだ。
それなのに、彼はルルの正面に立つと、その整った精悍な顔には不釣り合いなほど艶っぽい笑みを浮かべ、信じられないといった顔で自身を見上げる彼女を愛おしげに見下ろした。
男らしい造形とはいえ、清潔感のあるその端正な造形に不似合いな色香を纏ったその表情……対極する二つの魅力のアンバランスさがバルトのヒーローとしての持ち味なのかもしれない。
何も知らなければ、ルルも彼に見とれてしまっていただろう。
「──ルル・パックス。迎えに来たぜ」
この衆人環視の中、一体ルルをどこに連れて行くというのか。
後がないはずなのに、嫌に自信ありげなバルトの様子に、ルルの手の中のクッキーがパキリと音を立てて割れた。
後ろは噴水という逃げ場の無い隘路、前方はバルトという鉄檻────
抗いようのない熱を帯びたバルトの大きな手が、ルルの桜色の瞳に迫っていた。




